転生と未来の悪役

那原涼

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第五章

現状と失望

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ユシルの帰りを待ちながらカナトは窓の外を眺めていた。ベッドの上で足をぷらぷらとさせて、最後に視た未来について考える。

まさかバッドエンド以外にないなんてことはないよな?元の物語だとアレストは死んでしまうけど、生きたっていいよな?

なんとかハッピーエンドを迎えられないかと考えるが、何一ついい思いつきは出てこない。

そもそもの話、物語が変わっていてもアレストが悪役になることは変わらないし、主人公側と対立することも変わらない。さらにあの信じたくもない未来達だ。

もしかしたら内容が変わっても物語上一番重要な部分は変わらないのではないか?そんな考えが浮かんでくる。もしそうだとするとアレストが死んでしまう確率がかなり高いように感じる。現にイグナスとアレストはすでに相容れない雰囲気をかもし出していた。

「……考えるのは苦手だ」

頭を押さえて項垂れる。

なんだか体がうずうずしてくる。カナトはちらりとドアを見た。

行くか?














カナトが厨房で盗み食いをした、という知らせが入った時、ユシルはちょうどクモと一緒にカナトの食事を部屋まで持っていった時だった。

大人しく部屋に連れ戻されたカナトを前に、テーブルにいるユシルは不可解そうな表情をし、クモはただ怒っているのか笑っているのかよくわからない笑みをしていた。

カナトは2人の視線のもとで椅子に縮こまって座っている。

「カナト、食事を取りに行くって言ったのに、どうして盗み食いをしようとしたの?」

「いや、ごめん……最近はしないようにしていたんだけど……つい」

「昔もよく盗み食いをしていたね。何か理由があったりする?」

「理由というほどのことじゃないけど……昔……あ」

カナトがクモを見て言っていいのかどうかを悩んだ。一応あっちの世界にいた頃からあった悪癖である。なので話すとなるともといた世界のことにも触れないといけない。

ユシルもそれを察したのか、クモに外で待機するよう伝えた。

「わかりました。では外でお待ちしています。何かあればお呼びください、ユシル様」

「うん、わかった」

クモが外に出たのを確認してカナトが口を開いた。

「クモってずっと薄っすら笑顔だから、怒っているのかどうかわからないな」

「怒る時はわりとわかりやすいよ。それで、他の人には聞かれたくない話なのかな?もしそうなら無理に話さなくてもいいよ」

「違う!違う!ただもといた世界の話だから、聞かれていいのかどうかわからなかったんだよ」

「そうだったんだ。よかった」

「うん。俺ってさ、兄がいるんだけど、かなり優秀で両親からも大事にされていたんだよ。そして2番目に生まれてきた俺にも期待が寄せられていたんだ。でもほら、優秀とはほど遠いだろ?」

そう言ってカナトは自分を指差す。

「カナトにはカナトなりのいいところがあるよ。唯一兄さんに信頼されているのもカナトだけなんだから」

「そ、そうか?」

「うん。嘘じゃないからね」

「あ、ありがとう……」

カナトが照れ臭く頭をかいた。そのままぽつぽつと過去話をする。

「それでさ、親が俺にも兄のように優秀になってほしくて色々やったんだよ。でもダメでさ、あんまりにも物覚えが悪いから、頭に欠陥があるんじゃないかって病院に連れて行かれたし、勉強の結果が悪かった時は飯を抜かれたんだ。たぶんそれが原因かな?初めて盗み食いした時も飯を抜かれた時なんだよ。それからはなんだか急にやめられなくなった」

「そうだったんだ」

だが、そう言うカナトから特に兄や親に対して嫌いという感情は見当たらなかった。むしろどこか遠慮しているように見える。

「もしかして、カナトはもといた世界に帰りたかったりする?」

「え?」

「帰りたいなら帰れるんだよ」

「で、でも以前占いの結果で俺がいた世界に帰っても先が真っ暗だって……」

「確かにそうなんだけど、今は状況が違う。本当のことを言うと、もといた世界に帰ったほうがカナトにとって幸せなのかもしれない。未来は不変ではない。今の行動で少しずつと変わるものなの。もしかしたらあちらの世界で大きな難題にぶつかるかもしれない。でも、解決できればカナトにとっては幸せな未来が待っていると思う。あっちの世界にかかっていたもやも薄くなった気がするし、ご家族の方とは会いたくないの?」

そう言われてカナトが少し沈黙した。

じっと足先を見つめてその言葉を考える。会いたくないわけではない。だがこちらに戻ると決めた時からすでに帰らない覚悟はしていた。アレストと一緒に暮らすと決めていた。

だが、自分の浅はかな考えて起こした行動が関係ない人を巻き込む結果になり、疑わなかったせいで戻れないところまで来てしまった。

闇落ちしたアレスト、毒殺されそうになるアグラウ、巻き込まれたクローリー親子、これから出るだろう魔女狩りの犠牲者。

それぞれを思い出した時、ふと自分がいないほうがうまく行くんじゃないかと思った。だがすぐにその考えを追い出す。

今のままではアレストは必ず死を迎えてしまう。そんな気がしてならない。

「会いたい……でも、アレストを1人にしたくない」

「そうなんだね。カナトが見ていた未来の中で、ひとつだけ体験が長い未来はなかった?」

カナトが顔を上げた。記憶を探るとすぐに思い出した。

「あった。最後に経験した未来だけど」

「それは一番起こる可能性の大きい未来だからだよ。今すべての結末がその未来に向かっていると思う」

カナトが驚きに目を見開いた。

あんな未来が、一番可能性がある?

