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第五章
許して欲しいか?
しおりを挟む朝食以降、カナトはアレストと顔を合わせることはなかった。
まるで対比するようにカナトがやつれていく。
ほとんどスープのみの昼食をゆっくり食べていると、ふと両脚のことを思い出した。
「両脚があるということは……未来の通りに進んでない、ということだよな……」
ならばイグナスが死ぬこともないかもしれない。もっとも、今回のことが確実に両脚を失う事件であればの話である。
カナトは少し滅入ってしまった心がまた立ち直ってきた気がした。
ここ最近アレストのことで他のことを考える余裕がなかったが、今頃ユシルがどうなったのか改めて気になってしまった。
スープを飲み干し、おやつかわりの名前も知らないフルーツをフォークの先で刺した。それを口に入れながら考える。
どうせアレストに嫌われたんだ。もういっそう大胆に行動するか。
とはいえ、今までの行動がどれほと慎重だったというわけでもない。それでもカナトは今の気持ちを紛らわすように決心した。
もう一度、地下に行くか。
でもその前に別れの意味も込めてアレストに会わ……いや、違う。別れは違う。例えるなら…そう!あいさつ!そうだ!あいさつしておこう!
自分でも訳のわからないことを言っている自覚はある。だが、少しでも立て続けに何かを考えないと耐えられる気がしない。
アレストに嫌われたという事実が、あの反応が……ずっと頭の中で繰り返し再生され、いつまで経っても消えない。
今のアレストは自分を忘れたわけでもなく、魔法でどうされたというわけでもない。完全に自分の意思で自分を拒絶している。
もう信じないと言われたことが思いの外カナトの心に直撃していた。
きっと自分はもう裏切り者の立ち位置だろう。そう考えると頭を抱えて叫びそうになる。
実際にカナトは頭を抱えた。
「ダメだ……何を考えても結局最後は同じことを考えてしまう」
何かしなければ……そう考え、カナトはベッドから降りて腕立て伏せを始めた。
だが、古い傷が皮膚を引っ張り、毎回体のあちこちから感じる違和感にすぐにあきらめた。
絨毯の上で項垂れ、服の上からそっと胸を押さえる。
「こんな体だから、そもそも最初から好きじゃなかったのかもしれない」
むしろ今まで気にしない言葉はすべて嘘なんじゃないか、そう考えるようになった。だがすぐに頭を振る。
我慢していた涙がポロポロと落ちて絨毯に染みを作った。
アレストはこんなことで嘘をつかないはずである。こんな体ですら好きだと言ってくれる人だったのに、今は食事で近くの席に座ることすら許されなくなった。
後悔とも取れる感情がますます涙をとめどなくあふれさせた。
しばらくして、疲れたカナトはそのまま絨毯で眠った。
しかし、夜が来て、真夜中の時間帯に目が覚めた時、なぜかベッドにいた。
「あれ……?」
目をこすりながら見渡すと、ベッド脇に誰かいる気がした。びっくりして見ると、ほんの少し暗闇に慣れてきた目で、それが見知った人影に見えた。
なんとそこにいたのはムソクでも使用人でもなく、アレストである。
固まったカナトは、驚いた際に持ち上げた布団をするりと離したことにも気づかず、持ち上げた姿勢のまま固まっていた。
「……ア、アレスト?」
アレストは答えずに、椅子に座ったままじっとカナトを見つめている。
見つめられる視線に緊張感が吊り上げられて
、カナトがごくっとのどを動かした。
やがてアレストがぽつりと言った。
「脚はどうだ」
「え?あ、あし?全然大丈夫!」
布団をめくってバシバシと太ももをたたいた。大丈夫だと証明するためでもあり、気まずさを誤魔化すためでもある。
アレストはじっと見つめた後、ゆっくりと身を起こした。
ベッドにひざを置き、カナトの脚をつかんで自分のほうへ向けた。
ん、ん?
「あの水はきれいな水じゃない」
「え?」
「きみが落ちたあの部屋は水責めをするための部屋だ。相手のことを考えてわざわざ熱した水を冷まして使うほどお人好しじゃない。どんな細菌を持っているのかわからないだろ?それなのにきみはこんな冬も近い季節にあんな水に落ちるだけじゃなく、飲んでしまった。死にたいのか?」
「ご、ごめん……」
「薬も監禁もいやなのはわかった。だがらと言ってどうして1人で進もうとしたんだ」
言いながらアレストはカナトの脚をもみしだくようにした。
「ごめんなさい……。その、い、今は何をしているんだ?」
「血流をよくしている」
「血流?」
「きみが昏睡していたあいだ、低体温になって死にかけていたんだ。脚も血流が悪く切断しなければいけなかった」
アレストは真面目な顔でそれらしい嘘を並べた。
カナトが死にかけたのは本当だが、脚に関してはまだそこまで重症になってない。
だがカナトは「やっぱり……」と震える声でつぶやいた。
「じゃ、じゃあ俺の脚はもう大丈夫なのか?」
「ああ、きみの脚をずっとマッサージしていたらだいぶよくなってきた」
「そうなのか?ありがとう……」
「ああ」
しばらく無音が続いたが、マッサージされて完全に身を任せていたカナトは、不意に太ももの内側を押されたことにパッと起きた。
闇に慣れた目でアレストを見つめる。やはりその顔に笑顔はない。
「どうした?」
「いや、その、そこまでしなくていい」
恥ずかしながら言うとアレストから小さな笑いがもれた。
「前に食事をした時、脚が震えていた気がしたから今日は時間を見つけて来たが、余計なお世話だったな」
「え……?あ、いや待って!」
カナトが慌てて離れて行こうとするアレストを呼び止めた。
赤面したまま両脚で相手の腰に絡みついているのに気づき、慌てて離した。
「その、嫌とかじゃなくて……」
なんて言えばいいのかわからず、自分のことを嫌いになったのかと聞くこともできない。
「俺……」
深く息を吸ってからカナトが姿勢を正してアレストの腕をつかんだ。
「俺、俺って……まだ恋人なのか?」
聞いてからすぐに後悔した。もし望んでいない答えが出た時、カナトは立ち直れる気がしない。
「逆に、きみは僕のことを恋人だと思っているのか?」
「当たり前だろ!」
「……そうか。恋人はお互い裏切らないことが絶対だと思うが、きみは?」
「俺もそう思うけど、でも今までして来たことは別に裏切りたいからじゃなくて!」
「なら、どうして辺境伯にフェンデルやデオンのことを言った?」
「あ………」
確かに言ったことがある。
カナトは体が小刻みに震え出した。
「ちが……それは……」
「カナト、許して欲しいか?」
「え………?」
「僕に許して欲しいか?」
カナトは許してもらえるならと、何度も力強くうなずいた。
暗いなか、アレストの顔に歪んだ笑みが浮かんだ。
「だったら、今その命が欲しい」
「いのち……」
カナトの顔が冷たい手のひらに包まれた。
「きみの命が欲しい」
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