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第四章
刺し傷
しおりを挟むクローリー親子が助かるかもしれない。そうとわかってからカナトはまた部屋の外で行動するようになった。
部屋もまたアレストの自室へと引っ越している。
ただ一つ問題があるとすればそれは気まずさである。アレストのお腹の傷はまだ治っておらず、食事も制限されていた。
その刺され傷の一因となったカナトは食事時間になると食卓へは行かず、アレストの自室で食べるようになった。
しかし、そうすると今度はカナトに付き合ってアレストも自室で食べるようになった。
そのなかでアレストが近いうちに首都へ行かなければいけないことを知る。
「もう!?」
机は1人用で、カナトが椅子に座り、アレストがベッドに座っている。最初は椅子を譲るつもりが、ベッドのほうがいいと断られた。
「ああ、もう少し早く戻る予定だったが、少し日程が伸びてしまって」
日程が伸びた理由は言わずもがな刺され傷である。それをわかっていても聞かずにはいられない。
「やっぱりお腹の傷のせいか……?」
「もう普通に歩けるから、なんともない。そのうち治る」
まるでかすり傷みたいに治ると言うが、きっとそんな生やさしい傷ではない。大量に血が流れたこともあって最初は貧血気味な姿もよく見かける。
「もう少し……ここにいたらダメか?あ、いや!別にわがまま言いたいわけじゃないんだけど、その…仕事がんばれ!」
「ありがとう。僕ももっとカナトと一緒にいたいけど、クローリーさんのこともあるし、早く戻ったほうがいいんだ」
「そ、そうだよな……」
カナトはうつむきながらパクッとイモ類の流動食を食べた。アレストの食事も似たようなものだが、カナトのほうは小さいながらも焼いた肉が用意されている。
しかし、やはり胃が耐えられないのか、たまに肉を食べるとお腹が重く感じることがあった。
「でも本当は、少しカナトのことで悲しかったんだ」
そう言われて動かしていた口がピタッと止まり、冷やっとしたカナトが恐るおそると視線を上げた。
「えと……その」
「ベッドで療養していたあいだ、一回も来てくれなかったから、さびしかった」
「え……?」
行かない理由としてはそもそも合わせる顔がなかったからである。
「ごめん………俺、心の準備が」
「大丈夫。責めているわけじゃない。こうしてもっといてほしいと言ってもらえたのはうれしかった」
「うん………」
いろいろ考えてから、カナトはぽつりとこぼした。
「本当に、アグラウは死んだらダメなんだ」
「ん?」
「アグラウが死んだら、お前が殺されるかもしれないから……だから、阻止しようと思って」
「なるほど。僕を助けたいってそういうことか」
「黙っていてごめん」
「こんなこと言いにくいだろ?だから謝らなくていい。それを知ったのもあの“小説”からなのか?」
「うん……一応。本当なんだ。嘘じゃない」
「不思議な話だが、疑っていない。信じているよ」
「アレスト……」
カナトが感動な眼差しを向けた。こんな話、アレストからすれば信じがたいはずなのに、それでも疑いもせずに信じていると言われ、心にジーンと染み込んでいくように温かいものが広がっていく。
「信じてくれてありがとぉ」
「泣きそうな顔をしないでくれ。抱きしめたくなってしまう」
「そっ、そんな顔してないし!」
カナトが慌てて顔をそらした。
だが、スプーンで食事をすくったアレストは、それを見つめながらポタポタと食器の中に垂らした。
「気になったが、いったい誰が僕を殺すんだ?」
カナトが知らないのは、アレストはすでに盗み見たノートでイグナスが自分を殺すと知っていることである。
すでに誤解を解くためにこの世界の主人公はユシルとイグナスだと言い、推しているからあんなに見ていたことも言った。だが、どうしても結末を言う気にはなれない。言ってしまえば双方の溝が深くなる気がしたからである。
ダラダラと冷や汗を垂らしているカナトがなんとかごまかす口実を探していたが、それよりも先にアレストが言った。
「キトウもそう言っていたし、この世界の主人公はユシルとイグナスだっけ?そして僕は2人の恋をじゃまする悪役だったかな?」
「う、うん。でっ、でもな!最後は改心して超善良キャラになる設定だぜ!」
カナトの顔から見てすでに嘘をついている。アレストはおかしそうに笑って言った。
「なのに殺されてしまうんだな」
「あっ……」
「あははは!」
「笑うなよ!」
「きみの必死になる姿は本当見ていて飽きない!いやな思いも気持ちもすべて緩和される」
「本当か?」
「本当。一緒にいるだけで周りがどうでもよくなってしまう。……少し話は戻るけど、僕が悪役として、おそらく主人公たちと対極的な存在になるはずだ」
「え?ああ、うん」
なんで急に話題を戻したのかわからないが、カナトは大人しく聞くことにした。
「そうすると悪役を殺すのは多分主人公じゃないか?」
「そ、そうかなぁ……」
ちょ、ちょっとヤバい気が……。
「主人公だとして、ユシルにそんな度胸はないだろうし、兄さん兄さんと言って後をついてくるひよっこだからな。とすると辺境伯が一番可能性があるんじゃないか?ユシルには無償の協力をするし、恋人でもあるんだろ?」
ヤバいヤバい!!アレストだいたい気づいているんじゃないか!?
「ちょっと待った!!」
バーンと机を叩いて立ち上がった。
「その……」
だが続きの言葉が出ず、ただ焦りで冷や汗が吹き出すだけだった。
「言ってみただけ」
「言って、みただけ?」
「そう。ごめん。そこまで激しい反応をするとは思わなかったんだ。推し?のこと悪く言われていやだったな。すまない」
「あ、いや、そういうつもりじゃ」
カナトも反応が激しすぎたと反省したのか、頭の後ろをかいて座り直した。
カナトの態度が、どうにもこの話題でユシルとイグナスを避けることからそうなんじゃないかと思えた。何よりあのノートに書かれたことも合わせてほぼ確信していい。
アレストは相変わらず笑みを浮かべた顔で食事を食べた。だが心の内では別のことを考えている。
刻一刻と変化する状況に対応できるように、幾つもの作戦を立てたほうが効率がいい。
計画は、もう少しだけ変更を加えるか。
本当のことを言ってしまえば、アグラウの居場所はある程度予想できた。しかし、自分の目を避けて、自分が憎んでいるといっていい相手を頼ることに、アレストは少しだけイラつきを覚えた。
どうしてもあの2人が邪魔に思える。排除したい。そんな思いが煙のようにむくむくと湧き上がる。
アレストが首都に戻る日、カナトはシドとともに見送りに来た。
「アレスト、体に気をつけるんだぞ」
「ああ、そうする。きみにも負担をかけてしまうが、また接客を任せていいかな」
「もちろん!!」
そしてカナトの視線がチラッと、押さえ込まれて馬車に乗せられるクローリーに向けた。
クローリーがブラッドのいる馬車に入り込む際、目が合ったことに思わず罪悪感でドキリとする。
カナトは声をひそめてアレストに話しかけた。
「なあ、頼んだぞ。俺が言うことじゃないだろうけど、絶対助けてやってくれ」
「わかった。がんばるよ」
「クローリーさんは魔女じゃないはずだ。それも頼んだからな」
アグラウの居場所を教えたが、イグナスたちに連絡する手段がないため、まだ何もいえずにいる。アレストが代わりに伝えると言うからカナトも安心したが、なぜかざわめきが収まらない。
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