カナトがぶるぶると頭を振った。

「ダメだ!それは絶対にダメだ!」

「いやな未来だったんだね」

「あんなのが未来だとかあり得ない!」

「落ち着いて。大丈夫。さっきも言ったように未来は不変じゃない。だからきっと変えられる。私が占った先では、兄さんを止められるのはカナトしかいないの」

「俺?本当か?」

「本当だよ。いくら占っても、カナト以外の結果が出たことは一度もない。だから、手伝ってほしい」

「アレストを止められるならいくらでも手伝う!」

「その……」

「どうしたんだ?」

ユシルがまたもどこか言葉にしにくいような表情をした。

「カナト、私は本当にあなたを悲しませたいわけじゃない。カナトの敵になりたいわけでもない!」

「え?あ、ああ……」

なんだ、なんだかいやな予感がし始めてきた。

「実はカナトが未来を見ていた期間、カナトを人質に兄さんたちと交渉をしていた」

「人質……?」

「当初カナトを呼び出すのも本当は人質のためなんだ。兄さんがあまりにも話し合いに応じてくれないから、そのあいだにも魔女狩りはどんどん進んで、今じゃ色んなところで被害が起きている」

「えと、待って……そうだ、そういえば未来を視て現実を変えて欲しいのに、俺がどんな未来を視たのか、全然聞いてこないな。未来の良し悪しくらしか聞かないから、少し変だとは思っていたけど」

「ごめんね……」

魔女狩りに同意する契約書と同じように、カナトは急にだまされたような感覚になった。とはいえ、ユシルの言う通り仕方のないことである。

アレストとは恋人だし、自分に甘いのは知っていた。イグナス達が自分を人質に取るのは理にかなっている。

急に受け入れるのは難しいが、わからなくもない。

カナトは少し青白い顔でうつむいた。

「そうだよな……アレストには危険がないんだよな?」

「うん。イグナスは最善を尽くすと言っていたから」

「そっか……ならいいんだ」

「あ、あのね!そのためにはもう少しだけ、ここにいてもらわないといけないの。できれば部屋からもあまり出て欲しくない」

「それって……」

もはや軟禁と変わらない。

「ごめんねカナト。でも、今できる一番いい方法がこれしかなかったから」

「……わ、わかった。言う通りにする」

「ほ、本当にいいの?」

「うん……」

もしかしたら今回のことでアレストに恨まれるかもしれない。でも、このまま戻ってもアレストを止められる自信はない。何より視てきた未来に何一つうれしいものはなかった。

自分で行動するよりイグナス達に協力するほうがいいかもしれない。

だがすぐにあれ?と自分の考えと行動に既視感のようなものを感じた。

そうだ、ムカデもだ。

ムカデもアレストを止められるならと、イグナス達に協力するんだった。

当初は誰か1人でもいいから最後までアレストの側にいればいいのにと思ったが、まさか自分もムカデと同じようにその側を離れるとは思わなかった。

カナトは酷い無力感と自己嫌悪に泣き出してしまった。

「カ、カナト……?」

「俺、これでアレストに嫌われたらどうしよう……うっ、嫌われたくないっ」

「………っ」

正直ユシルにもよくわからないことだった。兄であるアレストは見た目こそ親しそうな青年だが、すでにその思いを知ってしまったユシルでは、もう善というくくりで考えるのは無理だった。いくら擁護したくてもである。

兄であるアレストは裏切り者を許すとは思えない。だが、カナト相手だとどうだろうか。

カナトには言わなかったが、すでにカナトが各貴族に魔女狩りの同意を求めたことは広まっている。それはイグナスの耳にも届いている。だから人質にすることに迷いが吹っ切れた。

カナトにも責任を負う必要があると言ってイグナスは譲らなかった。アレストの態度からカナトを簡単に手放すとは思えない。だから一番いい人質候補である。

もちろんユシルは気が進まなかった。だが、今以上にいい考えも浮かばない。話し合いでは解決できないなら、あとはもうイグナスに任せるしかない。

ユシルは声を押し殺すように泣くカナトの頭に触れようとした。だがすぐに思いとどまって手を引っ込めた。

カナトの信頼を利用して人質にすることに賛成した自分の言葉は、きっとなんの意味もないのだろう。

後悔と罪悪感が織り交ぜになるのを感じて、ユシルは視線をそらした。














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