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第十二章 危機一髪
第四十七話
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その少し前。
「こらガキども暴れんじゃねえ。ったくこんなに暴れんなら一人ずつ運んで来りゃ良かった」
伍助は松太郎を肩に、お恵を脇に抱えて診療所を出た。だが二人とも大人しくしていない。当たり前だ、これから川に投げ込まれると聞いているのに大人しくしているわけがない。
この診療所はなんだってまたこんな山の天辺に作ってあるのか。ここを街道まで下るのだって一苦労なのに、そこからまた川まで下りなくてはならない。伍助は街道に出る前からすでにうんざりしていた。
そこへきて子供たちが暴れる。しまいには肩に担がれていた松太郎が、一体どうやったのか体を捻って伍助の後頭部へ頭突きを食らわせた。さすがにこれには伍助も二人とも放り出した。
「このクソガキ何しやがる」
怒った伍助が松太郎を殴り飛ばすと、体の小さい松太郎は五尺も吹っ飛ばされた。お恵は咄嗟に「やめて!」と叫んだが、結局唸り声しか出なかった。
だが、吹っ飛ばされた松太郎が笑ったのだ。まるで伍助を挑発するかのように。
「てめえ、何がおかしい。何を笑ってやがんだ」
伍助が松太郎の首根っこを掴もうとしたその時だ。伍助自身が何者かに首根っこを掴まれたのだ。
「ちょいとあんた、子供相手に何やってんのよ。いい歳した男のやることじゃないわねぇ」
そこには筋骨隆々の男(?)が立っていたのだ。
「なんだてめえは」
「嫌ぁねぇ、これだから教養のない人は。普通は自分から名乗るものよ」
琴次は一通りくねくねすると、諦めたように続けた。
「まっ、いいわ。あたしは柏原では髪結いの琴次って呼ばれてるの。あたしね、荒事は嫌いなのよ。あんたみたいなお馬鹿さん相手に怒るのも疲れるでしょ。だからあんまりあたしを怒らせないでちょうだいね」
「は?」
「御託はいいからその子たち、返してくれないかしら」
「そうは行くか」
琴次がため息と共に腕を組むと、袖の裾からゴツゴツとした岩のような凄まじい筋肉が顔をのぞかせた。
「あたし、喧嘩ってしたくないのよね、面倒でしょ? ね、返して」
「ふざけんな、そこをどけ、このオカマ野郎」
琴次はふうっと溜息をつくと、微妙に表情が変わった。
「ねえ、忠告しとくけど。喧嘩相手は選んだ方がいいわよ。言ったからね」
「うるせえ、とっととそこをどけ!」
「どくのはてめえだ」
伍助が慌てて後ろを振り返ると、音も立てずに近付いた栄吉が顔面のど真ん中に拳をめり込ませた。ちょっと嫌な音がしたので、恐らく鼻が折れただろう。
「だから言ったじゃないの、喧嘩相手は選んだ方がいいって」
言いながら琴次は松太郎の縄を解き始めた。栄吉はもう一度起き上がって来た伍助の襟を掴んで引き倒すと腹に一発拳を見舞った。伍助もさすがにもう起き上がってこようとはしなかった。
そこにちょうど三郎太と悠と七篠先生が駆け付けた。
「アイツらは柱に縛り付けといたぜ。甚六さんが見張ってる」
琴次がお恵の縄を解くと悠が「お恵ちゃん怖かっただろう?」と走って来た。だが、お恵の反応は悠の考えていたものとは全く違っていた。いきなり「怖かったよ! 助けに来てくれたのね!」と松太郎に抱き着いたのだ。松太郎の方は慌てふためいて「あ、いや、その、私も捕まってしまいましたし」などと意味不明なことを口走っている。
「え……お恵ちゃん、あたしは?」
