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第四章
本番
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カナトは背中をトントンたたいてくる大きな手を感じながら口をへの字に曲げた。
刺すなんて言うなよ。アホか。
心の中で声に出せない文句をつぶやき、背中を向こうとした。が、ぐるっと回されて面を向かい合った。
「怒らないでくれ。悪かった。ただそれくらいきみのことが大切なんだ。きみさえ気が楽になるならいくら刺してもいい」
「し"ぬ、そ"っ」
カナトは口をふさぎながら不満げな目線を投げかける。
「大丈夫。昔から死ににくい体質だからな!」
明るく言うことじゃねぇだろ!いや……まあ、そうか。お前が死んだらイグナスと渡り合えるような悪役っていないだろうしな。この作品にアレストに匹敵するような悪役なんていないだろうし。
そう思うと、なぜか本当にいくら刺してもアレストは死なない気がしてきた。
「カナト、きみの声は素敵だ」
ビクッとカナトが反応した。
「わざわざ声をさえぎらなくてもいい。その声も、体も、目も、髪も、すべてがきみのものだ。それを嫌うはずがないだろ?」
まるで自分のすべてを愛していると告白を受けた気分になり、カナトは思わず赤面して視線をそらした。
アレストがそっと手をカナトののどにそえる。
「のどはまだ痛いか?」
頭を横に振る。
「それならよかった。……話してくれないかな。どうして急に声を出すのがいやになったんだ?何を言われた?」
カナトが口ごもって話そうとしないのを見て、アレストは優しくそののどをさすった。
「さっきも言ったが、きみのすべてが好きだ。嫌いなにるはずがない。困ったことがあれば話して欲しい。なるべくきみのために解決したい。好きだから、愛しているからこそこう思う。だから話してくれないか?」
「ぅ……」
カナトは少し力の入らない手を動かしてノートに書き込んだ。なるべくユシルのことを触れずにできないかと考える。だが書きながら目に涙が浮かびそうになる。
『別の人に、声が耳障りだって言われた。お前が俺の態度に手を焼いているって、川から拾わなければよかったって、後悔したって言われた』
「……それを信じたのか?」
その言葉に一瞬体を強張らせた。
「よく考えてみてカナト。仮に今記憶を取り戻したのが僕だけだとしよう。そんな本物の記憶を持つ人がいれば周りの状況を当たり前と考えるか?おかしいと気づくに決まっている。だって川できみを拾ったことなんて今の人々が知るわけがない」
そ、それもそうか。なんで気づかなかったんだろ。やっぱり俺ってかしこくないな……。
カナトは唇を噛んで視線をさまよわせ、やがて落ち込んだように体の力をぬいていく。
手を動かしてノートに書き込んだ。
『今は良くても、今後あるかもしれないだろ』
「ない」
『そんなに断言できるのか?』
「できる」
なんだかムキになったカナトは続けて訊いた。
『体がでこぼこでもいいのか?』
「きみの体を嫌いになるはずがない」
『俺性格とか頭の良さとか今後変われる確信ないんだぞ!』
というか変われない気がする!
「変わらなくていい。そのままでいてほしい」
まっすぐな目にカナトはまたも目線をそらした。
使用人としての知識はやっぱり少しつけておくか。ここまで言われてまだ何もしないのは少し気が引けるな。
とはいえ、使用人としての知識をつけようとしたのは一度や二度ではない。そのたびに複雑な内容に打ちひしがれてあきらめた。
カナトがそう考えたときだった。アレストがふと思い出したように口を開く。
「そういえばカナトは今一般的な使用人だっけ。明日からまた専属使用人の位置に戻ってくれないかな?」
『今は専属使用人いないのか?』
「いるよ。ムソクなんだけど、ムソクだと役に立たないから」
「………」
さすがのカナトでも嘘だとわかる。ムソクレベルで役に立たないとすればカナトはそれ以前の話である。何もできないカナトは使用人ではなくマスコットになるほうがいいかもしれない。
『ムソクはいいのか?』
「なんとも思わないはずだよ」
本当かよ………明日直接訊いてみるか。
『とりあえず専属使用人のことは俺が返事するまで保留だ!』
「わかった。楽しみにしておくよ」
アレストはカナトのひたいに軽いキスをすると「おやすみ」とささやいた。
カナトはひたいのキスだけじゃ足りないとばかりに顔を近づかせた。察したアレストは久しぶりにその唇をついばんだ。何度も繰り返されるキスにカナトが少し苦しげな吐息をもらす。
やっと口を離された頃にカナトはすでに息も絶え絶えになった。
殺す気かこい、つ……ん?
