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第四章
偽ユシルの誘惑2
しおりを挟む今日、アレストは広場へ行くことが決まった。そしてカナトもなんとか連れて行ってもらうことに成功した。
なのになぜ偽ユシルとイグナスがいる。
カナトは目をすがめながら向かいの偽ユシルをにらんだ。
終始無視されたが、広場に到着するとさまざまな若い貴族子息と令嬢が見え、偽ユシルとイグナスが馬車を降りるとわらわらと集まってきた。
その集まりを避けるようにアレストは少し離れた位置で立った。
あきらかすぎだな。カナトはそう感じた。ほとんどの人はユシルとイグナスの周りにいる。
カナトは持ち歩いているノートとペンで伝えたいことを書き出した。それをアレストに見せる。
『あっちのケーキ食べていいか?』
「ダメだ」
『なんでだよ!』
「前回大丈夫だと言って食べたら吐かなかったか?」
『あったっけ?』
「あった。だからダメだよ。おいで、果物取ってあげる」
果物と聞いてカナトが顔をしかめた。ノートにダダダと書き殴る。
『一個だけ!!』
「…………」
笑顔のまま無言で見つめられ、カナトは『果物でいい』とあきらめた。
今日広場で集まった若い貴族たちは社交的な意味合いが強いパーティーではなく、ただ話したり遊んだりするお気楽な集まりである。
それゆえお菓子や紅茶などいろんな午後のおやつを扱うお店が露店として出ている。
しかし、それでも貴族世界なのか、家の未来を背負う若い貴族と未婚の男女は社交の場としてあつかっていた。
だから強い勢力を持つイグナスと爵位を受け継ぐと言われているユシルの周りにいろんな人が集まる。カナトはその人たちからアレストを遠ざけたかった。
アレストの手を引いてケーキの露店があるほうへ歩く。
カナトはクリームたっぷりのいちごケーキを見つめて目をキラつかせていた。
「カナト、ダメだと言っただろ」
「い"っこ、だけぇ"……」
仕方なく、アレストはカナトよりも早くいちごの果肉がはさまれたマカロンを買った。
「はい、これだけだよ」
手のひらにちょこんと乗った一口サイズにカナトが体をぶるぶると震わせた。
怒りが口から出る前に隣の露店でわーっと歓声らしき声が上がる。見ると、紅茶店の露店前で貴族の若者たちが偽ユシルとイグナスを囲んでいた。
いつからいた!?
カナトが驚いた顔をすると偽ユシルが人々のあいだからちらっと視線をのぞかせて笑った。
紅茶を持ってアレストの前に来る。
「兄さん、これよかったら飲んでみて。お店の新作なんだよ」
お店?
カナトが不思議そうにアレストを見上げた。
まさかあの物語通りならユシルが管理する紅茶店じゃないよな?確かカツラギの出現でアレストが代わりに管理していたんじゃ……。
「ありがとう。でも今はいいかな」
「そっか……新作は兄さんにも味わって欲しかったなぁ」
視線を下げて偽ユシルは悲しそうな顔をした。
あざといなコイツ!!
カナトは鳥肌が立ったのを感じて腕を抱いた。
周りはそんな偽ユシルの落ち込んだ様子にアレストを非難し始めた。
「少しくらい飲んだらいいのに」
「せっかくユシルが持ってきたんだから、兄として寛大な心持たずに断るなんてな」
「やっぱり爵位のことで根に持っているんじゃ……」
「そりゃそうかもな。だからといって弟を悲しませるのはどうなんだろうな」
「仮にも育ててくれた家の実の息子だというのに」
カナトは周りを見てささやかれている内容に怒りが湧いてきた。
「違う!!」
偽ユシルが振り返って眉を吊り上げながら声を張り上げた。
「兄さんはそんなこと思ってない!私が無理やり飲ませようとするから……」
紅茶ぐらいでここまでするか?
カナトは眉を跳ねらせながら演技丸出しの偽ユシルを半目で見る。なのに周りはそんなあきらかな演技に惑わされて同情し始めた。
「かわいそうに……」
「こんな健気な弟がいたら私なら飲むわ」
「それに比べてアレストは。はあ、これが下賎な血を持つ人間だな」
カナトはおかしなことに気づいた。
なぜか周りのアレストへの評価が低い。せめてアグラウが毒殺されるまでアレストは完璧によき兄を演じていたはずだ。偽ユシルが何かした?
