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第五章
仲
しおりを挟む結局カナトは逃げることなく、お店に顔を出していた。
今逃げたところでまた見つかる気がする。何より「逃げる」という言葉がまだトゲみたいに心に突き刺さっていた。
カナトはカウンターからこっそりと目を出して店内にアレストがいないかを見た。しかし店内に見えるのは、菓子類を買いに来たわけではない貴族たちばかりである。
その貴族たちがカナトを見つけるとわらわらと寄ってきた。
「店長殿!ここにいらしたのですか。あれ以来体調のほうはどうですか?」
「よかったらこちらをどうぞ!体に良い薬です!」
「おい!抜け駆けをするな!」
「抜け駆けとは人聞きの悪い。私はただ店長殿のお身体を思って薬を出しただけだ」
「お前の考えていることなどわかっている。どうせ店長殿を通して宰相様に取り入ろうとしているのだろう?」
「何を言う!お前だってこの店の菓子を食べないくせに図々しく通いおって!」
「何!」
なんだか言い争い始めた2人にカナトが顔をしかめた。
客が遠のいたらどうしてくれるんだよ!
だがカナトの心配事はしばらく実現しない。なぜならすでに宰相がこの店の菓子が好きだという発言で、すでに噂が飛び回って各地から注文が入っている。
カナトは騒がしくなってきた2人にどうしようかと迷った。
焦りのせいか、ズキズキと腹痛を感じた。
そこへレリィが駆け寄ってきて、カナトに椅子に座るよううながした。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……」
「殿方たち、店長はまだ体調がよろしくないので、少々声量を落としていただけませんか?」
言い争っていた2人はバツが悪そうに黙った。
そして話題転換でもするように明るい声で言う。
「そういえば!あのことはお聞きになりましたか?」
薬を持ってきた貴族がそう言った。
「あのこと?」
「ええ!つい数日前にフェルサジア辺境伯と宰相様がともに魔女狩りの禁止をしたということになりましてね」
「え?」
カナトが食いついたのを見るやいなや、言い争っていたもう1人の茶髪貴族も割り込んできた。
「そうです!すぐさま各地域へ禁止令を出したため、もうみんな驚きですよ!」
「禁止令を?」
「はい。あまりにも無実の人間が巻き込まれた、ということで、我々貴族が手を合わせながら禁止令にのっとって魔女狩りを止めたのです」
「そ、そうなのか……」
アレストとイグナスが?あの2人が一緒に?
これほどまでに現実味のないペアもいない。
カナトはまだ半信半疑で聞いていた。
「しかし不思議なものですねぇ」
「まあ、不思議だなぁ」
2人はうーんと首を傾げていた。
「もったいぶるなよ、なんだよ不思議って」
今度は薬を持ってきた貴族が先に口を開いた。
「実は半年ほど前、教会が少々騒がしくなりましてね。教皇が急にご逝去されまして、代理人が立ちましたが、これをめぐって宰相様と辺境伯が争っていたのですよ。その後は突然2人で一緒にパーティーに出席したり、ともに祭事に顔を出すようになったのです」
「まあ、お2人がともにやり合っていた時期の激しさはまだ各地で影響が出ていますがね。2人が争っていた理由としては魔女狩りの賛成と反対だったという話でしたが、ユシル殿が深く関わっている話もありますからね」
「なんせ魔女としてユシル殿は囚われた身であった時期がありますからね」
「ひょっとして、店長殿は何か中の事情を知っていますかな?」
「お、俺は」
「店長!」
レリィが突然話をさえぎり、にっこり笑ってから貴族の2人に厳しい目を向けた。
「店長の体調がまだ戻られてないとおっしゃったはずです」
貴族の2人は顔を見合わせてから紛らわすように笑った。
「ハハハ!申し訳ない。妻子を待たせているので、お先に失礼します」
「薬はここに置いておきますので、それでは私もこれで」
カナトがまだ何もつかめていない顔をしていた。
レリィは腰をかがめてそっと耳打ちをする。
「あれは貴族特有の探り合いです。宰相様のご立場はまだ不安定なため、他の人たちは表面上宰相であるアレスト様にへり下るのですが、その実は弱点をつかもうとしているのです」
「なんてやつらだよ……」
「仕方ありません。貴族の世界とはそういうものです。相手の弱点をつかみ、いかにうまく利用するかが重要なのです。特に貴族にとって自分に関する悪い噂は社交界で限りなく不利なのです」
「そうなのか……」
つまり、自分はいいようにカモにされかけていた、ということだろう。
危うく口を滑ってアレストの立場を危険にさらすところだった。
カナトは後々怖くなって、午後の仕事はレリィたちに任せて早めに切り上げた。
部屋に戻ると布団の中にこもって自分の行動を反省した。
やっぱり俺がいるほうがアレストを危険にさらすな。というか、アレストってイグナスと仲が良くなった?あり得ない。それに教会の話も気になるな。
どうやら自分がいなくなった1年のあいだにいろんな出来事が起きたようである。
しかし魔女狩りに禁止令が出されたのは本当に良かった。もしかしたら、ロンドール領で魔女狩りが激しいと言われても目にしないのはそういう理由があるのかもしれない。
しかし、数日前が指すのはアレストとこの店で出会ってからなのか、それともそれよりも前に禁止令が出されたのか気になる。
もしそれよりも前ならば、自分が生きてることを知っていて、アレストの言う通り自分の望む未来になるようにしているのではないだろうか?
カナトは深く考え込んだ。
もしかしたら本当にアレストは恨みも復讐も捨てるつもりなんじゃないだろうか?
そんな希望が生まれてきた。
だがそれを確認するには、いったいいつから自分がこの世界にいるとわかったのかを確認しないといけない。
自分の存在を知ってから行動に出たなら信じれるかもしれない。しかし、そうでないのならこれすらアレストの計画なのではないかと疑ってしまう。
イグナスとの仲も確認しないといけない。
「でも、今までのことを思い返しても……アレストが恨みや復讐を手放せるとは思えないんだよな……」
なんせ自分がいくら反対の立場から言葉をかけても聴く耳すら持たなかったのだ。
直接確認するにしても、実際に会うのも怖いし……ダメだ。やっぱり逃げ出したくなる。
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