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第一章
小さな火種
しおりを挟む雪山で何度もニワノエがアレストに近づこうとした。
そのたびにまだ現代にいた頃のチンピラじみた視線でにらむ。ほとんど甘やかされて育ってきた貴族子息たちはその眼力に何度も撃退されるが、それでもニワノエだけ頑なに挑発を仕掛けようとした。
さすがは闇落ち補助キャラだな。簡単にはいかないか。
だが、残念なことに貴族子息たちはそう長く雪山にいられるわけじゃない。見せかけ程度に作業見学を終えた翌日にはもう帰る。
まるで遠足だ、と思わなくはない。
それぞれが連れてきた使用人たちが荷物を片付けて背負っていた。今から帰るのだ。
やっと帰れると全員が歓喜していた。アレストは業者たちと何かを言ってから笑っていた。
大丈夫だろうとカナトも片付けをし始める。最後にユシルがつけたことのある手袋を大事に鞄へしまう。
そしてアレストのいる方を振り向いた時、ヒュッと空気がのどにつまった気がした。
ニワノエがモブたちを連れてアレストの行く道をふさいでいる。
人のいないすきを狙いやがって!!
カナトが除雪機みたいに雪をかき分けながら全速力で駆けつける。
「また貴様らかッ!」
カナトが来たと見てモブたちがそそくさと散っていく。
ニワノエは手を腰に置いてふんっとカナトを睥睨した。
「何回も何回もちょっかい出してきて、なんのつもりだ?」
「敬語も使えない使用人に言う必要あるか?」
「人を尊重できねぇニワトリに言われたくねぇよ!」
「ニワノエだっ!」
カナトは気にせずアレストを見た。だがすぐに異変に気づく。
「おい、平気か?」
「え?あ…ああ。平気だ」
その笑顔はどこか無理やりに感じた。
カナトはキッとニワノエをにらむ。
「お前、何を言った!」
「別に?」
ニワノエはなんてことないように肩をすくめる。小説の中だとアレストにボコボコにされた印象しか残らないためか、カナトは相手をただの弱小キャラととらえていた。しかし、仮にも作中で悪役を闇堕ちさせることに成功するため、頭は一定の知力がある。
「ちょうど今、お前の話をしていたんだよ」
「俺の?」
「ああ。あんたがアレストに近づくのはあくまで将来爵位を受け継ぐお前であって、使い捨ての駒であるお前じゃないとな」
カナトは振り返ってアレストの首えりをつかんで引き寄せた。
「それをガチで信じたのか!」
「いや、信じてはいない……けど」
「けど?」
その続きを言ったのはニワノエだった。
「お前はいつまでもアレストの隣にいないって言ったんだよ」
「お前は俺のなんなんだ?いちいち俺の気持ちを代弁するな!黙ってろ!」
「間違ったこと言ったか?」
「間違いだらけだ!俺はアレストから離れねぇよ!」
その言葉を待っていたとばかりにニワノエが笑った。
「じゃあ将来結婚して、子どもができても離れないか?どこに飛ばされるかもわからない主人相手にそこまで付き合う義理はないだろ。さっさと今のうちからユシルに履き替えたほうがいいんじゃないか?」
結婚?子ども?俺が?
カナトはこっちの世界でそこまで考えていなかった。
だが、なぜか想像した将来像の中で、自分の隣にアレストがいる。
そのことに脳機能が追いつけなかったカナトは一瞬機能停止になった。
その空白の時間に、カナトの反応を見たアレストは動揺し、ニワノエはますます口もとを吊り上げた。
「お前にはもっといい選択がある。わざわざこんな役立たずのために時間を浪費しなくていい」
「カナト……」
不安げな声が自分の名前を呼んだ。そのことに気づいたカナトはこのままこのニワトリに好き勝手に鳴かせてはならないと、思い切り頭突きをした。
「があっ!!」
アヒルのような声を出してニワノエが尻もちつく。
「貴族に手を出したな!」
「誰が?頭だけじゃなくて目まで悪いのか?手なんか出してねぇよ。というか足滑らせてちょっとおでこぶつけただけだろ!」
「詭弁だ!お前今あきらかにぶつけてきただろ!」
「だから足滑らせたんだよ!アレスト、行くぞ!」
カナトはアレストの腕をつかんで歩き出した。後ろから、
「アレスト!お前は誰にも見放されるんだ!誰もお前のそばになどいようとしない!その使用人の言うことだって、周りのお世辞だって全部まやかしだ!」
全部まやかし……その言葉はまるで呪いのようにアレストの心臓をしめつけた。
ふつふつと湧き上がる……黒くドロドロした何かが心臓に這い上がり、鮮明な赤色をすべて塗りつぶしていく。
カナトは馬車に乗り込むと、外と遮断してやるつもりで思い切りドアを閉めた。
あのニワトリ!ろくなこと言わねぇな!
