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第五章
アレストの異常性
しおりを挟むカナトはパーティー後、アレストと一言もしゃべらずに邸宅へ帰った。
しかし、部屋に戻ってからアレストも一緒にいることに気づき、なんとか自分1人で寝たいと別の部屋に行こうとするが失敗した。
「まだ怒っているのか?」
カナトを後ろから抱きしめたアレストは黒い髪をなでて軽いキスをした。
カナトは何も返さずにただ黙って抱きついてくる腕をパッとはらう。
「……だましてすまない」
「だましたんじゃなくて、言わなかっただけだろ?」
投げやり気味に言い終えると部屋を出ようと試したが、腕を引かれてまた戻されてしまった。
「離せよ!」
もなくが、力強い腕から逃れることはできなかった。そうするうちに目の前に何かの包み紙が出された。
「なんだよこれ」
「固形のチョコレート。昔の記憶頼りに作ってみたんだ。本来ならパーティーの場で渡したかったが、きみは終わるまで戻ってこなかったから」
「……誰のせいだと思って」
「すまない」
だがカナトはチョコレートを受け取らずに体を拘束してくる腕を押し避けた。
「いいか!俺は怒っているんだよ!接客のこともそうだし、魔女狩りのこともそうだし……俺がここまで反対するのは誰のためだと思ってんだよ!お前だよ!殺されるって言っただろ!なのになんでだ!」
アレストは少しのあいだだけ視線を落としたが、すぐに冷たい目をカナトに向けた。その視線に一瞬だけ背中が固まる。
「僕のものを奪おうとするあいつがただ憎いだけだ。こんなことをするのはただ計画上のなりゆきだ。フェンデルたちと組むことで、こうするほうが効率が良く、欲しいものは手に入る」
「お前はそんなに爵位が欲しいのかよ!フェンデルもデオンも他のやつらもなんで欲しいもののためにここまで残酷なことができるんだよ!」
「僕の欲しいものは本当に爵位だけだと思うのか?」
「違うのか?」
「違う!」
大きな声にびくりと体を震わす。
「僕が欲しいのはきみだ!ずっときみだった!“記憶”のなかのきみはずっと僕の味方をしてくれた。苦しい時も悲しい時も助けてくれた。どれほど満たされたか……なのに、余計なやつのせいできみは僕から離れていってしまった!ゴミ溜め場で食べ物を分けてくれたのもきみだ!あの貴族から助けてくれたのもきみだ!僕の居場所を奪っていくあいつを殺す時もきみが見守っていてくれた!全部きみだ!なのにどうしてあの忌々しいやつをかばう!!爵位なんていずれは僕のものだ!だけどきみは違う!いくら想いを告げてもきみは受け入れてくれない!結局最後は別の誰かを守ろうとする!」
きれいに包まれたはずのチョコレートはぐしゃと握りつぶされ、欠片が包と一緒に床にぽろっと落ちた。
「アレスト……?何言ってんだお前」
アレストの言葉からとてつもない違和感を覚えた。
「なあ、お前ごっちゃ混ぜにしてないか?ゴミ溜め場でお前に食べ物あげたのも、でっぷりした貴族からお前を守ったのも全部もとの記憶を戻すために俺が変えてしまったものだろ!存在しない記憶なんだよ!」
そう言われた瞬間、アレストはぴたりと固まった。
「存在、しない……」
「そうだよ!よく考えてみろ!あいつを殺す時だっけ?偽ユシル…つか、キトウのことだろ?殺したなら今キトウがいるわけないだろ!」
「……そうだな」
「な!だからーー」
「じゃあ早く殺さないと」
「あ?」
「早く消して、世界を正常に戻さないと……カナト、僕の間違いを正してくれてありがとう。やっぱりきみは僕の救いだ。ずっとそばにいて支えてくれ」
アレストは腕を少し広げてカナトを抱きしめようとした。
だがその泣きそうな顔に隠しきれない狂乱じみた感情についつい後ずさりをする。背中がすぐドアにぶつかって逃げ道をふさいでしまった。
「おい……お前、平気なのか?」
アレストはゆっくりと逃げ場のないカナトを抱きしめてその存在を確かめた。
「カナト、僕が信じたいのも欲しいのもきみしかいない。爵位なんてもとから僕のものでしかない。わざわざ欲しいと声にしなくてもいいんだ。だから欲しいものと訊かれたらそれはきみなんだよ。この復讐が終わったらなんでも言うことを聞くから、避けないでくれ」
カナトは様子がおかしいアレストに対して、もしかしたら自分のせいか?と思った。記憶がなんだかごっちゃ混ぜになったのも、過干渉してしまったせいじゃないか?
思い返せば記憶を戻してから、なんだか見てくる目に常にねっとりとしたものを感じていた。言葉にできないが、しかしいざ言葉で考えようとすると違和感ほどの変化でもない気がしてくる。
こうなってしまったのは、全部俺のせいなのか?
俺の代わりに罪を背負ったクローリー親子も、殺されそうになるアグラウも、毒に侵されるイグナスと体に戻れないユシルも……刺されてしまったアレストも、全部俺のせいなんじゃないか?