広げた両手のやり場に困った悠が固まっていると、そこに「怖かったわ!」と琴次が飛び込んできて悠の胸に顔をうずめた。どう見てもこの二人だと逆の方が自然なのだが。
「うわ、ちょいとくっつくんじゃないよ、あたしに男色の気は無いんだよ!」
「あたしはあるのよー!」
そんな彼らのやりとりを尻目に、栄吉が場をまとめた。
「よし、こいつも診療所の柱に縛り付ける。だれか勝五郎親分を呼んで来い」
「私が」松太郎がすぐに走り出した。お恵がちょっと残念そうな顔をしたのは全員が見て見ぬふりをした。
「じゃ、おいらは森窪の旦那を呼びに潮崎までひとっ走り行ってくらあ」と、三郎太も鉄砲玉のようにすっ飛んで行った。
「お恵ちゃん、まずは診療所の方に行きましょう」
お恵は七篠先生に手を引かれ、伍助は栄吉に襟首を引きずられて、いったん診療所に戻った。
診療所に戻ると、さっきの二人が柱に縛り付けられ、甚六がウロウロしていた。
「甚六さん、もう一人連れて来たが……何してるんでえ」
「怪我が酷いので、うちの薬で治療を」
「見上げたもんだな、さすが薬屋だ」
「三郎太さんは?」
「森窪の旦那を呼びに行った。松太郎は勝五郎親分だ」
甚六は栄吉が引きずってきた男を見て顔しかめた。
「鼻が折れてますね」
「自業自得だ」
それから勝五郎親分と森窪の旦那が来るまでそこでしばらく待ち、あとは旦那方に任せて帰ることにした。
帰り道、栄吉と三郎太を先頭に、琴次に絡みつかれたままの悠の後ろに、手をつないだ松太郎とお恵がついて来た。
あんな怖い思いをした後の二人だ、手もつなぎたくなる。
「なんでお恵ちゃんがあたしじゃなくて松太郎かねえ」
「そりゃあ悠さんにはあたしがついてるからに決まってるじゃないのよぉ」
「琴次のせいじゃないのさ、くっつくんじゃないよ、まったく」
どう考えても琴次の方が男らしい体格をしているのに、彼と一緒にいる時の悠はなぜか不思議と普段より男に見えた。
「こらガキども暴れんじゃねえ。ったくこんなに暴れんなら一人ずつ運んで来りゃ良かった」
伍助は松太郎を肩に、お恵を脇に抱えて診療所を出た。だが二人とも大人しくしていない。当たり前だ、これから川に投げ込まれると聞いているのに大人しくしているわけがない。
この診療所はなんだってまたこんな山の天辺に作ってあるのか。ここを街道まで下るのだって一苦労なのに、そこからまた川まで下りなくてはならない。伍助は街道に出る前からすでにうんざりしていた。
そこへきて子供たちが暴れる。しまいには肩に担がれていた松太郎が、一体どうやったのか体を捻って伍助の後頭部へ頭突きを食らわせた。さすがにこれには伍助も二人とも放り出した。
「このクソガキ何しやがる」
怒った伍助が松太郎を殴り飛ばすと、体の小さい松太郎は五尺も吹っ飛ばされた。お恵は咄嗟に「やめて!」と叫んだが、結局唸り声しか出なかった。
だが、吹っ飛ばされた松太郎が笑ったのだ。まるで伍助を挑発するかのように。
「てめえ、何がおかしい。何を笑ってやがんだ」
伍助が松太郎の首根っこを掴もうとしたその時だ。伍助自身が何者かに首根っこを掴まれたのだ。
「ちょいとあんた、子供相手に何やってんのよ。いい歳した男のやることじゃないわねぇ」
そこには筋骨隆々の男(?)が立っていたのだ。
「なんだてめえは」
「嫌ぁねぇ、これだから教養のない人は。普通は自分から名乗るものよ」
琴次は一通りくねくねすると、諦めたように続けた。