ニワノエの言葉はあきらかにアレストの心に小さな火種を植え付けた。その火種がユラユラと大きく膨れ上がろうとしている。
帰りの馬車でアレストはずっとうつむいたまま無言だった。
イグナスが来ているのでおのずとユシルはそちらの馬車に乗っている。
「なあ、アレスト。平気か?あんなニワトリの吠えごとなんて気にするな」
「……………」
「元気出せよ。ほら、お菓子残っているからやろうか?」
「離れるのか?」
「え?」
鞄からお菓子を取り出そうとしたカナトが思わず顔を上げた。
「爵位もない、お金も渡してない僕じゃ、ついて来てくれないのか?」
うつむいたままなので顔は見えないが、声は低く沈んでいた。
いくら鈍くてもさすがにこれはヤバいと感じた。カナトが慌てて取りつくろうように手を振る。
「いやいやいや!離れないって言っただろ!」
「専属使用人としての給料は高い。ニワノエが言ったように僕は他の領地に行くかもしれない。例えそこで僕が屋敷を管理しても今のままの給料はあげられないし、いずれはきみも結婚して子どもができる。そうなればひとりだけの問題じゃない。きみは家族を養わないといかないし、わざわざどこかもわからない領地へ行くのは……」
「待て待て!」
カナトはどうすればいいかわからず、とりあえずアレストの隣に座ってうつむいているその頭を抱き寄せた。
「ちょっと待て!どこまで先考えてんだよ!だからあんなやつの言うことはーー」
「だが真実だ!!」
大きな声にカナトがビクッとした。
「父様はずっとユシルを見ている。使用人にだってわかる。街の人々も、今まで社交界の友達も……みんな、わかっている。僕やユシルへの態度をどう変えるか見極めている段階だ」
こんなに早い段階から色々考えていたのか?
カナトは回らない頭を必死に回らせた。だが何ひとついいなぐさめの言葉は出ない。何を言っても逆効果な気がする。テキトーななぐさめほど人を追い込むものもない。
「………ぁ、欲しい」
「なんだって?今何が欲しいって?」
アレストの手がガシッとカナトの腕をつかんだ。その力強さに驚く。
「きみが離れない確証が欲しい……それができないなら、すぐ他に働けるところを紹介する。だから、きみが離れない確証はなんだ?」
負傷した猛獣のような鋭い目がカナトを見上げた。
まるで一歩でも選択を間違えれば命を取られるような錯覚になる。
こんな目をするんだな……やっぱり悪役だなこいつ。
ごくりとのどが動く。
「け、結婚はしない、子どもも作らない……お前が遠くに行くなら、俺もついて行く」
だが、アレストはますますつかむ手に力を入れた。
カナトは腕がそのまま折れるんじゃないかと思った。
だからなんで鍛えている俺より事務職しているお前のほうが力大きいんだよ!
冷や汗を流しながらなんとか口を開く。
「もし、もし嘘をついたなら……その時は殺してくれても構わない」
アレストが驚いたように目を見開いた。その口がほんの少し開く。それにつられてつかむ手の力が弱まった。
「本当か?」
「もちろん!」
そのすきにパッと抱いていた両腕を引っ込める。
「きみがそこまで言ってくれるなんて……少し驚いたな」
「そうだろ。だからもうあんなニワトリの吠えごとなんて頭の後ろに捨てろ」
「ふ…はは。そうだな………………少しだけ、肩を貸してくれ」
疲れたようにアレストはこてんと頭を傾けた。
肩にかかった重みを感じながらカナトは安心した吐息を吐き出した。
よかったぁ。まあ、さすがにこの時期じゃまだ早いよな。
よし!これで闇堕ち阻止に一歩近づいた!
阻止できたと、カナトはそう思っていた。しかし、小さな火種はまだ完全に消えず………。
事態は予想外の展開に広がった。
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