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第三章
同じ朝
しおりを挟むジリリリリリッ
カナトが目覚めたのは目覚まし時計とともにだった。
中学卒業の記念品としてもらった目覚まし時計をパッと押して止める。
「うぅ……頭痛いな」
むくむくと布団の中で寝返りをうったカナトはふとおかしいことに気づいた。
目覚まし時計?
バッと起き上がって周りを見る。キッチン付きのワンルームマンションの一部屋。日差しよけの黒いカーテン、ボロくさい壁のシミ、テーブルの上に置かれた食べ残りのカップ麺。
「俺の、部屋……?」
そこはカナトが転生する前の部屋だった。
カナトはすぐに何が起きたのか思い出した。ユシルを受け止めようとした自分が消えていったのである。あの魔法円のなかで。
カナトは震えながらそばにあるはずのスマホを探した。枕に半分隠れているのを見つけて引っ張り出す。
日付を確認すると………思わず目を見開いた。事故を起こす当日だった。
「……どうなってんだ」
カナトは混乱し始めた。本来ならこの後仕事場に出かけてタクシーを使うのだが、その運転中に別の車に橋から突き落とされる。
朝の渋滞を避けるつもりで橋を通ったが、誰も事故になると考えなかった。
カナトは何度も日付を確認した。
そして何を考えたのか、二度寝をし始める。
……だ、大丈夫だ。夢だろうな。あり得ないことが起きると夢だったなんてこと珍しくないしな。
……………そんなわけないだろ!!どうするんだよ!!
布団の中でごろごろと転がった。部屋がせまいのですぐにテーブルの脚にぶつかる。
が、その後カナトは本当に寝てしまった。
ふたたび目を覚ましたのは仕事場先からかけられた電話である。
もごもごしてから起き上がって電話に出る。
「はい……」
「まさか寝起きか!」
「ふあ?」
「今日出勤日だろ!」
「あ……今何時!?」
「午前11時に決まっているだろ!!社会人としてのーー」
カナトはプツンと電話を切った。
今は社会人として何かを心配する時じゃない。カナトは頭を抱えて青ざめた。
午前9時半あたりにタクシーに乗り込んだので、橋までの走行距離はどう計算しても11時にはならない。つまり、別の車に突き落とされない。もしかして、もうあの世界に戻れない?
………いや、自分から飛び込めばいいか!
ひらめいたカナトは慌てて支度をした。別れるからと最後に部屋の片付けをして、食べかけのカップ麺もついでに捨てる。
冷蔵庫のなかを見ると生卵がまだ三つほど残っていた。あっちの世界に行ってから食べてない生卵ご飯を思い出し、まだ残りの白ご飯があることを確認して久しぶりの卵かけご飯を堪能した。
よし!これを機にずっと食べたかったものを食べるか!帰るのが少し遅れた程度でアレストも怒らないだろ!あと読み切ってない小説も……、っ!!!そうだ!スマホで忘れた内容も確認しないと!
食べながらカナトはスマホをとってマイページを開いた。しかし、本棚に入れたはずの作品の中でなぜか目的の作品が見つからない。
あれ?と何度も探し回すがやはりない。うろ覚えの題名も検索スペースで探すがヒットしない。
「なんでだよ!」
いくらキーワード、人物名で検索しても出てくるのは同じキーワードのある作品ばかりだった。作者名で探してもその作品だけない。
作者が消した?
