転生と未来の悪役

那原涼

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第五章

医者

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カナトが大粒の冷や汗を流した。

「店長?」

「ご、ごめん……みんな楽しんでいいから、俺先に帰る」

「え?待ってください!」

来た道を戻ろうとしたカナトの腕をレリィがパシッとつかんだ。

「せっかく来たのに帰るんですか?」

「俺……急に具合が悪くなって……」

「そうですか。ならば医者のところへ行きましょう!ちょうどこの通りに医者がいるんです」

「え?」

「それに最近店長よくお菓子食べ過ぎてお腹押さえながら転げ落ちていたじゃないですか。一緒に診てもらいましょう!」

「いや、お腹に関してはもとから……っておい!待て!本当に行きたくないんだよ!」

そう叫ぶのに他の店員たちもぐいぐいとカナトを押した。

連行みたいに両脇を固められながらやや古ぼけた建物に引きずり込まれた。

「どこだよここ……」

「ここはよく医者たちが利用する休憩所です。近くに修道院があり、来てくださる医者たちが休憩するために建てられたんです」

「へぇ……修道院か」

「はい。修道院では様々な病人を受け入れているので、薬草や薬を作ることもあります。それを求めてここに来る人もいますよ」

「なるほどな……でもやっぱり俺はーー」

「さあさあ、ぐたぐた言わずに座ってください!」

無理やり仕切り板のある場所に座らされ、レリィ含め、店員たちが退出していく。

「おい、俺1人なのかよ!」

振り返って叫ぶが、すでに誰もそこにいなかった。

「……なんなんだよあいつら」

カナトは不安になりながら周りを見渡した。こういう狭くて暗い場所は苦手である。ついつい監禁されたことを思い出してしまう。

目の前にはまるで刑務所で面会するための板があり、胸から首あたりに顔ほどの丸い穴が空いている。

ただし、板は木製であり、アクリルやガラス製ではない。

カナトは穴から向こうをのぞいた。

「誰かいないのか?………いないなら帰るぞ?帰るからな!」

椅子から立ち上がった時、「座れ」という低くかすれた声が響いてきた。

「いたのかよ!」

板の向こうに黒いロープみたいなものを頭からまとった人物がその前に座った。

カナトから見れば穴の向こうで黒い布がひらひらと移動しているようにしか見えない。その不気味な声と姿に顔が引きつった。

「……とりあえず症状を言ってみろ」

迷いながらもカナトは椅子に戻り、ボソボソと言った。

「腹痛」

「どんな時にそうなる?」

「食べ過ぎたり、油の多いものを食べた時とか、あと空腹の時も」

「わかった。薬を出そう」

「これだけでわかるのか?」

「ああ。いろんな病人を見てきたからわかる」

「すごいな……」

カナトは本気で説き伏せられたのか、それとも小説の世界だからある程度すごい人がいてもおかしくないと考えたのか、案外すんなりと信じた。

黒いロープの人物は向こう側でゴソゴソとすると、何かを穴から押し出してきた。

ぼとりと茶色い紙袋が付属の台の上に落ちる。

「なんだこれ?」

「薬だ」

「ありがと……あっ!」

カナトはお金を持ってきていないことに気づいた。

「しまった!……その、せっかくくれたのに、悪いけどお金持ってなくーー」

「金はいらん」

「え?」

「タダでやる。原石展で宰相が今日特別に医療費の負担をすると言っている」

「宰相が………そうなのか」

「他にも気になることはないのか?」

「え?他に?いや、ないな」

「お前、寝不足だろ」

「……っ!」

カナトがびっくりしたように目を見開いた。

「それに何か思い悩んでいる。そうだろ?」

「……っ!?」

さらに言い当てられ、思い切り興味を引かれたカナトがずいと前のめりになる。

「なんで知っているんだ?」

「占いもやっている」

「占い!?」

こんな魔女狩りが進んでいる中で、占いをしていると言うのは危険ではないだろうか。心配したカナトが慌てて声を抑えた。

「あんまりそういうこと他の人には言うなよ?」

カナトはまだ見たことないが、ロンドール領では魔女狩りがかなり激しいと聞く。

「心配してくれるのか。優しいな。そんな優しいお前の悩みを聞いてやろう」

「いやなんでそんなに上から目線なんだよ。冗談じゃないぞ?他の人には絶対言うなよ?」

「わかった。それで、寝不足になるのお前の悩みはなんだ?」

「……強引な……まあ、いいか。俺、少し金属が苦手みたいなんだ」

「金属?」

「言いたいことはわかる。ここって鉄産業が盛んで、よく街中で武器職人が実演するんだろ?その時の鉄の音とか、苦手なんだ……嫌な思い出がよみがえってくる」

言いながらそのいやな思い出が浮かんできたのか、カナトの顔色が少し悪くなる。

「どんなふうに苦手なんだ?」

「どんなふうにって……金属の音もだし、あの冷たい質感も、光沢も無理だ。思い出すだけで……」

カナトの体が少し震え出した。何度も剣の冷たい感触がぶり返し、胸がズキズキと痛くなり、息もしづらく感じた。

口を押さえて椅子からドタッと落ちる。

あまりの息の苦しさにカナトはその場で激しく息継ぎをした。まるで水の中で長い間息を止めていたみたいに空気を求めて大きく息を吸い込んだ。

「はあ……っ!はあ……っ!」

苦しい!

「平気か?」

「へっ、平気!」

しばらくすると余裕を取り戻し、カナトがよろよろと立ち上がった。

「びっくりしただろ。こうなるんだよ。考えただけでもきつい」

「お前をそうさせた思い出からなるべく離れていたいか?」

「離れたい……可能なら二度と思い出したくない」

「そうか。わかった」

「たぶんこれは治らないけど、薬はありがとな。俺はもう行く。じゃあな」

「……ああ」

カナトが去ったあと、板の向こうにいた黒いロープの人物が立ち上がった。

最初からずっと部屋の隅で立っていたもうひとりの人物をちらりと見る。

「お前たちがよりを戻すのはだいぶ難しいな。残念だな」

そう言うが、ロープの人物の声には残念がる感情はなく、むしろ若干のあざけりが混じっていた。

部屋の隅で陰に隠れたアレストは闇に溶け込んでしまいそうな青い瞳を向けた。

「シド、きみの役割はただ薬を届けることだけだ」

「口出しするな、ということか」

黒いロープの人物、シドはしゃべりすぎてそろそろのどに痛みを感じてきた。

「感動な再会にはならないだろうが、カナトが生きててよかったな。もしあいつに何かあったら、その時はお前も無事では済ませない」

そう言い残してシドは去って行った。

残ったアレストは壁に背中を預けながら深く息を吸った。

カナト………。



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