「まっ、いいわ。あたしは柏原では髪結いの琴次って呼ばれてるの。あたしね、荒事は嫌いなのよ。あんたみたいなお馬鹿さん相手に怒るのも疲れるでしょ。だからあんまりあたしを怒らせないでちょうだいね」
「は?」
「御託はいいからその子たち、返してくれないかしら」
「そうは行くか」
琴次がため息と共に腕を組むと、袖の裾からゴツゴツとした岩のような凄まじい筋肉が顔をのぞかせた。
「あたし、喧嘩ってしたくないのよね、面倒でしょ? ね、返して」
「ふざけんな、そこをどけ、このオカマ野郎」
琴次はふうっと溜息をつくと、微妙に表情が変わった。
「ねえ、忠告しとくけど。喧嘩相手は選んだ方がいいわよ。言ったからね」
「うるせえ、とっととそこをどけ!」
「どくのはてめえだ」
伍助が慌てて後ろを振り返ると、音も立てずに近付いた栄吉が顔面のど真ん中に拳をめり込ませた。ちょっと嫌な音がしたので、恐らく鼻が折れただろう。
「だから言ったじゃないの、喧嘩相手は選んだ方がいいって」
言いながら琴次は松太郎の縄を解き始めた。栄吉はもう一度起き上がって来た伍助の襟を掴んで引き倒すと腹に一発拳を見舞った。伍助もさすがにもう起き上がってこようとはしなかった。
そこにちょうど三郎太と悠と七篠先生が駆け付けた。
「アイツらは柱に縛り付けといたぜ。甚六さんが見張ってる」
琴次がお恵の縄を解くと悠が「お恵ちゃん怖かっただろう?」と走って来た。だが、お恵の反応は悠の考えていたものとは全く違っていた。いきなり「怖かったよ! 助けに来てくれたのね!」と松太郎に抱き着いたのだ。松太郎の方は慌てふためいて「あ、いや、その、私も捕まってしまいましたし」などと意味不明なことを口走っている。
「え……お恵ちゃん、あたしは?」
広げた両手のやり場に困った悠が固まっていると、そこに「怖かったわ!」と琴次が飛び込んできて悠の胸に顔をうずめた。どう見てもこの二人だと逆の方が自然なのだが。
「うわ、ちょいとくっつくんじゃないよ、あたしに男色の気は無いんだよ!」
「あたしはあるのよー!」
そんな彼らのやりとりを尻目に、栄吉が場をまとめた。
「よし、こいつも診療所の柱に縛り付ける。だれか勝五郎親分を呼んで来い」
「私が」松太郎がすぐに走り出した。お恵がちょっと残念そうな顔をしたのは全員が見て見ぬふりをした。
「じゃ、おいらは森窪の旦那を呼びに潮崎までひとっ走り行ってくらあ」と、三郎太も鉄砲玉のようにすっ飛んで行った。
「お恵ちゃん、まずは診療所の方に行きましょう」
お恵は七篠先生に手を引かれ、伍助は栄吉に襟首を引きずられて、いったん診療所に戻った。
診療所に戻ると、さっきの二人が柱に縛り付けられ、甚六がウロウロしていた。
「甚六さん、もう一人連れて来たが……何してるんでえ」
「怪我が酷いので、うちの薬で治療を」
「見上げたもんだな、さすが薬屋だ」
「三郎太さんは?」
「森窪の旦那を呼びに行った。松太郎は勝五郎親分だ」
甚六は栄吉が引きずってきた男を見て顔しかめた。
「鼻が折れてますね」
「自業自得だ」
それから勝五郎親分と森窪の旦那が来るまでそこでしばらく待ち、あとは旦那方に任せて帰ることにした。
帰り道、栄吉と三郎太を先頭に、琴次に絡みつかれたままの悠の後ろに、手をつないだ松太郎とお恵がついて来た。
あんな怖い思いをした後の二人だ、手もつなぎたくなる。
「なんでお恵ちゃんがあたしじゃなくて松太郎かねえ」
「そりゃあ悠さんにはあたしがついてるからに決まってるじゃないのよぉ」
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