カナトはなんだか雰囲気がいいことに気づいた。記憶が戻って、同じベッドに寝て、寝る前にキスをする……めっちゃいい雰囲気になってないか?
この流れでもしや、もしや……!
カナトが密かに心の準備をしていると、本当に手が服の中に滑り込んできた。
本当に!?いや、待っ……!
「カナト、大丈夫か?体のどこか痛いのか?」
「ぇ"?」
「急に体が固まったからな。どこか痛いところに触ったかと思って」
「…………」
ちげぇよ!!心の準備をしてたんだよ!俺が他人に言うようなことじゃないけどお前に空気を読むというスキルはないのか!今の雰囲気と手の動きでてっきりてっきり……っ!もういっそうこのまま寝るか!?
カナトが心の内で葛藤していると、アレストはなぜかフッと笑った。
「………?」
「カナト、ごめん。そういうことはしたいとは思う。だけどきみがいやなんじゃないかと思って試していた」
カナトはその言葉の意味を一瞬で理解できなかった。
つまり?
「もしいやなら突き放してくれ。無理強いはしたくない」
そう言ってアレストの手がさらに服の内側へ潜り込む。でこぼこな体を指でなぞりながらふたたびキスをした。
カナトは真っ白になった頭でやっとその意味がわかり、今度は冗談なしの本番に来たことを悟り始めた。
刺すなんて言うなよ。アホか。
心の中で声に出せない文句をつぶやき、背中を向こうとした。が、ぐるっと回されて面を向かい合った。
「怒らないでくれ。悪かった。ただそれくらいきみのことが大切なんだ。きみさえ気が楽になるならいくら刺してもいい」
「し"ぬ、そ"っ」
カナトは口をふさぎながら不満げな目線を投げかける。
「大丈夫。昔から死ににくい体質だからな!」
明るく言うことじゃねぇだろ!いや……まあ、そうか。お前が死んだらイグナスと渡り合えるような悪役っていないだろうしな。この作品にアレストに匹敵するような悪役なんていないだろうし。
そう思うと、なぜか本当にいくら刺してもアレストは死なない気がしてきた。
「カナト、きみの声は素敵だ」
ビクッとカナトが反応した。
「わざわざ声をさえぎらなくてもいい。その声も、体も、目も、髪も、すべてがきみのものだ。それを嫌うはずがないだろ?」
まるで自分のすべてを愛していると告白を受けた気分になり、カナトは思わず赤面して視線をそらした。
アレストがそっと手をカナトののどにそえる。
「のどはまだ痛いか?」
頭を横に振る。
「それならよかった。……話してくれないかな。どうして急に声を出すのがいやになったんだ?何を言われた?」
カナトが口ごもって話そうとしないのを見て、アレストは優しくそののどをさすった。
「さっきも言ったが、きみのすべてが好きだ。嫌いなにるはずがない。困ったことがあれば話して欲しい。なるべくきみのために解決したい。好きだから、愛しているからこそこう思う。だから話してくれないか?」
「ぅ……」
カナトは少し力の入らない手を動かしてノートに書き込んだ。なるべくユシルのことを触れずにできないかと考える。だが書きながら目に涙が浮かびそうになる。
『別の人に、声が耳障りだって言われた。お前が俺の態度に手を焼いているって、川から拾わなければよかったって、後悔したって言われた』
「……それを信じたのか?」
その言葉に一瞬体を強張らせた。
「よく考えてみてカナト。仮に今記憶を取り戻したのが僕だけだとしよう。そんな本物の記憶を持つ人がいれば周りの状況を当たり前と考えるか?おかしいと気づくに決まっている。だって川できみを拾ったことなんて今の人々が知るわけがない」
そ、それもそうか。なんで気づかなかったんだろ。やっぱり俺ってかしこくないな……。
カナトは唇を噛んで視線をさまよわせ、やがて落ち込んだように体の力をぬいていく。
手を動かしてノートに書き込んだ。
『今は良くても、今後あるかもしれないだろ』
「ない」
『そんなに断言できるのか?』
「できる」
なんだかムキになったカナトは続けて訊いた。
『体がでこぼこでもいいのか?』
「きみの体を嫌いになるはずがない」
『俺性格とか頭の良さとか今後変われる確信ないんだぞ!』
というか変われない気がする!
