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第一章
途中参加
しおりを挟むアレストとユシルが同じ部屋で一緒にいると知ってからカナトは途中参加で混ざり始めた。
早朝にメイドから菓子をもらって、今日から事務室に行くと伝える。激励の視線を背中に受けてカナトは事務室へ向かった。
そして本人の知らないところで、メイドたちのあいだではまたたく間にすごい噂が立て始めた。
アレスト坊ちゃんの気を引くためにカナトはわざとユシルに入れ込んだ様子を見せていた。しかし、坊ちゃんとユシルが同じ部屋で過ごすと知ってからいても立ってもいられず、奪還作戦を始めた。
これをメイドたちはユシカナ合戦と呼んで注目している。
合戦1日目とされる今日。
カナトは噂になっていると知らずに朝から事務室のドアをたたく。
「入ってくれ」
バンッとドアを開けてカナトが叫ぶ。
「俺も今日からここにいる!」
アレストはややポカンとした表情で見ていた。
「あ……そうか。ちなみに、なぜ?」
「ほら!その……心配で?」
心配……という言葉を心の中で繰り返し、アレストは手に持ったペンをダンッと書類上に突き刺した。
その音に驚いてカナトがびくっとする。
「アレスト?」
「はは!そうか、わかった。ユシルならあと少しで来るよ」
「ユシル?というかマジでいいのか!」
「もちろん。でも話す暇はないかもしれない」
「かまわん!」
うれしそうにカナトはラタタッと紅茶の準備を始めた。朝にもらったクッキーの包み紙を広げて紅茶の隣に置く。
「よし!」
「……ずいぶんと楽しそうだな」
「ん?俺?まあな!うるさかったか?」
「そんなことない。いつも無音かうるさい小鳥のさえずりしか聞かなかったからな。きみの声の方が好きだ」
「簡単に好きとか言うなよ。恥ずかしいだろうが」
カナトは顔を赤くして顔をそらした。アレストから愉快げな笑い声が響いてくる。
それにしてもこいつ、オウム飼ってるくせに小鳥のさえずりは嫌いなんだな。
そこへ「あれ?」と声が響いた。開けたままにしているドアからユシルが顔をのぞかせている。
カナトがバッと立ち上がった。
「ユシル!」
「なんでカナトがここにいるの?」
「今日から俺もここに来ることにしたんだ!」
「なるほど!これからよろしく!」
「おう!それでメイドからもらったんだけど、ほらクッキーとか準備したから食べていいぞ!」
「わあ、本当だ。おいしそうだね。紅茶も用意してくれたんだ!」
ユシルの耳心地いい笑い声が響く。
いい声だよなぁーー………ハッ!
頭の後ろをかきながら幸せそうに笑っていたカナトは急に頭が賢くなった気がした。
さっきアレストが言っていた「うるさい小鳥のさえずり」は別に本当の小鳥を指してないのかもしれない。確証はないが、もしかしたら……。
ユシルは急に固まったカナトを不思議そうに見た。
「どうかした?」
「い、いや。なんでもない」
カナトは引きつった顔で目をそらす。そしてカナトの分だと思われた紅茶を持ち上げ、クッキーをひとつつまんでアレストのところへ行く。
「ほら、これはお前の分だ」
「僕の分もあるのか?ありがとーーんむ」
カナトはつまんだクッキーをアレストの口に突っ込んだ。
「どうだ?おいしいか?」
アレストは目をぱちくりとさせてから、ぺろっと舌先がカナトの指をかすめた。
パッと指を引き戻す。
び、びっくした!!今なめられたか!
クッキーを噛んでいたアレストは口を覆ってうむとうなずいた。
「おいしいな」
「そうだろ?気分いいか?」
「気分?いいよ」
カナトがホッと息をつく。
ユシルのことを考えられなくなるまで気分よくしてやればいいか!俺って賢いな!
「これからも俺が気分よくさせてやるよ」
カナトはぺろっとクッキーのあとがついた自分の親指をなめた。それがさっきアレストになめられた指だと気づいて一瞬の空白後、カアと顔が赤くなる。
そして恥ずかしさのあまり、先ほどの言葉に少々語弊があることに気づかない。
アレストが目を丸くしてぎこちなくソファに戻っていく姿を見つめた。さっきの親指をなめる動作を思い返して、舌を上の歯茎に当て、自分の舌が触れた感触を思い出そうとした。
それはなんだか、クッキーよりもおいしいと感じた気がした。
さらに数日。
ユシルは何かあるとすぐにアレストへ訊いた。
「兄さん、ここなんだけど、支出に関する部分」
「ん?見せてみろ」
あまりのやることなさにカナトはソファに項垂れていた。
だが2人が直接接触するとわかると弾かれるように頭を上げた。
ユシルが事務机のそばに行き、アレストから教えを乞う。アレストはというと訊かれるのが非常にうれしいと言った様子で教えていた。側から見れば仲のいい兄弟だろう。
だがそれは決して表面に見えるような生やさしいものじゃない。
アレストは教え終わり、ユシルが戻ったのを見るとスッと笑顔を収めた。さっきと打って変わって真顔になる瞬間を見ると、あの笑顔は演技なんじゃないかと思えてしまう。だが本人の振る舞いはいたって真摯なため、そうだと決めつけるのは早い気もする……そう人に思わせるのだ。
ユシルは休憩スペースで作業しているため、カナトと向かい合う形になるが、カナトはほぼ入れ違いでアレストのほうへ向かった。
「疲れているだろ」
そう言ってむにむにと肩もみを始めた。アレストはくすぐったそうに肩をすくめた。
「ははは!毎回悪いな」
「気にするな!やることないし、それにあとでユシルにもするつもりだし」
ぴくっとわかりにくい程度にアレストの肩が反応する。
気づかないカナトは、そういえばクモのことまったく見かけないと思い出した。
まあ、いないほうがいいか。俺が推しと合法的に触れ合えるチャンスを逃すはずがないしな!
「本当に?疲れない?」
ユシルが心配げに訊く。
「大丈夫だ。俺は体力ならあるからな」
アレストの目にほんの少し昏い光が横切る。
「そういえば、もうすぐ雪搬入の時期になるが、カナトも行くか?」
「雪搬入?」
「ああ、毎年冬にやるべき作業だ。雪山に行ってこれから一年分使う雪を引き入れるんだ。本当は行かなくてもいいが、ユシルもいることだし、観察していかないか?」
「私が行ってもいいの?」
「もちろんだ。他の貴族子息たちも将来のために見学する。領地にとっては大事な問題だから、僕も毎年時間さえあれば見に行くようにしている。父様から許可さえ降りればいいんだが」
「父さんに言ってみる!ぜひ行きたい!」
「興味持ってくれると思ったよ。カナトは?」
「行くに決まってんだろ」
絶対この2人を2人きりにできない!それに雪山でユシルの遭難があったはずだ!
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