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第三章
逆行
しおりを挟む読んだ小説が存在しているかどうか怪しくなってきたせいで、電車に乗る時も、実家の門前につくと時もカナトは心ここに在らずな状態が続いた。
しかし、今実家の前におり、数年間言葉を交わさなかった両親に会うかと思うと急に緊張し始めた。
ユウシロウのやつ、俺を父さんと母さんに合わせるために嘘ついてないよな?本当は後悔してるとか、お互い黙って送金してるとか嘘じゃないよな?
頭の中に思い浮かぶのは厳しい父と泣き崩れる母の姿だった。カナトの中にある両親の姿は基本怒るか悲しむかのどちらかである。
緊張したままチャイムを押そうとすると「カナト?」と後ろから声がした。驚いて振り返ると、兄のユウシロウが立っていた。
ビシッときた紺のスーツに後ろへなでつけられた髪、なのに手には似つかわしくないほど小さなコンビニ袋が主張している。何かを詰め込んでいるのかパンパンになっていた。
「ユウシロウなのか?」
「俺だ」
転生した年数も合わせると本当に兄の顔を見るのは久しぶりである。もはや忘れかけたと言ってもいい。
カナトは頭の後ろをかきながら立ちすくんでいると、ユウシロウが実家のドアを開けた。
「入りな。父さんと母さん待っているはずだから」
カナトが後々知ったことだが、一人暮らしのユウシロウはずっと暇さえあれば家に帰って来ているらしい。家を出てから音信不通になって、その後連絡取れるようになってもあまり電話をかけなかったカナトとは大違いだった。
玄関に入ると懐かしい木のにおいと家具の配置が見える。
「ただいま!カナトも外にいたよ」
奥からドタドタと足音が響くと、年配の男女が姿を現した。
両親である。カナトは思わず懐かしさにその場で呆けたような顔になった。
お互いしばらく見つめたあと、
「父さん、母さん……」
「カナト、帰ってきたか」
父の言葉にうなずき返す。
「おかえり、カナト」
母の言葉に涙ぐむ。
家を出て行ってから、ふたたび両親と顔を合わせるのがこんなにも感動的になるとは思わなかった。てっきりまた会えたら出会い頭父と喧嘩するものだと思っていた。だから、この光景にカナトは心に温かいものが込み上げるのを感じ、思わず胸を押さえてしまう。
「た、ただいま……」
もう一度やり直せれる。カナトはそう思った。
しかし、温かい歓迎、久しぶりの料理、両親の笑顔……その中心にいるのはやはりユウシロウだった。
それもそうである。今まで両親の世話や話し相手になっていたのは兄であり、カナトではない。
3人むつまじい姿にまるでテレビを観ているような感覚になる。
それでも、昔と違って両親との会話が和やかなもので、あの怒りっぽい父でさえ笑顔を見せていた。
カナトは昔からたまに思うことがある。この3人は全員頭が悪いわけじゃない。ユウシロウなど人格も合わせて完璧だった。それなのになぜ自分だけがこんなに脳なしで生まれてきたのか。たぶん突然変異か何かだろうな。そう思うことは一度や二度じゃない。
でも、こんな光景を前にカナトの心が少し揺らいでしまった。
ほんの少し、もうほんの少しこの世界に留まりたい。まだこの温かい雰囲気に浸かっていたい。
久しぶりに家族そろった食事を終え、カナトが玄関で靴を履き替えていた。ユウシロウはその後ろに立っている。
「……帰るのか?泊まっていけばいいのに」
「俺もそうしたいけどさ、待たせている人がいるんだよ」
どのみち、本来の時間線でいけば自分はとっくに死んでいる。死んでからずっと欲しかった関心がアレストからもらえていたことに気づいた。
家族を放っていくのは忍びない。せっかく仲が変化してきているなかで離れたくない。家族というものに包まれた幸せが欲しい。でも、あの世界でアレストを残してきてしまったことはたぶんずっと引きずる。
どのみち本来の運命なら死んでいる。離れる前に求めていた家族仲が戻ってきたことだけでもありがたい。
カナトは立ち上がって兄を振り返った。
「ありがとな、ユウシロウ」
「ん?」
「俺って性格がこんなだろ。たぶんお前があの2人のしていることをもらしてくれなかったら今頃喧嘩していたかもしれない」
「お前も父さんも頑固で強がりだからな。どっちも譲らないから毎回仲裁側の気持ちも察してほしいな」
「悪かったよ……」
「それで、待たせている人って恋人か?」
「え?こ、こい……そそ、そんなんわけないだろ!!」
いや、たぶんそうだけど!!