カナトは残りのご飯を口にかき込み、口をもぐもぐ動かしながら作者のSNSを探した。見つけるとさっそくメッセージで作品についてのことを訊いた。
返信まで少し時間があるかもしれないと、カナトは財布を持って出かけた。
街中を歩きながら久しぶりに見る現代の光景に感慨深いものが込み上げる。
周りを見ながらカナトは自分の家族を思い出した。
そういや、どうせなら家族にも別れを言っておくか。もうこっちに戻るつもりもないし。
しかし、カナトは家族とすでに長いあいだ連絡をとってない。それどころか、大学を勝手に退学したのがバレて勘当までされた。
簡単に言ってしまえば縁を断たれたのである。
その関係でふたつ上の兄ともそれっきり顔を合わせなかった。だが、心配した兄から毎月仕送りをもらっていた。そのおかげでカナトもだいぶ楽に暮らしている。
公園のベンチに来たカナトは迷ってから兄の電話番号にかけた。
今はお昼だからたぶん出れるはずなんだけど……。
コール音が3回鳴ろうとする時に向こうが出た。戸惑うような間を開けてから懐かしい声が響いてくる。
「……カナト?」
「あ、いや……うん、そう、俺」
「電話なんて珍しいな。何かあったのか?」
「いや、何かあったというか……その、今までありがとう……」
「……何があったのか話してみろ」
「いや、なんもないって。あとさ、今後仕送りとかしなくていいからさ」
電話の向こうで少し沈黙がおりた。
「……カナト、まだ父さんのこと気にしてるのか?知っていたか?父さんも母さんも俺が仕送りしているの知っているんだよ。毎月俺の口座にお金を振り込んで、それでいて夫婦ともお互い黙っているんだよ。お互い秘密にしていてさ、お互い教えようとしないんだ。おもしろいだろ」
「そ、そうなのか?」
それはカナトにとって意外な事実だった。
昔から兄のユウシロウは成績が良かった。大学在学中に書いた論文が何かの賞を獲ったり、ボランティアに参加して、そこで出会った外国の人から語学を教えられ、その経験が就職に有利に働いて今では外資系の企業に就任している。
一方のカナトと言えば成績は言わずもがな兄と逆を行き、常に喧嘩ごとを起こしては警察署に連れて行かれた。大学でも特に能力的に突出したようなことがなく、最寄駅の警察署の常連だけは続けていた。
だから親の注目はずっと兄に向いていた。比べられるのはもちろん、友達との食事会にも連れて行ってもらえない。理由はカナト自身が一番わかっている。だから特に文句はなかった。ただ、そういう時に限って面倒ごとを起こしてしまう。
兄のユウシロウはカナトの行動の意味をわかっていた。ただ親に見てもらいたい。
両親の注目が自分に向かっているのをわかっているユウシロウはカナトの兄としてそのことを注意した。
だがあまり効き目はない。だからユウシロウは今さら素直になれない両親の代わりにカナトを可愛がった。それでカナトの問題行動も減ると思った。しかし、現実には大学を勝手に中退し、それを年越しにやっと切り出したため、怒った父によりその場で勘当された。
お互い譲らない性格のため、カナトはそのまま出て行ってしまい、電話にも出ず、ふたたび連絡が取れた頃にはもう住み所も見つけたという報告だった。
本人に浪費癖がないのが幸いし、カナトがバイトで溜めたお金とユウシロウの仕送りでなんとか駅近のワンルームマンションを見つけた。
ユウシロウは色々思い出して声をなるべく柔らかくした。
「そうだよ。父さんも母さんも本当はお前に会いたがっている。今度の週末一緒にご飯でも食べないか?家族で食べるのは久しぶりだろ」
「……嘘つけ」
「え?」
「俺知っているぞ。父さんも母さんも本当は俺が生まれなければいいって言ってただろ」
電話の向こうでユウシロウが息をのんだ。これはカナトの勘違いや聞き間違いから来たのではない。本当にあの2人が言ったことのある言葉だった。
カナトがまだ中3の頃、何回も警察署まで行って迎えに言った母は泣き崩れ、父親はただ酒を飲んでため息をついていた。その場にユウシロウもいる。
すると突然父が先ほどカナトが言った言葉を口にした。母もそれに続いたため、当時のユウシロウは怒って、生まれて始めて両親に向かって怒鳴った。まさかあの日の会話が聞かれていたとは思わず、なんとか言い訳を考えるが口を開いては閉じてしまい、何も出てこなかった。
カナトは気まずそうに頭をかいた。
「ごめん。責めるつもりじゃなかったけど、そんなになぐさめなくていいって言いたいんだよ。自業自得だし」
「違う……どうしてお前があんな行動していたのかわかっていた。それでも何もできなかったんだ。でもさっき言ったことは嘘じゃない!父さんも母さんも後悔している!」
実際に、カナトが出て行ってから父も母も今までの行動を振り返って、幼少期や思春期のカナトに対してあまりにも厳しく、そして無関心な態度をとっていたと反省していた。何事も兄のユウシロウを持ち出して比べ、できないことに関してできるまで厳しく教育し、時にはご飯を抜き、カナトの目の前で兄のほうを誉めそやした。
ただ、カナトの要領の悪さは持ち前のものなのでどうにもならなかった。
「なあ、今夜でもいいか?」
「今夜?」
ユウシロウが不思議そうな声を出した。
「まあ、家族で長いあいだ食べてないのは本当だしな」
「カナト……!わかった。今夜だな。父さんと母さんに話をつけておく」
「うん……」
「外食がいい?それとも実家がいい?」
「……実家」
「2人ともよろこぶと思うよ。時間はまた連絡する」
ユウシロウが電話を切ると、カナトはしばらく公園をぼうと眺めた。
そしてSNSを確認してみると作者から返信があった。
カナトが言っていた作品は最初から書いたことがないらしい。
『メッセージありがとうございます。おしゃっていた作品についてですが、その作品を書いたことはありません。他の作者様ではないでしょうか?』
「どうなってんだよ……」
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