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第一章
木剣
しおりを挟むユシルから勇気をもらってカナトは夕暮れ時の仕事終わりにアレストの事務室を訪れた。
軽くノックして返事を待つ。
が、何もない。
寝たのか?
「おーい、俺だ」
「……入って来てくれ」
いるじゃねぇか!
カナトがそろりとドアを開けた。まだ少し気まずさが残る。この期間の自分の態度を思い出して頬をかく。
「あのさ、少し言いたいことがあるんだけど、今いいか?」
アレストが書類から顔を上げた。
「……ああ」
カナトは中に入ってドアをゆっくりと閉める。事務机の前に来てこほんと軽くせき払いをした。
「あのさ、その……」
言いよどみながらユシルに握ってもらった手をさする。その行動はアレストの目にも収まった。
「前に八つ当たりだって謝ってきただろ」
「そうだな」
アレストの態度が少しおかしいと感じながらもカナトは気にしないように続けた。
「そのことなんだけど、俺も謝りたくて……悪かった。なんかずっといやな態度取ってごめん」
アレストが驚いたように目を見開いた。
「きみが謝るなんて、珍しい……」
「なんだよ……それで、許してくれるのか?」
アレストは立ち上がってカナトの前に来た。いつもの笑顔で笑いかけカナトの手を取る。
「それより、少し確認したいことがあるんだ」
「それより?」
軽く謝罪を流されたことに目を丸くする。カナトはぎゅっと手をきつく握られたことで眉をひそめた。
「おい、どうした?」
「ずっと僕の味方でいてくれると言ってたな」
「ああ、言ったな。それがどうしたんだ?」
いつもと違う冷たい雰囲気にカナトが思わずごくりとのどを鳴らした。
「それは例え誰を敵に回しても、なのか?」
「あ、当たり前だ」
じっと見つめられてカナトはのどの渇きを感じた。自分が何かをしたのかと思い返す。もしかしてこの期間にとっていた態度が問題か?それが不信感を持たれるきっかけになった?だが元をたどれば自分のせいではなくないか?
いつもの爽やかな青年像はどこへやら、青い瞳は薄氷のようにひんやりとしていた。
「ア、アレスト……」
カナトは湧き上がる不安から逃れたくて名前を呼んだ。
すると、アレストはふっと表情を和らげた。
「じゃあ今日からもう仲直りという認識でいいのか?」
「え?……あ、ああ!そうだ!」
カナトは手を引っ込めて腰に当てた。精いっぱいの強がりである。
「よかった!もう少し怒るんじゃないかと思っていたが、思ったより早く許してくれて安心した。もうあんなふうに怒鳴ったりしない。今回は本当に申し訳なかった」
いつもの調子に戻ったのを見てカナトはホッと胸をなでおろした。
「わかったならいい。そうだ。俺の木剣は?」
「木剣?」
相手の知らない様子に思わず首を傾げる。
「お前の部屋に忘れたと思っていたけど、見なかったのか?」
「いや、見なかったが、確かに僕の部屋に忘れたのか?」
「そうだと思うんだけどなぁ」
カナトは腕を組んで、いったいどこに忘れたのかと思い出そうとする。しかしそうしたところでまったく思い出せない。やはりアレストの部屋に忘れたような気がする。それも今は確信が持てなかった。
「まあ、いいや。無くしたならまた作るか」
カナトは自分で木剣を削って作ることができた。
「じゃあいい木を探そうか?」
「いや、いい。自分で探ーー」
言い切らずに、アレストを1人にしないほうが安全性高いのでは、と思い直して、
「す、と思ったけどやっぱり一緒に来てくれ!」
「わかった。明日にでもどうだ?」
「いいのか?仕事は?」
「父様がユシルのいい鍛錬になると言って僕の仕事の半分をわけたんだ。だから時間はある」
内容的になんだか訊かないほうがよかった気がする。だがアレストは特に気にした様子はない。
これくらいならまだ耐えられる?それとも最初から気にしてない?
いくら観察してもその顔から不満といった感情は見出せなかった。
そして翌日、カナトはアレストとともに材木屋に来ていた。
様々な種類の木が売られている。
「なんかいい匂いするな」
「そりゃ木のにおいだ」
店主らしき男がカウンターから出てきた。
その目はカナトとアレストのあいだで行き来している。金髪の背が高い男はどう見ても平民には見えない。服装は平民のそれだが、全身から漂う雰囲気はまるで違う。むしろ貴族と近い。ただーーと店主はカナトを見る。
若干反骨精神のある、面相の悪い顔立ちだが平民と変わらない。けれど貴族と非貴族がこうして仲良く材木屋に来るとは思えず、店主はフランクに接することにした。
「木のにおいってこんな甘い感じなんだな」
「有名どころだとスギノキやヒノキだな。なんだ、日常使いか?」
真っ先にスギノキやヒノキが出てくるあたり作者が日本人だと実感できる。この世界の端々に転がっている日本的習慣を見かけるたびにカナトは懐かしい気持ちになる。
「まあ、そうだな。木剣作りにしたくて」
「だったらヒノキがおすすめだ。耐久性も保存性もいいし、においも平民受けだ」
「そうなのか?じゃあヒノキをくれ!」
迷わずに決め、紐でくくられた木材を抱えて店を出た。
カナトは申し訳なさそうに隣を見る。
「自分ではらえたんだけどな」
「せっかく一緒に出かけたんだ。僕にはらわせてほしいな」
「いや、立場的にそれはおかしいだろ。まあ、ありがとう」
「どういたしまして」
「お前は何を買ったんだ?」
アレストもわきに短めの木材を抱えている。
「秘密」
「なんだよ。教えてくれてもいいだろ」
「きみへの贈り物だよ。成人の日に渡す」
カナトが目を丸くして瞬かせた。
「そ、そうなのか?楽しみにしといてやる」
そう言って、少し赤くなった耳を隠すように顔をそらす。それを見てアレストが愉快げに笑った。
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