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第ニ章
薔薇
しおりを挟む成人の日を目前にカナトは朝からメイドたちに引っ張り起こされた。
「まだ寝てたの?信じられない!」
「今日は大事な日じゃない!」
「カナトさんったら、忘れているなんて言わないわよね?ほら、早くお顔を洗って!」
強制的に洗面させられ、寝ぼけ眼だったカナトは意識がはっきりしてきた。タオルで顔を拭きながら目をすがめる。
目前どころか今日が成人の日である。
「お前たち、何やってんだ……」
カーテンをバッと開けながらボブカットのメイドが返した。
「今日はなんの日か忘れたの?」
「誕生日?成人の日?」
「どっちも!そうじゃなくて、アレスト坊ちゃんとの大事な日でしょう?」
「変な言い方すんなよ」
「変な言い方?事実でしょ?ほら、次は着替えよ!」
メイドたちがテキパキとカナトを仕上げていく。
寝癖のある髪を整え、使用人の茶色いベストを着せられ、首にいつもならつけないクロスタイをつけられる。
「完璧!」
おさげのメイドがくしを持ちながら両手を合わせて言う。その隣でお団子のメイドがうんうん!とうなずく。
「素敵だよね!」
「坊ちゃんのお心も鷲づかみよ!」
「だから変な言い方すんなよ……なんだよ鷲づかみって」
「ほら、しゃべるより動く!急いで急いで!」
ボブカットのメイドがカナトの背中を押しながら部屋を出ていく。
そのまま連行するように左右を固めながら、前をボブカットのメイドが案内をする。
「カナトさんったら幸せ者ね」
「はあ……」
「仕える主人からこんなにも大事にされるなんて」
両頬に手をそえながら3人とも陶酔したように頬を染める。
「まあ、アレストとはちょっと関係が近いかもな」
「ほら、そこよ!主人を呼び捨てにできるなんて聞いたことないもの!」
おさげのメイドが、きゃっ素敵!と小さく声を上げる。
言われてみたら、周りの使用人より距離が近すぎるかもしれない。昔助けてもらったという出会いをしたせいなのかもしれないが、それを抜きにしてもアレストの態度は寛容だった。特に雪山から帰った後からさらに近くになった気がする。
カナトは思わず距離保ったほうがいいか?と思ったが、正直今の生活は嫌いじゃないのでその考えは一旦保留にした。
そして普段あまり来ない部屋の前に連れて来られると、ボブカットのメイドが両開きの扉をノックし、「入ってくれ」と許可を経て扉を開けた。
「カナトさんをお連れしました」
「ああ、ご苦労さん」
部屋に入るとアレストが肩越しに見てきていた。部屋の中央には大きなテーブルがあり、そこに欲しかった三段ケーキが置かれていた。
「……………」
カナトがその大きさに絶句した。
想像していたのは一般庶民が食べるホールケーキの大きさだが、アレストが用意させたのははるかに想像を超えるウェンディングケーキのような大きさだった。
仰ぐほどの三段ケーキを前にカナトは立ち尽くした。
なんだコレ。
「ア、アレスト……これ」
「カナト、ほらこっちへ」
アレストが手を差し出しながら笑いかけた。振り返ったその腕には薔薇の花束が抱えられていた。
情熱的な赤色ではなく、血が滴るような深紅の薔薇である。
「見て、あの薔薇!真冬に薔薇よ!なんて美しい!」
「冬なのにあんなにきれいに開いた薔薇なんて見たことない!春の薔薇に匹敵するくらいきれいだわ!」
「坊ちゃんが最近商人と話してやっと手に入れたのよ!」
メイドの声に、カナトはアレストが最近忙しくなったと感じていたが、まさかこれが原因なのか?と考える。そして薔薇のことはよく知らないが、どうやらこの薔薇は冬に手に入りにくいということはわかった。
これは本当に自分の誕生日を祝うためなのか?そんな疑問が横切る。
まだ入り口で突っ立ているカナトを見てアレストが近づいていく。
「三段ケーキが欲しいって言っただろ?」
「いっ、言ったけど……大きすぎないか?」
「そうかな?マカロンもたくさんつけるようにしたよ」
「いや、絶対食えないだろ!」
「大丈夫、食べれる分だけでいいよ。この後使用人たちが分けて食べることになったから」
「そ、そうなのか?それならいいけど……」
だが、なんだ?この言葉にできない違和感に似た感じは。
カナトは心のなかにわずかに湧いた疑惑にも似た感情に不安になった。
この祝いはあまりに盛大すぎる気がした。
アレストはまだ我に返ってないカナトの手を引いてテーブルの前に向かって歩き出した。テーブルの上には三段ケーキ以外にも様々な種類のワンカットケーキがあり、焼き菓子も紅茶もある。
おかしいって感じるのは俺だけか?
振り返るとメイドたちはすでにとろけたような表情で2人を見ていた。
本当に俺だけか?
