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第五章
確かな殺意1
しおりを挟む部屋の中でカナトがバサリと布を広げた。
本当に帰るわけではないが、この状況を抜け出せるという保証があるだけで心強く感じる。
「あれ……?」
布を広げたまま首を傾げた。
模様が、少し変わっている?水に濡れたせいなのか?
若干の不安を感じ、カナトは覚えている呪文をうろ覚えながら唱えてみた。
すると、いつぞや見た淡い光がほの暗い部屋の中で浮かび出ーーすぅと消えた。
「……は?なんでだよ!」
唱えている途中で光が力をなくしたように消えていった。唱えるのをやめたわけでも、何か外的要因があったわけでもない。
そこでカナトがすでに自分は意識体の姿になれないことを思い出した。
「そうだ……俺、意識体にすらなれなかったんだ……ユシルに貸してもらった魔力が底を尽きたのか?」
てっきり無尽蔵にあると錯覚し、消えることはまったく考えなかった。
「………帰れないのか」
カナトの中でなんとも言えない気持ちになった。
しばらく地面でぼうとしていると、突然ドアが前触れもなく開かれた。
びっくりして見ると、やけに表情の固いムソクと見知らぬ男性…いやポニテの女性使用人、そしてアレストがそこにいた。
「アレスト……なんで……」
「カナト、その布を渡せ」
「え?」
カナトが布とアレストを交互に見、そして守るように布をかき寄せて腕の中に抱いた。
「これは俺の物だろ……」
「渡せ」
命令口調にカナトがぎゅっと唇を噛んだ。
「……っでだよ………なんでだよ!」
「………」
「会いに来てくれたかと思ったら急にそんなこと言うし、これはお前が返してくれるからムソクに渡したんじゃないのかよ!」
「気が変わった」
「………っ、俺の気持ちは?」
「だったら僕の気持ちも考えてくれ。それはきみが帰るための代物だろう?」
「……なんで知っているんだよ」
「キトウが親切に教えてくれた」
「キトウが?あいつ、お前のところにいるのか?」
「ああ。一応僕とキトウは仲間だからな」
嘲笑とも取れそうな笑みと、真偽のわからない口調に本気で言っているのかどうかわからない。
しかし、考える暇を与えずにアレストは手を差し出した。
「それを渡せ、カナト」
「……渡さない」
アレストの目がすぅと冷たくなった。
「……僕のそばから離れたいのか?」
「お前が先にーー」
そこまで言ってカナトは急に口ごもった。もとを言えば自分の行動のせいである。唯一信じたいと言ってくれたアレストを裏切った。
もっと上手く立ち回れたらよかったと後悔しても後の祭りである。
「その……離れたくない。でもこれは持っているほうが安心するんだ」
「………わかった」
それだけ言うとアレストは出ていってしまった。
カナトはバクバク跳ね上がる心臓を抑えて「はぁ」と息を吐き出した。
「もう大丈夫…なんだよな?」
それでも不安なのか、カナトは布を折って腰に巻きつけた。
よし。それにしても、キトウ生きてたのか。でもあれからアレストに捕まったみたいだな。たぶん酷いことされているんだろうな。……やっぱり俺のせいか?俺が罠なんかに引っかからなければキトウも逃れたはずだよな。
そう考えるとまたも体が震え出した。
カナトは頭を振ってベッドに戻り、布団をバサリと被った。
俺のせいで…………。
あの布がどういったものなのかを知ったアレストは、城の地下から急いで戻ってきた。だが、明らかに布の用途を知っている様子のカナトがそれを手放そうとしない。
帰るつもりはない……だが、布を持っていることに安心する。
アレストはダンッと自室の壁に拳を打ちつけた。
不確かすぎる。
カナトが帰らない確証が何もない。
カナトはもう魔法が使えないはずだ。アレストはカナトの体内に留まる魔力を吸い取ったはずである。
とはいえ、まだ魔法のすべて知り尽くしたわけではない。
何があってもあの布をカナトのそばに置いてはいけない。どんなことが起こるのかわからない以上、“可能性”をなるべく排除すべきである。
アレストはふっと視線を壁に移した。その目に鈍色の冷たく無機質なものが映った。
歪な笑顔が浮かび、体の奥からまたもあの燻るような熱が広がっていく。
アレストは気づいていた。自分の想いがもはや執念になりかけていることに。このままではカナトが離れていく。だが野心をあきらめることはできない。
何があってもカナトを繋ぎ止めたい。
カナトーー
穏やかな炎がユラリと揺らいだ。
青く、冷たくーー
穏やかに、灼熱を浴びてーー
無人の部屋に夕方の光が差し込んだ。
もともと壁に立てかけられた二本の剣のうち、一本が消えていた。
カナトはいつものように布団にくるまってただ夕食が運ばれてくるのを待った。
だが、直前にアレストが来たせいなのか、心騒ぎが先ほどから収まらない。何かが起きそうな不安感に布に顔をうずめた。
その時、突然ノックもなしにガチャとドアが開いた。
「ムソク……?」
「………」
返答はない。
胸騒ぎが一気にザワザワと全身を駆け巡った。
カナトがパッと布団から顔を出すと、アレストがドアを閉めながらそこに立っていた。
「な、なんで……ここに……」
言葉がふと見たものにかき消された。
アレストの手には剣が持たれている。外は夕方が近づき、暗くなってゆくなか、剣の無機質な質感とアレストの冷たい目がどろっと粘着的にからみつき、逃なければいけないと知りながらも動けずにいた。
「……け、ん……剣なんか、持って、どうしたんだ……?」
「………」
近づいてくるアレストにカナトは慌て、布団から抜け出してベッドを降りた。窓まで来るとアレストも目前まで迫ってきた。
「アレスト……」
「よく考えたんだ。きみが完全に心変わりする前に留めておけばいいと」
「なんの、話だ?」
「今のままきみを記憶しておけば、永遠に離れない。そうだろ?……そのはずなんだ」
まるで自分に言い聞かせるようにアレストはつぶやいた。
「僕はこの想いを止められない。きみはこの想いから逃げようとしている」
「逃げようしてないだろ!」
「だったらなぜあの布を渡さない?」
「それは……安心するから」
「いつでも帰れるから?」
「違う!…いや、違わないけど、でもどのみち帰れないんだよ!確かに今まで行動に問題があった!でもお前のことはーー」
突然胸に受けた衝撃に言葉が途切れた。
「アレ、スト……」
ポタリ、と剣から血が滴り落ちる。
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