転生と未来の悪役

那原涼

文字の大きさ
20 / 241
第一章

やらかした

しおりを挟む







ユシルが住み込んで3か月。

冬季を迎えたヴォルテローノ領は大雪が降っていた。新雪のにおいが街を覆い、冷たい風が絶え間なく窓をたたく。よく庭に行くユシルでさえ出かけなくなった。

いつもより厚着をしたカナトはすごすごとアレストの部屋に向かった。

関係がほんの悪化した時、部屋の鍵を返してしまったがふたたびもらったのだ。鍵で開けると中は案の定暖炉がつけられていた。こればかりはカナトの部屋にない代物である。

部屋の主は現在事務室にいる。あっちにも暖炉がある。つまりこの部屋の暖炉は朝起きてくるカナトのためだけにつけられている。

「不用心だなぁ。燃えたらどうするつもりだ」

言いながらも暖炉の前に用意されたソファーに身を沈めようとする。が、5匹の猫に占領されていた。

し、侵略猫どもめッ!

だが、暖炉の前に来るだけでホッと息をつける。

はあ~、極楽。というか、冬季のあいだだけこの部屋に移り住もうかな。

冗談のつもりで思ったことに、カナトは可能性を感じた。いけるかもしれない。

ドタタッと廊下に出ると寒さに一瞬ひるんでしまう。

そこへちょうどユシルが通った。その後ろにいるのはクモではなくこの屋敷のメイドだった。

「カナト?」

「ユシル!?」

天使の声に振り返ると、首周りや手首周りがモコモコした防寒具に包まれたモノホンの天使がいた。

カナトのうれしそうな表情にメイドがハラハラとした顔をする。まるで見たくないものを無理やり見せつけられたような驚きがあった。

「なんでここにいるんだ?」

「さっき書房へ本を戻した時、メイドさんから父さんに呼ばれているって言われて」

あのジィさんが?

「その……お願いしたいことがあるんだけど」

言いにくそうに天使は顔を赤らめる。

「なんでも言え!ぜんぶ俺がやる!」

「え?ふふ、ありがとう。この書類を兄さんの事務室に届けてくれないかな?」

そう言ってカナトの手にポンと束になった紙が置かれた。

「これは?」

「兄さんから教えてもらった勉強材料。貴族として必要な知識が少し足りないって言われて」

「へ、へぇ」

俺の知らないあいだに関わっていたのか!?

「父さんのところに行ってから事務室に帰るって兄さんに伝えてくれないかな」

ごく当たり前に言うから聞き逃しそうになる。

「ちょっと待って、事務室に帰る?」

「そうだよ。最近ずっと兄さんと事務室で勉強したり、お屋敷の管理を習っていたんだ」

「…………………………エ?」

「ん?」

カナトがわなわなと震え出す。それを見てメイドがハッとした表情になった。

「そ、その最近って、具体的にいつから…なんだ?」

「1か月前だよ」

1か月前だよ……その声が脳内でこだまし、カナトがひざから崩れそうになる。そういえば最近は忙しくなるから事務室に来ても話せないかもしれないと、遠ざけられたことを思い出す。

忙しいなら主人公たちと接する時間はないと考えたカナトは特に気にしなかった。しかし。

1か月も前から同じ部屋で共に長時間過ごしていた!?原作に………あった!確かにあった!

「は、はは……ユシル、少し部屋の中で話さないか?」

「え?でも……」

言うが早くカナトはユシルの手をつかんでアレストの部屋に引き込んだ。

メイドが入って来れないよう、ドアに鍵をかけてカナトは部屋の中をぐるぐる回り冷や汗をかいていた。

「カナト、何かあった?」

心配げな声にぐるぐる回る足がピタッと止まる。

「な、なあ……一緒に勉強していた期間って、アレストなんか言わなかったか?」

「いや、特には。ぜんぶ勉強と関係のあることばかりだったし」

カナトは、うーん、と頭を抱えて懐から紙を取り出した。

紙の右側には自分とアレスト、そして雇われ暗殺者の名前、左側にはイグナス、ユシル、クモの名前などがある。現時点で誰が誰の味方であるのか自分でわかるように書いたものである。思い出した人物から書き加えている。

悩ましげなカナトを見て、ユシルが「見てもいい?」と訊く。どうせ見られても何がなんだかわからないだろうとカナトは気にしなかった。どのみち名前しか書いてない。

「いいけど、でも誰にも言うなよ?」

「いいよ」

ユシルは紙をのぞき、そこに書かれた名前たちをひとつずつ見ていく。

なんで名前を……あれ?

ユシルがおかしなところに気づいた。

自分の名前を指差して言う。

「カナト、私の母の名前を知っているの?」

「え?」

「ほら、ユシル・リィン・ヴォルテローノ。真ん中のミドルネームは私の母の名前だよ。屋敷では誰にも言わなかったのに」

とある理由で、ユシルの母は崖からの転落を装って数年間人里離れた生活を送っていた。しかし病で亡くなってから、一緒に転落したことになったユシルは生きるために人里へ降りて、そこで攻めと出会い、10数年も暮らしている。

最初こそその言っている意味を理解しきれなかったが、すぐに原作で忘れていたことの一つを思い出した。

カナトの顔色がサァと青ざめていく。

リィンはユシルの母の名前で間違いない。そしてその名前がミドルネームとして名前に加えられるのは18歳になる、その秋の収穫祭でユシルのために優勝したイグナスが要求したのだ。

まだ物語はその重要イベントの収穫祭に来ていない。つまり、今のユシルの名前はこうだ。

ユシル・ヴォルテローノである。

その事実に気づき、カナトは慌てて紙を折りたたんでズボンポケットにねじ込んだ。

ヤバい。やらかしたかもしれない。

なんとかごまかせないかと言い訳を考える。

「その、ア……アレストから聞いた」

「なるほど!兄さんなら父さんから聞いたことあるかもしれないね」

ごまかせた!

「やっぱりカナトは兄さんと仲がいいね。私も早くなんでも言えるような仲になりたいな」

原作通りならアレストがユシルに対して善意的な感情を一度も抱かないはずである。

「そうだな……」

カナトはなんとか言葉をひねり出した。そして思い出したようにわざとらしく拳をたたく。

「そうだ!そういえばジ……旦那様が待っているな!よし行ってこい!」

慣れない旦那様呼びに鳥肌が立ちそうだった。カナトは鍵を開けるとぐいぐいとユシルの背中を押して部屋の外に出す。

「じゃ、じゃなあ!」

急いでドアを閉めるとガチャンと鍵をふたたびかける。

そして滑るようにドアの前に座り込んだ。

「大丈夫、だよな?」









廊下に出たユシルは思わず考えてしまった。例え兄さんから聞いたとしても、なぜ母の名前をミドルネームとして書き加えたのかわからなかった。

確かに自分にはその意向があるが、これですらイグナス以外は誰にも言ってない。そしてイグナスが口を外してカナトに言った、とは考えにくい。

「あの、ユシル坊ちゃん。そろそろ……」

「え?ああ!そうだね、父さんに会いに行かないと」

不思議に思いながらもユシルは父の事務室へ向かった。












しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ※第33話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

処理中です...