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第一章
雪搬入
しおりを挟む事務室でアグラウが困ったように眉を寄せていた。
「雪山など雪崩が起きたらどうする?」
「大丈夫です!」
ユシルは胸に手を置いて自分の誠意を見せようとした。
「当日は雪山に慣れた業者もおり、他の貴族子息たちもいます。勝手に動いたりもしません。それに私はできれば将来、兄さんの補佐として働きたいです。そのために兄さんが歩んできた道をたどってみたいんです」
ふむ、とアグラウは目を細める。
「望むならば当主としての可能性も考えるが」
ユシルは思わずその言葉に驚いた。迷いげに目を伏せて言う。
「違います……当主になろうなどと考えていません。今日まで接してきて兄さんがどれほど努力したのかよくわかります。私では遠くに及びません」
「お前は私の血が繋がった実の息子だ。この地位を求める権利がある」
「求めていません!ただ……」
ため息をつきながらアグラウは手を上げた。
「わかった。このことはゆっくりと考えなさい。雪搬入の視察は許可しよう」
「本当ですか!」
ユシルのうれしそうな顔を見て、アグラウはリィンという名前の女性を思い出した。それはアグラウのたった1人の妻である。薄緑かかった金髪も、柔和な顔立ちも、仕草も何もかも似ている。
もうすでに夢の中ですらぼやけた顔だ。だが、目の前の青年を見て、まるで生き返ったのではないか。そう思わせるほどユシルはリィンと似ていた。
「当日はくれぐれも他のご子息に失礼のないように。いいな」
「はい!」
「…………」
アグラウがどこか物思いにふけていた。
「父さん?どうかしました?」
「前に、母親と森でずっと暮らしていたと言ったな」
「はい」
「辛かったか?」
「いえ。母といる生活は楽しかったです」
「そうか。それならいい。今日はもうゆっくりと休みなさい」
「はい、失礼します」
ユシルが出ていったあと、アグラウは爵位をユシルに譲ることに決心がついた。だが、すぐ頭の中にアレストの笑顔が浮かぶ。
アレストは聡明で手のかからない子どもだった。同年代の中でも頭ひとつ抜き出ているほど優秀でもあった。しかし、所詮は血の繋がりがない他人。やはりこの爵位はユシルのものである。もともとはユシルのためのものだ。そう考えるアグラウの目にはわずかな水張りがあった。
せめて、今は好きなようにやらせよう。カナトという使用人をそばに置くことも、なんでも。
分厚いマントを羽織ってカナトたちは馬車に乗り込んだ。
向かいにはユシル、隣にはアレストと座り、馬車は進んでいく。
この馬車の後ろには他の貴族子息もいる。例外がなければ全員将来親の地位を継ぐので、経験を積むために来ている。
どの地域にも雪の搬入は必要なので、いろんな領地の子息を乗せた馬車が増え、雪山のふもとに到着する頃にはもう10人を軽く超えていた。
「去年より少ないな」
馬車から降りてきた貴族子息とその使用人たちを見てアレストがぽつりとつぶやいた。
「あれ少ないか?」
「少ないよ。せめて毎年20人弱はあるが、数えたところ僕たちを足しても12人しかない」
「毎年来てるんだな」
「違う違う。来れる年だけだ。ここは運がなければ雪崩が起きるからな。だから好んで来る人はいない。それでもみんな親にせっつかれて来たんだよ」
子息らの顔を見るといずれも、渋々来ました、と絵に描いたようにあきらかだった。その中でめちゃくちゃ目立つ人がいた。
赤い髪を垂れた扇子みたいに立てて、緑色のマントの下は白い貴族服を着ていた。
あ、このキャラ知ってるな。確かユシルの存在が大きくなってきてからアレストを孤立させようと卑怯な手を使うやつだ。
社交界からアレストを孤立させるが、その後闇落ちした悪役を前に破産させられ、乞食として凍死する雑魚キャラだ。
じっと見つめすぎたのか、あちらが気づいて振り向いた。
正直な話、髪にしろ服にしろ色の組み合わせが最悪だ。鶏にしか見えない。
ただ、服に関してはアレストを真似ているらしい。小説の中で凍死する直前、この雑魚キャラの回想シーンがはさまれている。
要約すると優秀なアレストに憧れて同じ服装をするが、同時に嫉妬もして、毎回自分より人気があるのを気に食わず孤立させたことを後悔するシーンだ。後悔と言っても「俺がこうなったのはお前のせいだ!あの時に〇〇しておけばよかった!」と反省の色がないタイプの後悔である。
名前は確か、ニワノエだ。………作者も絶対ニワトリだと思っただろうな。
まあ、キャラの意図もよくわかる。要は悪役の闇堕ち補助キャラだな。
ん?とカナトがひらめく。
そうか、こいつを近づかさせなければいいのか!
最近アレストの様子がおかしいし、今何かされると面倒だな。
ニワノエがズカズカとカナトの前に来た。
「さっきから何を見ているんだ!この下民!」
偉そうな態度にカナトの怒りが簡単に火をつけられた。
「あ"?トサカみてぇな髪型したお前に言われたくねぇよ!」
「トサカだと!?これはモヒカンというんだ!知識のない下民め!」
「口を開けば下民下民ってうっとおしいやつだな!このニワトリ!」
「貴族に対してなんて失礼や話し方をするんだこの野生児め!」
2人がバチバチと火花さを散らしているとアレストがカナトを後ろにかばった。
「ニワノエ、きみも来ていたのか」
「当たり前だ!お前だけ毎年いい子ぶって来てるとか見ていて虫唾が走るんだよ。あ、でももういい子ぶる意味ないか。お前の弟?なんだっけ?伯爵の実の息子のことだ!」
わざとだなこいつ!
ニワノエは実の息子という部分をやけに力強く言った。
「まさかまだ自分に爵位が回ってくると思ったか?貴族は血筋を重んじる。つ、ま、り、実の息子が帰って来た今お前はもう用済みなんだよ!」
カナトは必死に殴ろうとするのを我慢した。ここで貴族を殴ったらダメだ。そう自分に言い聞かせてアレストの手を引いて離れようとする。
「トサカお前後悔するぞ!」
「何を?ははは!」
神経を逆なでする笑い声を背後にカナトはぎりっと奥歯を噛み締めた。
「カナト?」
たが、そう呼びかけるアレストの声はいたって平静である。
振り返ると、どこか不思議そうな顔をしていた。強がりか?と一瞬考えてしまう。
「あんなやつのことを気にするな」
「大丈夫、気にしてない。それに僕を思って行動してくれてありがとう。やっぱりカナトは僕の大切な人だな」
「だからそういうことを軽々しく言うな!」
カナトはちらっと遠くにいるニワノエを見た。
雪に埋もれてしまえ!
はぁ、ぷっ!
ぷっぷっぷっ!
◇—————————————————————
アレストの闇堕ちがだんだんと進んでくるので少し更新のペースは早めです。
土日にはお昼と夕方に更新を予定しています!
個人的に闇堕ちを書くのは大好きです!特に明るかったキャラがドス暗くなるのがたまらない……ッ
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