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第四章
後悔と悪夢
しおりを挟む祭りの日以来、カナトは自分の部屋にこもって出てこなくなった。
毎晩自分の悲鳴で起きてしまい、寝付けず涙を流していた。
夢の中ではアレストに拷問される場面ではなく、アレストがお腹を刺されて血を流す場面を見るようになった。
祭りの日、あの小屋でアレストは果物ナイフでお腹を刺され、驚いたリアムがナイフを抜いてしまったことで大量の血があふれ出てしまった。
状況を飲み込めないカナトは何もできず、その後のこともよく覚えていない。ただムソクとシドは迅速に動いてアレストの止血と応急処置、そしてリアムの拘束ができた。
お腹を刺されてはいるが、命に別状はなく、すでに目を覚ましている。
だけどカナトは一度も顔を出さなかった。
ただもともと隣にある自分の部屋に戻って引きこもるだけで、必要最低限の外出すらしなくなった。
シドも何度かそんな状態のカナトを好物のお菓子たちで誘き出そうとしたが、ことごとく失敗に終わった。
さすがに見ていられず、シドはアレストの部屋に入ってじかに文句を言った。
「やりすぎだ。お前のせいで会いたいと手紙を寄越してくる貴族どもにいちいち返信するのは俺だ。あいつに脳汁しぼってまでご飯を食べさせるのも俺だ。なんとかしろ」
ベッドの上でアレストはただ笑み浮かべたまま目を閉じている。
「ご苦労」
ただそんな簡単な言葉しか返ってこない。
もうそれ以上言葉はないとわかるとシドは忌々しく舌打ちして出て行った。
カナトは自室で両耳をふさぎながら布団を頭から被っていた。
目を閉じるとアレストが刺される場面が何度も繰り返されて、そのたびに自分の叫び声で目が覚めてしまう。
「……するんじゃなかった………勝手に判断してアグラウを連れ出さなければよかった。カツラギに1人で突っ走るなと言われたのに……せっかく協力してもらえたのに、それすらうまく利用できないし、アレストまでこんなことに巻き込むなんて……」
考えれば考えるほど自責の念に駆られて全身が寒さに震え出す。
「うっ、うぅ……」
押し殺した泣き声が部屋内に静かに響いた。
その時、ドアがガチャリと開く。それにすら反応せずに泣き声は続いている。
「カナト?」
その声に泣き声が一瞬で止まった。
カナトがパッと振り返り、ドアを閉めながら向かってくる人物がアレストだとわかるとあきらかに焦り始めた。
「アレスト!?なんで……き、傷は……?歩いて大丈ーー」
混乱していると突然大きな腕に抱かれた。
「大丈夫?ずっと泣いていたのか?」
アレストはカナトをひざの上に置いてベッド腰かけていた。手でそっとカナトの涙をふいてやる。
「目が腫れている」
「あ……俺、その……ごめん、こんなことになるとは、思って……」
「わかっている」
アレストは腫れぼったい目に軽くキスをした。
「カナトはただ僕や父様のこと助けたいだけだし、巻き込んでしまったリアムに償いたかった。そうだろ?」
「……うん」
「リアムに何を言われたかわからないが、気にすることはない。カナトがどんなことをしても理解しているのは僕だけだ。悪気がないのも、他人を思うからこそ行動していることも知っている。だから何があっても僕を信じろ」
「アレスト……俺、うぅっ」
「また泣いた」
「ごめん……あそこまで人を追い込むとは思わなかったんだ!良かれと思ってアグラウのことも助けたかったけど、クローリーさんに罪を負わせる結果になってしまって……本当は俺がやったって言わなければいけないのに」
「言わなくていい」
「え?」
「言ったところで結局責任者はクローリーさんだし、カナトも罪に問われる。でもカナトが罪に問われなければ裏側から助けられるかもしれないだろ?」
「そ、そうか?」
「現に僕に解放するよう言ったじゃないか」
「それも、そうだな……」
視線がわずかに落ちたカナトを見て、アレストは笑みを深めた。
「教えてくれないか?」
「何を?」
「父様は今どこにいる」
「……っ!」
