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第三章
慎重
しおりを挟む帰りの馬車でカナトは今回の事件を考え込んでいた。
ちなみにカツラギはイグナスの馬車で帰っている。
どう考えてもおかしいな。ニワノエがわざわざ少女をそそのかしてまで俺をはめようとするか?パーティー中なんてやり返したいのに必死に我慢してるみたいだし……。
そう考え込んでいるあいだにどんどん眠気が襲ってくる。
カナトは小さなあくびをしてカクン、カクンと馬車に揺られた。見かねたアレストがそばに行って横になるよう姿勢を調整した。
座席にカナトをゆっくりと倒して頭から手を離した時だった。
突然カナトがパッと目を見開いてアレストを見上げた。その顔がどんどん引きつり、小さい悲鳴を上げて後ろに下がろうとした。首を守りながら必死に壁寄りに逃げようとする姿は、思わずあの首締めの日の光景が浮かぶ。
「カナト?」
呼びかけると震えていた体が一際大きく反応した。
アレストはゆっくりとひざをついてカナトの手を取る。
「カナト、大丈夫。落ち着いて」
自分を覆う大きな影がなくなり、高い視線が低いところに来たのを見て、カナトは急に覚めた気がした。周りを見渡してここが寝室ではなく馬車の中だと認識した。認識した途端、その顔に気まずさが浮かぶ。
「ご、ごめん……そんなつもりじゃなくて」
「大丈夫。怖かったんだな。配慮が足りなかった僕のほうこそ謝るべきだよ」
「違う!別にお前のことが怖いとかじゃなくて、夢でてっきり……ごめん、現実と一瞬区別がつかなくなった」
カナトはあの日、首を二度も絞められた時の夢を見てしまった。何かを感じて目を開けるとあの日と同じような情景が見えて、てっきりまだ夢の中だと思った。
実は今までのことがただの夢で、本当はまだ首を絞められているのではないかと錯覚しかけそうになる。
アレストはまだ小刻みに震えているカナトに向かって腕を小さく広げた。
「抱きしめてもいいか?」
一瞬迷ったあと、カナトはこくりとうなずいた。
まだ震えている体は大きな腕に抱かれてほんの少し落ち着く。背中に回された腕を感じながらカナトは戸惑いげに口を開いた。
「あの、さ……」
「ん?」
「今日のパーティーについてのことなんだけど、聞いていいか?」
「もちろん」
「犯人って本当にニワノエなのか?」
「……どうして違うと思うんだ?」
「いや、なんというか……勘?あいつ痛い目に遭ってくれとは思うけど、こんなこと……それに妹のシュナという子もいい子だし、このことで何かあったら……」
さすがに小説の内容でニワノエが犯人じゃないと思ったなんて言えず、勘と言って誤魔化すしかなかった。
アレストはふむと考え込んだ様子で黙った。そして顔を上げて笑う。
「わかった。このことは調べてみよう」
「本当か!」
「うん。カナトは本当に優しいな。僕ならあんなやつほっとくのに。ははは!」
「は、ははは……」
なんでこいつはいつも笑いながら残忍なことが言えるんだろうな。
そう思いながらもカナトの心の中に暖かいものが込み上げた。
「その、今日は本当にありがとう。迷わずに信じてくれて。しかも他の人の前で俺のこと恥だと思ったことがないなんて……今まで初めて言われた」
「すべて本心だ。それにきみがあんなことをするはずがない」
「そんなに断言できるのか?」
「できる。例えきみが本当にやったとしても、必ず証拠を集めて闇に葬る」
本当になんでこいつは穏やかな笑顔で……いや、まあいいか。
カナトはゆっくりと身を伏してアレストの首筋に顔を埋めた。
「ありがとう。でもさすがにそこまでしなくていい……」
「そうかな」
アレストは首筋に埋めてきた頭を見下ろしながらなで、そのまましばらくしてからカナトの顔を両手で包み目を合わせた。
カナトは急に心臓が激しく鳴り出した気がした。
パカパカと鳴る蹄の音と車輪の音以外何も聞こえてこない。
カーテンの隙間からもれる街灯の光で、アレストの青い瞳がまるで炎のように揺らいで見えた。その中に包み込まれたような気分になり、カナトは体温が上昇するのを感じた。
ほんの気恥ずかしさを感じて身動きをすると、ふいにアレストが口を開く。
「カナト、今キスしてもいいか?」
「ふぁ"!?」
驚きすぎて思わず変な声が出る。
「い、今?」
「いやならしない」
「いや、というわけじゃ……」
「じゃあ、してもいいのか?」
「えーと……」
「いやだと感じたら、突き放してくれていいから、少しだけ試してみないか?」
高鳴りがよりいっそうと激しくなり、カナトは全身がしびれるような感覚になった。アレストの肩をつかんでいる手がぎゅっと力込む。
「お、俺……」
アレストの顔が少しずつと近寄り、体のしびれが脳にまで達した気がした。少しずつ、少しずつ……アレストがわずかに目を伏せ、綺麗な瞳を少し隠した。