ユウシロウはフッと笑った。
「俺も恋人ができた。もう父さんと母さんに合わせている。そのうち時間があったらお前にも会ってほしい」
「恋人!?お前が!!」
「そう。少し生真面目な人だけど、ああ見えて作り話が好きでな、お前とも性格が合うだろ。BLだっけ?あっちも好きなんだ」
たぶんもう会えないが、それでもカナトは精一杯の笑顔を作った。
「そ、そうか!ぜひ会ってみたいな!」
カナトは昔から嘘がヘタだった。ユウシロウはそのヘタさに軽く頭を揺らし、うん、とうなずいた。
「会いたくなったら連絡くれ。あっちと時間を合わせるから」
「わかった!」
カナトはそのまま家を飛び出した。ずっと陰で兄弟2人の会話を聞いていた両親がユウシロウのそばに立つ。
「母さん、父さん、カナトにも大事な人ができたみたいだ」
「ええ、そうね。よかったわ」
そう言って母は口を覆うと涙を流した。父はただ黙ってカナトの遠ざかる姿を見つめている。
夜の風が少しの煙のようなにおいを混えて玄関に吹き込んできた。
橋に来たカナトは、歩道に立ちながら下の川を見つめた。周りはもうすでに真っ暗闇である。
普段使わないタクシーを使ったせいか、その出費に心を痛めながらも決心は揺るがない。
よ、よし……飛び込むぞ。飛ぶからな。………絶対に飛ぶぞ……飛ぶ………と……ああああ!!やっぱ無理だ!!低過ぎないか!?この高さで本当に死ねるのかよ!?まさか頭打って血を流す程度じゃないよな!?もういい!!
片足を手すりにかけるとカナトは目を閉じながら飛び出した。わずかに人の悲鳴が聞こえる。
落ちていく感覚と水に打ちつけられた感覚、そして頭に受けた重たい衝撃……カナトは仰向けに浮きながら川の流れに従った。
「………死んでねぇし」
だが、急激な体温の降下に加えて、頭部の負傷から血が大量に流れ出たことでカナトは震え始めた。意識が朦朧としてきたところで、ふふ、と笑う。
来た!!
しかしすぐにバシャバシャと水の音が聞こえて誰かに体を抱き起こされる。
「カナト!?」
かすむ視界に見たことのある顔が映し出された。
「ユ……ウシロウ?」
「何やってんだ!!心配してついてきたらこれか!!」
その後もユウシロウは怒っていたが、その顔はあきらかに泣いていた。何かを謝りながら必死にカナトを岸へと抱き上げようとした。
だがすぐにカナトの意識は途切れてしまった。
ジリリリリリッ
カナトが目覚めたのは目覚まし時計とともにだった。
中学卒業の記念品としてもらった目覚まし時計をパッと押して止める。
「うぅ……頭痛いな」
むくむくと布団の中で寝返りをうったカナトはふとおかしいことに気づいた。
目覚まし時計?
バッと起き上がって周りを見る。キッチン付きのワンルームマンションの一部屋。日差しよけの黒いカーテン、ボロくさい壁のシミ、テーブルの上に置かれた食べ残りのカップ麺。
「俺の、部屋……?」
あれ?なんかおかしいぞ。
カナトはとんでもない違和感に頭を触った。すぐに自分が川に飛び込んだことを思い出した。
頭を強く打ったはずが、なぜか少しも痛くない。
部屋を見回していたその視線がテーブル上のカップ麺に注がれた。
あれって確か捨てた、よな?
まさか、と思い慌てて冷蔵庫の中を確認する。食べたはずの卵が3つとも何事もなくそこにある。白飯を確認するとこちらも全部残っていた。
いやな感覚になりながらスマホを手に取ると、日付は事故当日だった。
「戻った?」
その後カナトは催促にくるだろう仕事先に休みを入れ、ユウシロウに電話をかけた。なんと、家族でご飯を食べていないらしい。
「なんで小説の世界に戻ってないんだ?」
青ざめながらカナトは震え出した。まさか、このままもう戻れないのではないか。もうアレストに会えないのではないか。
「死んだはずなのに、なんで戻れないんだよ!」
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