だが部屋の中を見回しても他に意見を求めるような人はいない。
「どこを見てるんだ?」
「え?」
振り向くとアレストがニコッと笑っていた。だが、その青い瞳に目に見えるような笑顔の意味はない気がした。
カナトは思わず固唾をのんだ。
「お誕生日おめでとう。そして成人の祝いとしてこの薔薇を送るよ。国外から取り寄せたんだ。まだ鮮度を保った花を選んでいたら数少なくなったけど、許してくれ」
「い、いや、そこまで律儀に……」
カナトは差し出された薔薇を受け取った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
アレストはまだ残っているメイドたちに目線を送った。
カナトも振り返るとちょうどボブカットのメイドと目が合う。わかっているよ、と言わんばかりにパチンとウィンクして扉を閉めた。
どういう意味でウィンクしたんだよ!
部屋の中が2人きりとなる。
「そ、その、残った食べ物は使用人たちが食べるんじゃ……」
「そうだよ。でも今は僕たち2人だけの時間だ」
その言葉に何か粘着質なものを感じた。またあの夜を思い出し、カナトは居心地悪くなるのを感じてアレストから一歩離れる。
やっぱり、何かおかしい。でもいったいそれはなんだ?
「カナトーー」
「あー!そこにマカロンあるな!」
あきらかにわざと大声を出したカナトはそそくさとテーブルの向こう側に回った。
ちょうど小さなマカロンタワーの前に来る。
「なんでこれ全部チョコマカロンなんだ?」
「僕が好きなんだ」
「そうなのか?」
意外だな。甘いもの食べる場面なんてそんなに多くないのに。
なんだか妙な不安を抱えながら誕生日祝いを終えたカナトは1人自室へ戻った。アレストはこれから用事があると言って事務室へ戻った。
去り際にもらった包装された箱と薔薇を腕に抱えながら廊下を歩く。ちょうど向かいから見たことのあるメイドが向かってきた。
いつぞやの目力の強いメイドである。目力があまりにも記憶に残るせいで数多のメイドの中で唯一彼女だけを覚えていた。
「おや、カナトさん。お誕生日兼成人おめでとうございます」
「ありがとう」
強い目力が薔薇に注がれた。
「……素敵な薔薇ですね」
「これか。冬に珍しい薔薇みたいだな」
「というより、一般的に春と秋に咲きますからね。特に春に咲く薔薇は美しく、人気があります。秋に咲く薔薇は花びらの開き具合が春と比べるとそれほど華やかではないので、冬にこんなにきれいに咲く薔薇を見つけるなんて、坊ちゃんも力を入れていますね」
「そうなのか?花とかよく知らないからな」
「まあ、そうでしょうね。坊ちゃんのことなので、送るものにも意味があるのでしょう。わざわざこんなにも黒い薔薇を探してきたのですからね」
黒い?とカナトは薔薇を見た。確かに黒く見えるが、赤い薔薇だ。
「そうなのか。わかった。調べてみる」
言うなりカナトは自室へ走って行った。
残されたメイドはため息をつく。
「まだ言い終わってないのに。まあ、坊ちゃんが何を考えて、もしくは意味など込めてなくても使用人として勤めを果たすだけですしね」
特に色が深く赤い薔薇は黒薔薇と呼ばれていることを教えようとしたが、カナトがすでに見えなくなったのに加え、仕事が残っていたためメイドは先を急いだ。
そして自室に薔薇と箱を置いたカナトは書房へ向かった。書房は三階にあるため、めったに行かないせいで道に迷った。使用人たちに訊きながらなんとか目的地につく。
書房でメイドを捕まえると花言葉に関係のある本を教えてもらった。
なんだか今日の不安に駆られてどうにも薔薇の意味を知りたかった。
そして教えられた場所から本を取り、薔薇のページを開く。薔薇にも色ごとに花言葉が違い、本数なども含めて贈り物などで注意しなければならないことを初めて知った。
重要な赤薔薇の箇所には『情熱、愛情、美』などおおかた予想できたものだった。愛情と見てカナトの顔がわずかに赤くなる。
さすがにそれはないか。
そして薔薇の本数を思い出そうとした。
えーと、11本だったかな?11本の意味は………最愛の人?
だがアレストは鮮度のいいものを選んでいたと言っていたのを思い出し、カナトはこれを偶然だととらえた。
考えすぎか。
本を戻してカナトは自室に戻った。まだ開けてない箱の包装を解き、箱のふたを開ける。はめ込まれるように柔らかいシートに沈んでいたのは木製のバングルだった。
わずかにいい香りが漂ってくる。
「これ、あの時買っていた木材か!」
カナトが木剣作りに材木屋へ行った時、アレストも木材を買っていた。成人の日に渡すためだと言っていた気がする。
腕にはめ込んでみるとちょうどいい感じのサイズだった。
「器用だなあいつ」
だが、薔薇やケーキ、そしてバングルを加えて考えるとなぜが余計なことを考えてしまう。
いやいや、やっぱり考えすぎだ。
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