カナトは唇に柔らかい感触がしたのを感じ、全身が震え出す。怖いからではない。感動のような、感激のような、もしくは羞恥で我慢できないような震えだった。とにかく一言でまとめれば、いやな震えではない、なのだろう。
心臓の音が相手に伝わっている気がした。
カナトは唇を割って、侵入してくる柔らかい何かを感じた。それが口の中をまさぐり、舌を、歯を、歯茎を滑っていく。
「んんぅ!!」
恥ずかしさで脳が爆発寸前のカナトはパッとアレストの肩を突き放した。
口を覆って体を後ろにそらす。まるで激しい運動をしたあとのような激しい息遣いで肩を上下させた。
「カナト、本当に可愛いな」
いつもなら怒るはずなのに、カナトはあまりの恥ずかしかに顔を真っ赤にして、目をまん丸に見開いたままアレストを見つめた。
パーティーの件以降、少し経ってからアレストはフェンデルの邸宅を訪れた。
キスした日からカナトはアレストに合おうとせず、自分の部屋でこもりきっている。
接客室に案内されたアレストは、ソファで座っているフェンデルを見つけると数歩で近づきえりをつかみ上げた。
「お、おい!」
先に到着していたデオンが驚いて向かいのソファから立ち上がった。
「おや、どうかされました?」
「フェンデル、僕は言ったはずだ。今回のパーティーで手を出してはダメだと」
「でもおかげでカナトさんと距離を縮められたのではありませんか?」
「それとこれは別だ。2回も王族主催のパーティーで事を起こすと怪しまれる可能性がある。だからダメだと止めたはずだ。なのになぜニワノエを罠にはめようとした?」
「デオンの話だとかなり乗り気でそれを手伝ってくれた話しですがね」
「ああ、最初からおかしいとは思ったが、デオンが出てきた時点で察した。お前、今回の事件は僕に見せつけるためなのか?」
「はい。あなたの欲しいものを手に入れさせる代わりに、私の欲しいものも早く渡して欲しいです」
アレストは握る手に力を入れた。
「もちろんだ。僕たちの目標は同じだ。だが、勝手に計画を撹拌するな」
「誰にも気づかれないよう、ニワノエの従者を装った者を向かわせています。モーレル家のお嬢さんは本気でニワノエが犯人だと思っていますよ。彼女が主張を変えなければほぼ確実と言っていいでしょう」
そこでアレストが手を離した。鼻で笑ってソファに座る。
「怪しんでいた者がいたぞ」
「え?誰ですか?」
「カナトだ」
「カナトさんが?あのカナトさんが?」
座ったばかりのデオンも驚いたようにソファから身を起こした。
「あいつが?そんな賢そうに見えねぇぞ!」
「勘だと言っていた」
「勘って……野生動物じゃねぇんだからよ」
フェンデルが少し真剣な顔になった。
「カナトさんにさえ怪しまれてしまうなんて、もしかしたら本当に王族に警戒されるかもしれませんね」
「だから慎重に行動しなければいけない。今回の事件、ニワノエの無実を証明するつもりだ」
「おや、そんなめんどくさいことはせずに勝手に潰れてくれてもいいと思いますが」
「いや、ウェンワイズ家を利用して計画を有利に進める」
「本人たちが知らないところで計画に利用するつもりですか?」
「ああ」
「なるほど……それはいいですね。今回は私の失策です。私のほうでおおかたのことを進めましょう」
フェンデルはソファに座って紅茶を一口飲んだ。そこでデオンがずっと感じていた疑問を口にした。
「フェンデル、お前なんで借金の半分も肩代わりするなんて言うんだ?利益重視のお前らしくねぇぞ。しかも実際に借金の半分を帳消しにしたじゃねぇか」
「ああ、あれですね」
紅茶をテーブルに置いてフェンデルは足を組んだ。その上に頬杖をついてフッと笑う。
「モーレル男爵ってなぜ私の銀行から大量の借金をすることになったのか、わかりますか?」
「事業に失敗したって話だろ」
「いいえ、違いますよ。賭博です。それを家族や対外的に黙っているんですよ。知る人は知っていることなんですけどね。破産近くまで賭博するような人がたった一回の痛い目でやめると思いますか?」
「お前……」
デオンが思い切りあごを引いて顔をしかめた。
「ああいう人は100回鞭を打たれても、飴を一個でも与えたら勝手についてきますからね。もともと賭博癖のある人ですから、たまたま上げた事業が軌道に乗って貢献したことで男爵位を手に入れることができた人です。賭け金が大きくなってやがて大量の借金を背負うのは目に見えてるんです」
ふふ、と笑ってフェンデルは紅茶を飲んだ。
デオンはフェンデルとアレストを見比べて頭を横に振った。
自宅の兄貴がとてつもなく可愛く思えてくる。
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