物語を知っていても何もできなかった。
自分のせいかもしれないという思いがぐるぐるとカナトの思考をがんじがらめにした。
ハインリヒに渡された四つ折りの紙。
それはずっとポケットに忍ばせたままだった。
パーティーの翌日、午後のおやつも味気なく食べ終えたあと、1人で散策したいと言ったカナトは目的もなくトボトボと庭を歩いていた。
何もせずに歩いているだけの姿に他の使用人はちらりと見るだけだった。
しかし、壁伝いに歩いている時、突然背中を蹴られた。強い力と不意をつかれて思い切り前のめりにこける。同時に、バリンッというけたたましい音が聞こえてきた。
驚いて見ると、地面には割れたお皿があり、その向こうに立っているのは、
「シド……」
立っていたのは、カナトがどこかに巻いてきたはずのシドであった。その顔が上を向き、お皿が落ちて来たと思われる場所を見ている。カナトも顔を上げて見たが、そこには誰もいない。ただ、開いた窓が風でぎちっと音を出していた。
「これってなんだ?」
「嫌がらせだな」
「………っ」
「起きれるか?」
シドは座り込んだままのカナトに手を差し出した。その手を取って立ち上がると、自分の手や服をはらう。
「さっき蹴ったのお前だよな。ありがとう」
「俺がいないとこういうことが起こるかもしれない。これでまだ1人で歩きたいか?」
「………」
「不満なのはわかる。だが安心しろ。皿を投げて来たやつは必ず報いを受ける」
「……?」
カナトはその日のうちにその言葉の意味を知ることになる。
夕食前の時間、カナトはシドに見慣れない部屋まで連れてこられた。部屋の窓は小さく、なぜか使用人たちも集められていた。部屋に入りきらない使用人が外にまであふれている。
「なんでみんな集まっているんだ?」
その声に気づいて、使用人たちはカナトのほうを振り向いた。いずれも不自然に視線をそらして合わせないようにしている。
なんだ。俺何かしたか?
「こっちだ」
シドは立ち止まったカナトを急かして部屋の中へ連れて行った。自然と道を開けた使用人の向こうにはアレストが立っている。
その足もとにはムソクに肩を押さえつけられているメイドがいた。すでに全身傷だらけで、顔まで腫れている。
「アレスト、この人は……」
「来たのか。おいで」
アレストが手を差し出した。まだパーティーでの怒りが収まらないカナトはふいっと顔をそらして拒否した。その行動になぜか周りが一瞬息をのむ。
「まだ許してくれないのか?」
「………。それより、そのメイドはなんだ?なんでこんな酷い状態なのに手当しないんだ」
拷問されたカナトにはわかる。メイドの背中にある傷は鞭の跡だ。
「今日、カナトが散歩をしていた時にお皿を落とされたそうだな」
「なんで知っているんだよ……シド!お前教えたのか!」
「当たり前だろ」
「このっ……」
実は戻る途中、アレストには言わないようにお願いしたが、当たり前のように裏切られた。
「カナト、きみに何かあれば教えるように言ったのは僕だ。心配するだろ?こんなことを言わなければきっとまだ続く。いい機会だから、屋敷のみんなに教えないと。この場にいる人たちは来ていない人たちにも伝えてくれ」
アレストの目がすぅと陰り、使用人の面々を順にかすめた。
「今後、このようなことがあればこのメイドと同じ罰に遭う。僕は二度とこんなことはしたくない。だが今後も続くようならば、きみたちの雇い主として、主人としてきっちりと罰を与える。いいな?」
「「は、はい」」
使用人たちのあいだから細々とした応えが返ってきた。
満足とも不満とも取れない表情でアレストはふたたび視線を地面に座らせたメイドへ向けた。
「自分の行いには反省したか?」
「……は、ぃ」
「傷の治療が終われば、すぐにこの屋敷から出ていけ」
「……っ、はぃ」
かすれた声が痛ましく、カナトは耐えられずに前へ出た。
「アレスト!やりすぎだ。何もここまでしなくても」
「何もやりすぎてはいない。きみが危ない目にあったんだ。今後こんなことがないようにしないと。それに、僕は自分の意に反する使用人をそばには置かない。主人の考えに背くことをする使用人は危険だ」
「……じゃあ、俺は?」
アレストはふっと表情を和らげた。
「きみは違う。特別なんだ」
「……やっぱり、やりすぎなんだよ。そのメイド、傷だらけだろ」
「彼女がきみにお皿を落としたんだ。もし当たれば酷い怪我をしてしまうかもしれない。そうなれば僕はどうすればいい?きみが傷つくのは耐えられない」
「………俺は」
「今回は初犯だからこの程度で済ませたが、もし他にも誰か同じ過ちを犯すならばそれ以上の罰を与える」
その言葉は他の使用人たちに向けられていたものである。
「さあ、帰ろう。カナト」
まるで見せしめが終わったとばかりにアレストは笑い、カナトの手を引いて歩き出した。
アレストは少し異常だ。
カナトはあのメイドの体の傷跡がどうしてもただの罰だと受け入れられない。どう見てもやり過ぎている。
やはり止めないと。自分1人が何をしようとしてもきっと今以上に悪い方向にしか進まない。
カナトはズボンポケットに忍ばせた四つ折りの紙をそっと上から触れた。
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