転生と未来の悪役

那原涼

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第四章

もう1人の悪役

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「笑いに来たわけ?うざ」

偽ユシルはイグナスの肩に登った意識体のユシルをにらみつけながら言った。

「……きみの本当の名前は何?」

「なんでお前に教えないとーーうっ!」

「言え」

イグナスが偽ユシルの首えりをつかみ上げてそう冷たく吐き捨てた。

「………キトウ」

偽ユシル改め、キトウはイグナスと視線を合わせないように顔をそらしながらつぶやくように言った。

「どうしてこんなことをするの?」

「関係ないだろ。そもそも掃除後の水を被せにくる時点でお前もお前らも陰湿なんだよ!」

「掃除後の水?体が濡れているよう見えるのはそのせい?」

「そうだ!」

ユシルがちらっとイグナスを見上げた。イグナスはうなずき返して外で控えている使用人に訊いた。

「なぜあいつは水に濡れている」

「ああ、あれですか。たまたまメイドが掃除用の水をこぼしたんですよ。それをもろに浴びてしまったわけです」

「着替えは?」

「用意させています」

「わかった」

ふたたびドアを閉めたイグナスはユシルに大丈夫だという視線を向けた。

「……ふんっ、その着替えをもうすでに数時間待っているけどな」

「キトウ、お前がなんのためにこんなことをしているか知らないが、ユシルを傷つけようとしたことは許さない」

「………そんなこと言われなくてもあの悪役は俺を許したりしないだろ。会いにくる使用人ですらあいつの味方に思える。この屋敷で俺のイメージは純真無垢で優しい主人で通っていたはずなのに、あいつの手先みたいなやつがわんさか湧いてびっくりしてるけど」

自分で言うかよ!カナトはぐっと叫び出したいのを我慢した。なんならそのほとんどはキトウの努力というより、ユシルがもともと優しいから成り立つイメージだ。

ユシルはキトウの言葉に出てくる悪役という単語に思わずカナトを振り向きそうになる。そしてイグナスに関しては、手先みたいなやつがわんさか、と聞いたところで目をほの暗くした。

キトウの言う通り、屋敷にはキトウの魔法にかかって必要以上に味方する人がいる。それも今はユシルがなんとかその効力を和らげているが、体を奪い返せない以上、完全に魔法は解けない。その状況下でアレストに味方する人がいるのは少ない。

あのムソクという使用人は除外だが、「会いにくる使用人」ということは複数の可能性がある。掃除後の水をというメイドもその可能性が充分あり、ムソク以外にもアレストをこの状況下であきらかに味方する人がいるということになる。そのせいかどうか、今使用人たちのあいだにアレストの機嫌をうかがう雰囲気が出始めた。

人の心を籠絡ろうらくするというより、イグナスから見れば人の本心を見透かして餌に自ら噛ませようとするのがアレストの特性に思える。

例えばカナトがその典型例だ。見るからに自由奔放で手に負えないタイプの人間だが、不思議とアレストはその扱いに慣れている。たびたび味方する場面もある。

そして、はたから見ればカナトもかなり依存しているように見えた。

「というか、さっきから気になったけど、何あの鳥」

目が合ったのにカナトは左右を見回してから自分だと気づいた。

俺?

「この世界にもシマエナガいたのかよ。たくっ、アレストとあいつ以外にあと何人悪役いるんだっつーの」

アレストとあいつ以外にあと何人悪役いるんだっつーの?その言葉にカナトが目を瞬かせた。

アレスト以外に悪役いるのか!?というかなんで俺見てそんな言葉出てくるんだ!?この世界にシマエナガ飼っている別の悪役でもいるのか?……原作にあった?

せめてカナトの記憶にはない。どうにもキトウはカナトが知らない物語を知っていそうである。

部屋から出た3人はちょうど向かいからトレーに食事を乗せて持ってきたメイドとばったり鉢合わせをした。

メイドが軽く礼をして通り過ぎる際、イグナスはちらっとそのトレーを見た。

そしてポケットの中のユシルが聞こえるように小さい声で言う。

「あの食事に何か薬が混ぜられている」

「薬?」

「ああ。においでわかる」

ユシルがポケットから顔を出して空気中のにおいを嗅いだ。

「確かに、独特な薬草の残り香があるね」

2人が表情を険しくしているあいだ、カナトはただ冷や汗を吹き出していた。

薬ってまさか、アレストが言っていた薬飲ませて寝かせておけのあの薬か?

なんか、イグナスの態度とか見ているとアレストが悪役まっしぐらに進んでいる気がするな。今から改心させるの間に合うか?

カナトはくよくよ悩んだ。そしてハッとして本体に戻るべきだということを忘れていた。















なんとか本体に戻ることができたカナトは、今度はアレストの目を盗んでキトウに会いに行こうとした。

しかしムソクの存在を忘れて、部屋をそろりと出た瞬間「カナトさん?」と名前を呼ばれた。

「っ!?」

「腰はもう大丈夫ですか?」

「こ"っ……ハッ!?」

そういえばムソクはよく外に控えているけど、まさかアレストとのあれこれを聞かれていたか?

さすがに寝ずにずっと立っているということはないと思いたい。

「み"にぃ、いく"ぅ」

「見に行く?何をですか」

「………」

「アレスト様はなるべく部屋から出ないように……アレスト様」

カナトがハッとして廊下を振り向くと、手にお菓子を持って戻ってきたアレストがいた。

カナトが試し程度に強い念を本体に送って、うめきのように「お菓子」と言わせることに成功し、ずっと本体から離れないアレストをお菓子を取りに行かせることで本体に戻れた。

そのアレストがまさかこんなタイミングで戻ってきた。

「どこに行こうとしていたんだ?」

「そ"、のぉ……」

「その?何?」

「…………」

「まさかユシルに会いに行こうとしているのか?」

なぜわかる!?

「図星みたいだな。まあ、いいか。心配だから一緒について行くよ。何か訊きたいことでもあったのだろう?」

一瞬空白になったカナトはなんとかぎごちなくうなずいた。

ゆる、された?

アレストは許したわけではない。ただ、今回のことを理解する材料が足りない。その材料となり得るのが偽ユシルである。

カナトと偽ユシルを合わせることで何かつかめる材料を得られないかとアレストは考えた。もしかしたら、今後大いに役立つのかもしれない。


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