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第一章
パーティー
しおりを挟む夕方から来るだろう招待客に備えて屋敷では使用人が慌ただしく動いていた。
同じ使用人でありながら1人自室で木剣の素振りをしていたカナトがふいに腕を下ろした。
やっぱり心配だな。
なんだかずっとアレストのことを考えてしまい、何にも集中ができない。カナトは剣を持ったまま廊下に出た。
みんなほとんど一階に集まっているせいで、二階ではあまり使用人を見かけない。
事務室で仕事をしているアレストは今の時間帯なら休憩しているかもしれない。そう思って事務室のドアをノックしたが、中から返事はなかった。
不思議に思ってドアノブを回すと目だけで中をのぞいた。
すると、事務机に突っ伏して寝ているアレストを見かけた。
そろりと中に入って音が出ないようにカチャンとドアを閉める。忍足で近づくとわずかに寝息も聞こえてくる。
やっぱり疲れてんだろうな。
飲みものに睡眠薬入れてパーティーに出られないようにしようとしたカナトはこの光景を見てなんだか手が下せなかった。そもそも睡眠薬の入手方法がわからない。
「カナト?」
寝起きのようなかすれた声でアレストが身を起こす。背もたれに体を預けて眉間に指を当てた。
「いつ入って来たんだ?声かけてくれればよかったのに」
「いや、寝ているからちょっと確認しようと思っただけ」
「そうなのか?どうせ来たならそこのソファで休みな。紅茶入れるから」
それは本来ならカナトの仕事である。そしてカナトは自分が使用人としての仕事をまっとうすればアレストもここまで疲れないのでは?と考えた。だから急いでアレストの手をつかむ。
「待て待て!」
アレストが使っている事務室にはカナト用に休憩スペースがある。そのテーブルには茶器が用意されていた。
その茶器を持とうとする手を思い切り押さえつけるようにつかんでいる。
「俺がやるよ」
「え?カナトが?」
にっこり笑ってカナトが大きくうなずく。そしていざ入れようとするとこぼしてしまい、手を火傷してしまった。
「お湯入れたてかよ!」
手を冷やしてもらいながらそばで見ていたアレストは頭を振っていた。対応しているメイドは2人を見比べてポッと頬を染める。
「カナトさん、こちらタオルです」
厨房の水で手を冷やしていたカナトはタオルを受け取って手をふいた。
「当たり前だろ?じゃないとお茶を淹れるなんて言わない」
「クソ、あっつ!」
「まだ熱いのか?」
「いや、今はヒリヒリして痛い」
「見せてみろ」
アレストはカナトの火傷した左手を見て言った。
「利き手じゃなくてよかったが、次からは僕にさせてくれ。これじゃいくら手があっても足りないだろ」
「俺が使用人だが?」
「どちらかというと飼い猫だな。毎日僕のことほったらかして訓練してるくせに」
「誰が飼い猫だ……じゃあ毎日一緒にいればいいだろ」
「前回もそう言って結局つまらなくなって出て行ったじゃないか」
「………うっ」
「今日はもう無理はするな。厨房にマカロン多めで作らせるから、今日一日中ゆっくりすること。いいな?」
「わかったって。たくっ、小言が多いな」
「お前のためだ」
そばで冷静なフリをしていたメイドはその実、心臓を押さえて転がりそうなくらい興奮していた。アレストの溺愛ぷりに早くも他のメイドたちと分かち合いたくなったのだ。
当日夕方。
パーティーに参加する人々が一組、また一組と屋敷へやって来た。今来ているのはアグラウと関係が特によい人たちである。なにしろパーティー始まる前からすでに来ている。
ソワソワし出したカナトを見てアレストが笑う。
「そんなに緊張するのか?」
「あ、まあ……いろんな原因が重なって」
カナトは必死に小説の内容を思い出そうとしたが、細かい設定は覚えていない。
「アレスト、あのさ、最近疲れているし、今日のパーティー休まない?お前が休むなら俺も休むぞ!」
「それさっきも言ったな。欠席するわけにはいかないよ。もし参加したくなかったらカナトは休んでてもいい」
「いや大丈夫。お前と一緒にいたい」
万が一に備えて見張りたいという意味である。
アレストは驚いたように目を見開いたがすぐに笑った。
「ははは!なんだかうれしいな」
「そうか?」
カナトは終始ソワソワが治らなかった。
そしてカナトの着ている衣服は使用人のものではなく、いつものボタンを開けた白シャツに茶色いズボンというスタイルである。アレストの好きに着ていいという言葉に甘えた結果だった。
不思議とこれを知ったアグラウがなんの異論もなかったことである。
確か受けはアグラウの関係でなんとかかんとかアレストと対面を果たせたが、詳しいことは思い出せなかった。そして今日のパーティーで顔を合わせることは充分にある。
「あれ?階段で直接引き合わせたんだっけ?」
「何が?」
「あ、いやなんでもない!」
「それならいいが、それじゃあ僕は先に一階に行くよ。ゆっくりしてから降りて来るといい」
「待って!俺も一緒に行くから」
2人は事務室を出て一階に降りた。
確かアレストが受けと出会うかなり前にアグラウはすでに攻めから自分に血の繋がった息子がいることを知らされる。
そしてアレストと受けが出会ったのはアグラウが引き合わせた……だったような。
カナトはアレストの後ろについていきながら悶々と考えた。
会場内を回って確認していたアレストはアグラウの姿を見かけた。
「カナト、少し1人で回ってくれ。父様と話してくる」
「ああ、わかった」
カナトは心配げにその後ろ姿を見送った。
準備と接客をしていたメイトたちがコソコソとしゃべる。
「見た?あの見捨てられた子犬みたいな目!」
「一緒に行きたいの見え見えだよね!」
「もう甘えて一緒について行っちゃえばいいのに!」
カナトは耳敏くそれを聞いてサッと視線を外した。
なんだよ見捨てられた子犬って!
そして会場に準備されていく食べ物とお菓子を見て今食べられないことにむずがゆくなる。
しかし、やることもなく、カナトは忙しく動く使用人たちに混じってちょっとした食べ物の配置を手伝っていた。そして、お礼にと厨房で余ったお菓子をもらい、口に入れながらアレストの姿を探す。
アレストは1人で階段の前に立っていた。
カナトはその背中を見つめて思わず目を瞬かせた。
なんか、いつもと違う?
お菓子をすべて飲み込んでその近くに行く。
「おい、何かあったのか?」
アレストはゆっくりと振り返った。いつも通りの笑顔で笑う。
「カナト、もういいのか?」
「ああ、手伝いもしたし、お菓子ももらった。それよりお前は大丈夫なのか?」
「僕はなんともないよ」
「本当か?」
「ああ……」
「俺は味方だって言っただろ?」
「………少し、上で話さないか?」
「わかった」
やはり何かあったのだ。
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