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第三章
悩み相談役
しおりを挟む首を絞められて以来、カナトはもう鎖で縛られることはなかったが、徹底的にアレストを避けていた。
もともと来た当初に見つけた部屋に戻り、こもるか道のない場所を選んで通るせいですでに3日は顔を合わせていない。
最近外に出るとカナトがトカゲみたいに壁伝いで移動する光景を見かける。事情を知らない他人によりすでに一回通報も受けた。
通報を受けたことでカナトもここはヴォルテローノ領ではないことを思い出して、壁移動は控えるようにした。
しかし、そうすると必ずムソクがカナトを見つけ出し、足音もなく後ろについてきたりする。
今日もそうだった。
「お前いつまでついて来んだよ!!」
「教育係なのにその言い方は酷いですね」
「うっ………そ、そもそもお前教育係とかいらねぇだろ」
「なぜですか」
「訊くか?お前俺より使用人らしくしてるし、仕事も完璧にこなしてるだろ。俺がつながれていた期間だってアレストの部屋に入ってきていただろ。昔からあいつは使用人を部屋に入れたりしないんだよ」
「あなたの食事を運ぶために誰かは入らないといけないのです。それがたまたま私だっただけです」
「アレストはどれほど他人に部屋に入られるのが嫌いか知らないだろ!新人のお前の出入りを許可するんだから信用されているんだよ!もういっそうお前が専属使用人になれよ!」
どこかヤケクソ気味に言い終えるとカナトは気まずげに視線をそらした。
「本当に私が専属使用人になってしまえば、あなたは今までのように自由にすることもできないのですよ」
「だったら出ていく!」
「………くれぐれもアレスト様の前では言わないでください。悲しみます」
「あんなやつ、知るか……勝手に悲しんどけ」
カナトは思わず首に触れた。
目の充血はだいぶ引いたが、首の跡はまったく消えなかった。
たまに鎖の幻聴が聞こえたり、鏡で首の締め跡を見ると息苦しくなることがある。知らずに思い出してしまいぶるりと震える。
カナトはムソクを一瞥するとふんっと歩き出した。
自分の部屋に来て何も書かれていない紙を取り出すとビリビリ破いた。それを床にまいてムソクを振り返る。
「これを全部元通りの形に戻したらついて来い。ごまかしてついて来るならすぐにでも出ていく!」
そう言うとカナトは子どもみたい意気揚々と部屋を出て行った。
ムソクは床にばらまかれた紙片を一枚つまみ上げた。
「子どもみたいな方だな」
カナトの近況をよく知らないカツラギはベッドで横向きになりながらお菓子を食べていた。
ただ、最近使用人の話だと壁によじ登っているところを領地外の人に通報されたらしい。
ヴォルテローノ領にいた頃からカナトはたまに外壁を移動手段として使うことがあると聞いていたが、半信半疑だったカツラギは特に気にしなかった。だがどうやら本当らしい。
この世界の小説を読みながらお菓子をポリポリ食べていた時だった。
窓がコンコンコンと鳴った。
そのノックじみた音にカツラギは反射的にドアを見た。だがすぐにおかしいところに気づく。
窓?今窓から………。
窓を見ると、捨てられた子犬みたいな表情でカナトが張り付いていた。
「うわ!」
驚いたカツラギが持ち上げたばかりのお菓子を皿に取り落としてしまう。
「カナト?なんでお前そんなとこに……」
カツラギの視線がふいにその首に止まった。包帯が巻かれている。
「窓開けれるか?」
「あ、ああ!」
カツラギは急いで窓を開けた。カナトは慣れた動きでするりと入ってきた。するとその目がベッドの上に置かれたお菓子の皿を見つけた。あまりにもじぃと見つめるのでカツラギが「食べるか?」と訊くと、カナトはパァと顔を輝かせてベッドに座った。アーモンド入りのクッキーをつまんで口に入れながら、
「お前でもベッドでダラダラしながらお菓子食うんだなボリボリボリ」
「飲み込んでから言え」
カツラギは先ほどメイドが持ってきたばかりの紅茶ポットから紅茶を注いでカナトに渡した。
「熱いから気をつけろ」
「ありがと!」
「どういたしまして」
そのあいだにもカツラギはちらりとカナトの首に巻かれた包帯を見た。
「そういえば、最近どうしてるんだ?」
何気に訊くとカナトは目に見えて顔色が悪くなった。
「いや、やっぱりいい。興味ないしな。それより食べかす落とすなよ」
「ベッドで食べていたお前に言われたくねぇし!」
「落とさないようにしているんだよ。現代にいた時もよくベッドで食べていたしな。もちろん休日限定だ」
「なんでだボリボリ」
「飲み込め。俺くらい優秀だと息抜きの仕方がわかるからだ。デタラメに休んで月曜になると会社行きたくない状態を回避しているんだよ」
「どうやってするんだよ」
「全身全霊で休むのは金曜の夜と土曜のみ。日曜は翌日に備えて生活習慣を戻す日」