「誤解しないでほしい。もう父様のことはあきらめる。何もしない。もし父様の居場所がわからないままならあの親子のことは解放できないし、こんな事件があった後じゃさらに言葉添えが難しくなる。せめて居場所がわかるだけでもいい。なんとか解放できるように手を回す」
「直接言うのはダメなのか?」
「難しくなったんだ」
アレストはどこか困ったように眉を寄せた。だが目底にはどこか嘲笑じみた感情が垣間見える。
「カナトはずっと引きこもっているからわからないかもしれないが、実はクローリーさんに魔女の疑惑が出てきたんだ」
「魔女!?」
「そう。騎士団の団長も魔女の調査で来ているんだ。キトウの話だとここに魔女の気配があるらしい」
カナトは信じれない気持ちで見返した。
作品の中では母親のリィンの死後、ユシルが最後の魔女とされている。もとからそういう設定である。なのに別の魔女が出てくるわけがない。
ストーリーが変わってもユシルが最後の魔女という設定なら他の魔女は出てこないはずだ。何よりすぐに魔女狩りという言葉に繋げてしまった。
「アレスト……その、一つ聞いていいか?」
「いいよ」
落ち着いた、穏やかな笑みである。なのにその笑みに対してカナトは恐怖を感じてしまった。
頭の中に浮かんでくるのは、アレストがタイミングよく帰ってきたこと。アグラウがいないと知れ渡ったきっかけの騎士団の団長。クローリーさんはいずれ殺す予定だという言葉。そして刺された後にクローリーさんが魔女だという疑惑の話。
「お前が、裏で糸引いたり、してないよな?」
「……どうだろう」
「アレスト……頼むから、もうあの親子を許してやってくれないか?アグラウの居場所言うから……だから、もう関係ない人を巻き込まないでくれよ」
「父様の居場所はどこだ?」
「………っ、それは」
カナトは迷っていた。本当に言っていいのかどうかわからない。このせいで何が起きるのかもわからない。また無関係の人を巻き込んだらと思うと怖くなってくる。
「さっきも言ったように、この事件とクローリーさんが魔女だという疑惑のせいで、もはや僕の言葉だけじゃ足りなくなってきた。せめて父様が帰ってこればあの親子の罪は一つ減る。それに、もう父様のことはあきらめると言っただろ?」
「………ほ、本当か?信じていいのか?」
「ああ、信じてほしい」
「例えアグラウがどこにいても怒らないか?」
「怒らない」
「ちゃんとクローリー親子も助けるのか?」
「助けられるように尽力する」
そう言われてカナトが唇を噛んだ。
もはや言ったほうが解決になる気がした。
「わかった。言う」
あきらめたらしい姿にアレストは口の端を吊り上げた。
カナトの部屋から出てきたアレストを見て、シドは冷たい視線しか送らなかった。
「どうかしたのか?シド」
「目的を達成した、みたいな顔をするお前にイラついている」
「そうか?」
「恋人すらだませるのはすごいな。カナトのすることが全部お前を楽しませるための道化に見えてくる」
「愛しているからこそだよ。フェンデルたちと違って、この計画に参加する僕の目的は最初から一つだけだ。カナトの周りから雑草を抜き取り、僕しか見えないようにする。その雑草を取り除くためにはあいつらの力を借りるのが手早い。それだけだよ」
「嫌われても知らないぞ」
「それ覚悟で行動している」
シドはどうにもアレストを好きになれなかった。目的のために手段を選ばないところは、今は亡き『コドク』の元権力者に似ている。金欲しさに子どもに殺し合いをさせるほどのクズである。
アレストからはそれに通ずる何かを感じ取れた。
つくづくカナトの単純さとアレストの腹黒さが合わない気がする。
そしてカナトがこの人にいいように扱われているのを見ると、どうにも言葉にできない不愉快さがある。
「恋人に嫌われてもいいと思えるのは、ずいぶんと余裕があるな。後悔しても泣くなよ」
アレストはただ笑顔を見せるだけでその場を去った。
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