「変わらなくていい。そのままでいてほしい」
まっすぐな目にカナトはまたも目線をそらした。
使用人としての知識はやっぱり少しつけておくか。ここまで言われてまだ何もしないのは少し気が引けるな。
とはいえ、使用人としての知識をつけようとしたのは一度や二度ではない。そのたびに複雑な内容に打ちひしがれてあきらめた。
カナトがそう考えたときだった。アレストがふと思い出したように口を開く。
「そういえばカナトは今一般的な使用人だっけ。明日からまた専属使用人の位置に戻ってくれないかな?」
『今は専属使用人いないのか?』
「いるよ。ムソクなんだけど、ムソクだと役に立たないから」
「………」
さすがのカナトでも嘘だとわかる。ムソクレベルで役に立たないとすればカナトはそれ以前の話である。何もできないカナトは使用人ではなくマスコットになるほうがいいかもしれない。
『ムソクはいいのか?』
「なんとも思わないはずだよ」
本当かよ………明日直接訊いてみるか。
『とりあえず専属使用人のことは俺が返事するまで保留だ!』
「わかった。楽しみにしておくよ」
アレストはカナトのひたいに軽いキスをすると「おやすみ」とささやいた。
カナトはひたいのキスだけじゃ足りないとばかりに顔を近づかせた。察したアレストは久しぶりにその唇をついばんだ。何度も繰り返されるキスにカナトが少し苦しげな吐息をもらす。
やっと口を離された頃にカナトはすでに息も絶え絶えになった。
殺す気かこい、つ……ん?
カナトはなんだか雰囲気がいいことに気づいた。記憶が戻って、同じベッドに寝て、寝る前にキスをする……めっちゃいい雰囲気になってないか?
この流れでもしや、もしや……!
カナトが密かに心の準備をしていると、本当に手が服の中に滑り込んできた。
本当に!?いや、待っ……!
「カナト、大丈夫か?体のどこか痛いのか?」
「ぇ"?」
「急に体が固まったからな。どこか痛いところに触ったかと思って」
「…………」
ちげぇよ!!心の準備をしてたんだよ!俺が他人に言うようなことじゃないけどお前に空気を読むというスキルはないのか!今の雰囲気と手の動きでてっきりてっきり……っ!もういっそうこのまま寝るか!?
カナトが心の内で葛藤していると、アレストはなぜかフッと笑った。
「………?」
「カナト、ごめん。そういうことはしたいとは思う。だけどきみがいやなんじゃないかと思って試していた」
カナトはその言葉の意味を一瞬で理解できなかった。
つまり?
「もしいやなら突き放してくれ。無理強いはしたくない」
そう言ってアレストの手がさらに服の内側へ潜り込む。でこぼこな体を指でなぞりながらふたたびキスをした。
カナトは真っ白になった頭でやっとその意味がわかり、今度は冗談なしの本番に来たことを悟り始めた。
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