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第五章
席の距離
しおりを挟む「うぅ……」
カナトが意識を取り戻したのは4日目の朝である。
おぼろげな目で周りを見た。
すると、ベッドのそばで誰かが驚いたように椅子からガタッと立ち上がった。
「アレ……スト……?」
しゃがれた声に自身が驚きそうになる。激しい頭痛と腹部の痛みに眉をしかめる気力すらない。
「カナトさん、お目覚めですか。今気分はどうでしょうか」
「苦じ………」
「そうでしょうね。今はとりあえず静養にご専念ください」
「アレ…ストは?」
「現在仕事で屋敷にいません」
ムソクはそう言うと一礼して部屋の外に出た。
カナトの体調はその日の内にどんどん回復していた。
「体軽くなってくるなぁ!」
不思議なほど、朝の苦痛が消えていく。
ちょうど夕食を持ってきたムソクがノックして入ってきた。
「失礼します」
「ムソク!なあ、今アレストもう帰って来ているだろ?呼んでくれないかな……?」
ちょっと遠慮気味に言うと、ムソクは軽く首を振った。
「ダメです」
「な、なんで」
「体治すまで会いに来るな、と申しておりますので」
「え……?」
それでは、とムソクは最低限の会話で部屋を出ていった。
渡された夕食とドアを交互に見て、先ほどの言葉がそのままアレストの口から出たものかどうかを考えた。
あのアレストが自分に対してそんな冷たい言い方はしない気がする。だが、今回のことで少し自信がなかった。
カナトがほとんどスープのみの夕食を見つめたまま、お腹に冷んやりとした、嫌な冷たさを感じた。
その晩、アレストは自室へ帰ることもなかった。
カナトは布団の中で延々とムソクが代わりに伝えた言葉について考えた。
まさか今回のことで嫌われたか?裏切られたと思って見限ったか?
確かにユシルを助け出そうとした。それを察せないアレストではない。
もし本当にそうならどうする?カナトは体が頭から冷えていくのを感じた。
そんな、わけ……ないよな?
しかしその考えを裏付けるように、アレストはその後一度もカナトに会いに来なかった。
「なんでだよ!」
ガシャンという音とともにからの食器とトレーが床に落ちた。
「あ……」
叫んでからカナトがベッドを降りようとした。
「カナトさんはそのままにしてください」
ムソクは降りようとするカナトを止めてから落ちたものを拾いあげた。
「ありがとう……」
「いえ」
「あのさ、もう体は治ったんだ。会ってもいいだろ?なんなら俺自分で会いに行くからさ!」
「ダメです」
「だからなんでだよ!」
「しばらく忙しくて会えないと言っておられましたので、もう少し待ってください」
会いたいと言っても何かと理由をつけてもう少し待ってくださいと言われる。
カナトがぐっと歯噛みした。
「なあ、お願いだから、直接合わせてくれないか?」
「ダメです」
「一回だけでもダメなのか!」
「はい」
落ち込むカナトに、ムソクはほんの間を開けてから口を開いた。
「今回、アレスト様はかなり怒っています」
ビクッとカナトの体が震えた。
「………」
「なので、あまりわがままを言わないほうがよろしいかと。失礼します」
ムソクが出ていってからカナトは布団の中に埋もれた。
どうしよう……嫌われた。もし今後二度と会えなくなったらどうする?
