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第一章
話し合い
しおりを挟むカナトは庭で木材を加工していた。借りてきた研磨材で最終仕上げをすると見事な木剣が出来上がった。
その出来を見て「よし!」と満足げな声が出た。
「やっぱ新しいものって手にするのが楽しいんだよな!」
何回か振って感触を確かめる。そこへユシルが近づいてきた。
「カナト!」
天使の声にカナトがパッと振り返る。が、天使の後ろにクモがついていた。やはり穏やかな笑みをしている。その笑みから牽制的な意味を感じ取れた。
カナトはこの穏やかな笑みをした相手があの、人の命は貨幣一枚より安い、と作中で言っていたクモと不思議と容易く重ねられた。
なんだか目が怖いのである。相手が暗殺者だと知っているからかもしれない。
しかし、天使を前にクモなどかすんで見える。
「ユシル来てたのか!」
「ちょうど見かけたから。実は今日はイグナスも来るんだ」
なに!?
「例の関税のことで父さんと話し合いをするみたい」
「な、なるほどな……」
睡眠薬を準備しとくべきだったな。アレストに飲ませてせめてイグナスとの対面は避けてもらわないと。
なにしろアレストを殺してしまうのがイグナスである。
アレストがイグナスといるだけで寿命が縮んでしまうんじゃないか、そんな心配をしていた。
ユシルと別れてからカナトは急いで自室に帰った。パラパラと箇条書きにしたこの世界の未来を見る。
「ダメだ……時系列通りじゃないとどれが今を指しているのかわからない」
イグナスの来訪でアレストにどんな変化を与えるのかまったく覚えてない。なんなら関税のことで話し合いがあったかどうかもうろ覚えである。さらに言えばそこにアレストがいるのかどうかも知らない。
箇条書きの紙をバンッと押さえつけてカナトは決心した。
俺も話し合いに参加する!
決心はよかったものの、専門の知識もない、ましてや一介の使用人を大事な場に出すわけもなく、話し合いの場でカナトは廊下に立たされた。
間違いを犯した子どもかよ!
最悪なことにアレストも話し合いに参加していた。
口を覆いながら廊下を行き来しているとガチャとドアが開く。ハッとして見るとイグナスがちょうど出てきた。廊下にいるカナトとばっちり目が合う。
ドアを開けていたアグラウは廊下に突っ立って固まっているカナトを見て思わず額を押さえた。
「ごほん」
忠告の意味を込めたせき払いだがカナトにはうまく伝わらなかった。いや、正しくはまったく理解してもらえなかった。
せき払いで我に返ったカナトではあったが、なぜかイグナスに向かって手を差し出していた。
「こんにちは!」
違う!そうじゃない!アグラウは苦虫を噛み潰したような顔でギリギリと歯を噛み締めた。
それに気づかずカナトは内心わくわくとしていた。この手はユシルにおまじないをかけてもらったし、ちょっと様子がおかしかったけどアレストに握ってもらった。
この世界で重要人物とされる2人に握ってもらったならイグナスのも必要なのでは?そう考え、スタンプ集めの気分でカナトは手を差し出している。
でもアレストに握ってもらった時はちょっと痛かったな。そう思い出した時だった。手にものすごい力を加えられて、思わず「ぐおぁっ!」と声を出してしまった。
骨がきしむような痛みに思わず屈んで痛む手に触れる。
な、なんだ?
イグナスは見上げてくる顔に対して冷ややかな視線を向けると去っていった。イグナスについていたクモがカナトにそっと耳打ちで原因を教えた。
「ユシル様と距離が近すぎるんです」
そう言って自分の主人の後を追う。
カナトは思わず項垂れた。
あの独占欲の塊めッ!というか絶対クモが教えただろ!
そう思うもその顔はどこかうれしそうだった。
遅れて部屋から出てきたアレストは屈んでいるカナトを見て急いで駆けつけた。
「カナト、平気か?」
だが、カナトのうれしそうな顔を見て一瞬だけ動きを止めた。
アグラウがカナトの前に立って吊り上げた目でにらむ。
「さっきの場合は客に対して出口まで見送るのが使用人だ!なぜお前は何もできない!」
「父様、僕が教えますから、怒りを鎮めてください」
「カナトに使用人としての礼儀を教えるんだ。じゃないといつまで立っても礼儀知らずの平民が屋敷をうろつくのと同じだ」
さすがに我慢できず、カナトが立ち上がって言い返そうとすると、すかさず伸ばされた大きい手に口をふさがれた。
ふんっ、と鼻を鳴らしてアグラウは去っていく。
クソジジィ!通りで育てた息子に毒殺されるわけだ!言い方に棘ありすぎるだろ!
アグラウの姿が見えなくなるとカナトは解放された。アレストは仕方なさそうに笑って言う。
「あそこで言い返すのは得策じゃない」
「言い方がムカつくんだよ!」
「もう怒るな。手は大丈夫か?」
「とっくに痛くない」
嘘である。まだ手関節のところどころが痛い。しかしこの痛みと引き換えに主人公攻めの独占欲と触れ合いができるならなんてことない。むしろご褒美である。
ただ、読む分にはいいが、いざあのいき過ぎる保護欲の矛先を向けられるとなかなかたまったものじゃない。なんなら手を握られた時骨が変な音を出していた。
カナトは短日で主人公2人と悪役に手を握ってもらうといううれしさに口角が上がった。
「ついてるな」
「え?」
「あ、いやなんでもない!それで関税なんとかについての話し合いだって聞いたが、どうだった?うまくいきそうか?」
「ああ、うまくいきそうだよ。辺境伯がたくさん手助けしてくれる。ユシルの見つけた植物の種もあるし、今年の冬はなんとかしのげそうだ」
そこで、アレストもこの冬に備えてたくさんしていたと思い出す。
「よかったな!お前ずっとこの冬心配していただろ。これで余計な金使わずに、冬に準備することに力が入れられるな!」
純真にそう言うカナトを見て、アレストの目底に昏い光が横切る。
「……ああ」
カナトは背中が総毛立つような感覚に襲われた。
なんだ、今の感覚……。
だが次の瞬間、アレストは明るく笑う。
「その通りだな!」
カナトの言った言葉は暗にアレストの努力よりユシルとイグナスの解決策のほうが有効で使えると言っているようなものだが、カナトはまったくそのことに気づかない。
そして冬を迎えたヴォルテローノ領は、今年予想されていたような食糧難はなく、加えて各領地に配った種から穀物が育った。それに貢献したユシルとイグナスは民や貴族から称賛を浴びた。
その称賛の裏でアレストはますます暗い感情を燻らせていく。
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