カナトは戸惑った表情で周りを見て、そしてかばうために声を張り上げようとした。だが直前で口をふさがれてしまう。
「すまない、ユシル。僕の配慮が足りなかった。その紅茶もらっていいかな?」
「兄さん……!ううん、そう言ってもらえてうれしい!」
アレストは優しげに目を曲げて紅茶を受け取った。一口飲んで驚いたように目を見開く。
「おいしいな!」
「でしょ?珍しい果物の果汁を入れてみたんだよね」
「そうか。いいんじゃないかな」
「よかった!」
偽ユシルがアレストのカップを持つ手を両手で包み込んだ。背丈の差があるので掲げているように見え、余計にユシルの懸命さが目立つ。2人とも情深く見つめ合っていた。
その光景にカナトがギリギリと歯を噛み締める。
「ユシル、辺境伯殿が……」
「あっ、そうだった」
偽ユシルは残念そうに手を下ろした。
「兄さん、他人がどう思おうとしても私だけは味方だよ」
そう言って待っているイグナスのそばへ帰っていった。別の露店へ行くのに合わせて周りも移動する。
カナトは心の中でつばを吐きかけ、アレストを見上げる。優しげな笑顔のままその目にスッと冷たいものが戻った。
カナトはノートにサササと書く。
『俺も味方だぞ』
だが思い直してまた書き直す。
『偽ユシルは除外だ!!あいつは敵!!』
「偽?」
アレストは片眉を上げた。
「ぁ"あ!」
あいつは間違いなく偽物で敵だ!
「きみが僕の味方?」
「う"んっ!」
「証拠は?」
証拠が欲しいところがとてつもなくアレストらしい。
カナトは何か証拠はないかと考えた。そしてアレストの持たれている紅茶を見て、自分の手のひらを指さして両手を差し出す。
紅茶の入ったカップがカナトに渡された。カナトは透明に揺れる赤茶色の液体をくんくんと嗅き、ふんわりとベリー系のようないい匂いが立ちのぼっているのを確認した。
これなら熱くないな。
次の瞬間、ぐっぐっと紅茶を飲み干した。それをアレストに返してノートに書き込む。
『いやなものは俺が代わりに飲む!』
自信満々な目にアレストが笑い出した。
「ははは!これだけか!」
これだけ?
カナトは今この場で他にも何かできないかと考えたが、残念なことに何も思いつかない。焦り始めるとあごに手を添えられてくいっと上を向くようにされた。
「僕の味方と言ったな」
アレストはなぜカナトに味方と言われてこんなにも心が躍るのかわからない。ユシルに言われた時は半分聞いて半分無視できたというのにだ。だが、そう言われたからには裏切りは何があっても許さない。
「きみに言われるとこんなにもうれしいものなんだな。そう言うなら裏切るな。何があっても僕の味方でいろ」
「わ、わがっだ」
「声を出すのがきついならノートに書き込むといい」
カナトは新しいページを開いてサササと書く。
『味方だからもうごう門はするなよ?』
「拷問の書き方は帰ったら教えるよ」
拷問するなよ?への返答はなかった。それに気づいてないカナトはぐぐっと顔をしかめて自分の書いた『ごう門』を見る。
「………カナト」
「ん"?」
名前を呼んで返事があることに、アレストはとてつもない安心を感じた。猫毛のような黒髪に手を伸ばしてなでた。
「僕は裏切られるのが嫌いだ。情などというものにほだされることもない。だから欲しいものはなんだ?何を与えればきみは僕の味方でい続け裏切らない?」
カナトは目をぱちくりとさせたあと、慌てて何かを書いた。
『欲しいものはない!裏切らない!』
「利益のない協力相手は信じられない」
利益!?協力相手!?
サササッ!カナトは悲しげに眉を寄せて書いたものを見せた。
「ああ"!!」
『俺は恋人じゃないのか!?』
恋人、その文字にアレストは固まった。
カナトの“記憶”で語られる内容に2人は付き合っているらしい。
お城のパーティーで冤罪事件があってからキスをし、それからなんとなく付き合ったというあやふやなものである。
「……きみは僕のことが好きなのか?」
そう聞かれてカナトが赤面する。うつむきながら小さくコクコクうなずく。その反応を見てアレストはなぜか満足を感じた。まるでそう答えられるのを待っているような感覚になる。
その不慣れな感情にほんの少し不快と戸惑いを感じた。
ユシルは人のあいだから遠くにいるアレストとカナトを見ていた。
なんだか仲良く話し合いをしている場面に歯ぎしりしたくなる。
全員の記憶を変える前からアレストはカナトを猫可愛がりしていると聞き、そのおかげで誰が物語を変えたのか知ることができた。
なんで!?さっきはあんなに味方になったのになんでカナトのほうばかり見るの!?
偽ユシルはカナトを排除できないならアレストを味方につけることにした。どうせBL小説である。恋に落ちやすいのが恋愛をあつかう界隈の鉄板でもある。そう考え、実行した。
偽ユシルはアレストを誘惑して自分に惚れさせようと企てた。自分を目立たせてくれる悪役なんていくらでも探せる。
問題はアレストだった。何をしてもそれらしい反応を見せてくれるのに、カナトといる時は自分に見せないような態度をする。
カナト……死ぬほど目障りな男だな!!あいつのせいで何もかもうまくいかない!!
10
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