「仕事しているみたいな休み方だな」
「計画性があると言え」
カナトはベッドに視線を落とすと小説があることに気づいた。
「何読んでんだ?」
「あれか。この世界のシャーロック・ホームズみたいな内容だな。まあ、殺人事件を相棒と解き明かしていく物語だ」
殺人と聞いてカナトが一瞬動きを止めた。
「ふ、ふぅん……俺はこうゆうの読まないからな」
「普段は何読んでるんだ?」
「GLBL小説」
「……なるほど」
カツラギがない眼鏡を押し上げながらうなずいた。
「この世界もそれ系だったな。恋愛系は正直興味ないから漫画でしか読んだことない」
「マジか!人生損してるだろ!」
「むしろお前が恋愛系好きなことに驚いたよ。どちらかと言うと熱血系が好きなのかと思っていた」
「そうか?昔は好きだったけどな。生前は成長してからあまり好きなのがないんだよな。時代が進んで来ると身を削り合うようなやつが少なくなってきた気がしてよ」
「あまり読まないジャンルだからよくわからないが、そうなんだな。」
「俺はスポーツタイプの熱血系より独自の世界観で殴り合うような内容が好きだけど、GLBLにハマってからは読まなくなった。というかお前、漫画読むんだな!」
意外そうにするカナトを見てカツラギは軽く笑った。
「まあな」
カツラギがあれこれ読んだ漫画のタイトルを言っていくとカナトがどんどん目を輝かせた。
「俺ら漫画の趣味合うな!それ全部読んだことある!」
「そうなのか?有名なものや長期連載のものならいやでもどこかで知ったりするからな」
「そうそう!あのギャグ漫画は面白いよな!」
「主人公だけじゃなくて周りのキャラデザもいいよな」
「わかる!驚いたな……まさかここで好きな作品について話し合える相手が見つかるなんてな!」
「さすがにこの世界であの世界のことを話し合える相手を探すのは難しいな」
「そうだろ!」
楽しそうにするカナトを見てカツラギは、そろそろ大丈夫か、と思った。
「カナト、最近寝不足か?」
「寝不足?」
「目が充血してる。使いすぎたりしてるのか?徹夜はよくない」
「て、徹夜じゃないけど……」
目のことを言っているのにカナトは無意識に首に触れた。カツラギはじっと見つめてから笑った。
「何か悩みがあるなら相談してみろ。これでもあんたの悩み相談役のつもりだ。今まで散々何かあると言いにきただろ」
「いや、まあ……そうだけど」
それでもカナトはどこか言うのを戸惑っていた。
「無理強いをするつもりはないけど、何かあれば早めに言ったほうが心も軽くなる。同じ現代人同士隠すこともないだろ」
そう言われて納得したのか、カナトはポツポツとパーティー以降に遭ったことを話した。最初は冷静に聞いていたカツラギが後半になるにつれどんどん顔が厳しくなる。
話し終えたカナトは先からずっと首を触っていた。
「だから息抜きにムソクをまいて遊びにきた」
「……そんなことがあったのか」
カツラギは真剣な顔で何かを考えていた。
「これからどうするつもりなんだ?」
「わからない」
「一緒に帰るか?」
「え?」
カナトが何言ってんだ?と言いたげに目を見開いている。
「現代に帰る方法が見つかったら一緒に帰るか?」
ほんの少し空白が生まれた。
カナトは肩を落として項垂れた。
「俺、お前と違ってもう死んでんだよ。戻れるかどうかわからねぇしな」
「そうだったな。でもあきめるな。まだわからないだろ。もしかしたら戻ったら時間が遡っていたなんてこともあり得るだろ。俺たち同じ作品で盛り上がれるところを見ると、おそらく同じ時代からきただろうし、あっちで会えるなら友達になれるかもしれない」
カナトはそこまで考えてなかったというように目を見開いた。
「確かに、そうだな!」
ベッドを降りてカナトは久しぶりに心からの笑顔を見せた。
「本当に帰るかどうかはともかく、その時はオススメの小説教えてやるよ」
「楽しみにしている」
その時、突然ノックもなしにドアが開かれた。
入ってきた人物を見た瞬間、カナトの表情が固まった。
「カナト、ここにいたのか」
「アレスト……なんで、ここに」
「ムソクから聞いた」
「ムソク?」
見ると、ドア側にはムソクが立っており、何かを入れた額縁を持っている。
カナトが破いてまいた紙だった。ちゃんとすべて元の位置に戻されて額縁に飾られている。
「言われた通りできました」
本当にできたのか!?
カナトは難易度を上げるためにかなり細かく破いていた。
「それで、ここで何をしているんだカナト」
「あ、遊びにきた……」
アレストは顔に笑顔を貼り付けてカツラギを一瞥した。
そしてカナトの前に行くとあきらかにその体がびくりと震えた。
大きな影に覆われるとカナトは思わず首を絞められた時のことが頭を横切る。
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