そう考えるせいか食欲は低くなり、睡眠不足になり、その状況がムソクからアレストの耳に届いた。
いつものようにベッドの上で味気ない食事が運ばれてくるのを待っていると、なぜか手に何も持ってないムソクが入ってきた。
「よかったですね、カナトさん」
「何が?」
「アレスト様が朝食をご一緒したいとおっしゃいました」
「な………マジか!?」
「はい」
「あ、そうだ。髪整えないと」
「私がします」
ムソクは手早くカナトを仕上げていくとそのまま手を腕に乗せながら朝食の席へ案内した。
「じ、自分で歩ける」
「万が一の場合に備えて私の腕を使ってください」
「うっ」
朝食の場に来るとカナトが腕を引いて「心の準備をさせてくれ」と言った。
「……ノックしますね」
「ちょっーー」
阻止する間もなくノックが鳴り、アレストのから許可が降りた。
「入ってくれ」
その声を聞いた瞬間カナトがスッと背筋を伸ばした。
これから会うのかと思うと聞きたいことが全部頭の外まで吹っ飛んでいってしまう。
「失礼します。カナトさんをお連れしました」
「ああ、ご苦労」
「いえ、それでは私はこれで」
ムソクが退室するとカナトはガチコチに固まったまま顔を上げた。またいつものように笑いかけてくれるのではないか、そんな淡い期待を抱いて目を向けた。
だが、見たのはいつも優しい笑みをしたアレストではなく、感情を押し殺したような冷たい表情をしたアレストである。
「………ぁ」
「座らないのか?」
「す、座る!」
いつもの席に座ろうとしたが、もう一食分がアレストから二席も離れたところに置かれていた。
「あれ……?」
本来なら上座にいるアレストの一番近い席に置かれる食事が離れていることにカナトが反応できなかった。
用意されている食事を見るに、自分のもので間違いないはずである。
「カナト、きみが座らないと食事が始まらない」
「ごめん……」
カナトが恐るおそると席の椅子を引いて座った。アレストの反応を見るが、特に何かを言う様子はない。ということは、この離れた席に用意されたのは確かに自分の席である。
「では、食べようか」
「あ、うん」
なんだか重苦しい朝食が始まった。
カナトは終始アレストの様子が気になり、何度も盗み見をするが、あちらが気にする素振りは一切ない。
ついに耐えきれずにカナトが声を出した。
「あのさ!」
「なんだ」
「その……へ、部屋には来ないのか?いや、ずっと自室にも帰らないって聞いて、なんか心配だなぁって思って」
「ああ、そのことを言ってなかったな。しばらくは仕事がしやすいように事務室の隣を使っている。カナトの部屋からは遠いから、なかなか会いに行くこともできない」
「そうか……じゃあ俺が会いに行ってもいいか?」
「すまないが、最近は忙しいから、あまり会いに来ないでほしい」
期待していたカナトの笑顔が固まり、頬に冷や汗が流れた。
「えと、今までみたいに休憩スペースにいるから……」
「それも伝えてなかったな。この新しい屋敷の事務室にきみが遊べる空間はない。だから部屋にいてくれるとうれしい」
「あ…………じゃ、じゃあ!」
まだ食い下がるカナトに、感情を排したような冷たい声がさえぎった。
「すまないが、食事は終わりだ。久しぶりに一緒に朝食を食べれてうれしいよ。今後はこのような機会はもうないだろう」
「え………?」
「それじゃあ、僕は先に出ている」
「待って!」
ドアまでアレストはぐいっと腕をつかまれて振り返った。
カナトが腕にしがみついて、焦ったような顔をして見上げている。
「そ…その、俺にも……会いに来て欲しい」
氷のような青い瞳がカナトをじっと映した。そしてフッと笑い声が聞こえてくる。
アレストが笑顔でカナトの頭に手を置いた。
カナトが望んでいたはずの笑顔だが、その顔を“笑顔”と呼ぶには少々語弊がある。
ただ口もとを少し皮肉気味に吊り上げただけの表情を笑顔と呼べるのなら、それは確かに笑顔だろう。
「きみをそばに置いて、また僕のやりたいことを阻止するつもりか?」
「いや……それは!」
「何度も言ったはずだ。僕を裏切るなと。信頼を裏切ってきたのは、きみだろ?」
「そんな、つもりは……」
「今回がどれほど危なかったか、わからないのか?きみは死にかけたんだ。僕はいつまできみのことで頭を痛めなといけないんだ」
カナトはますます体が冷たくなっていくのを感じた。立っている脚すら力が抜けていくように小さく震え始めてしまう。
「ごめん……もうこんなことは……」
アレストは片手でぐいっとカナトの頬をつかみ、顔を近づかせた。
「もうきみのことは信じない」
「あ………ま……」
アレストはパッと離れ、腕をつかんでくる手を振り落とした。
その視線が一瞬だけカナトの両脚をとらえ、その後振り返ることなく部屋を出ていく。
ドアが閉まる音を聞きながら、カナトがヘタっとその場に座り込んだ。
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