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   第二章  火の女神リクシスの加護

  3   火事

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 フバイ帝国。
 僕はその首都に生まれて住んでいる。歩けば、いつもと変わらない街並み。きらきらと日を浴びる緑の木々。さらさらと流れる川。人の行き交う綺麗な橋……。
 遠くを見つめれば、重厚な城壁がぐるりと首都を囲んでいる。
 つまり、ここは堅固な城郭都市だ。
 凱旋門から一直線に伸びるメインストリート。その奥に見える白亜の宮殿は、まるで絵のように美しい。
 商店街の店先には、いろいろなアイテムが並んでいる。道具屋の黄緑がかったポーション。武器屋のミスリルソードにミスリルの鎧。女性のマネキンには紺碧色したクリスタルピアスの装飾がキラリ。綺麗なピアスだった。ノエルさんがつけたら似合いそうだ。
 あ~あ、お金さえあったらな。
 ミスリル装備して……。ピアスをプレゼンントして……。
 いざ、冒険の旅に! 
 ってな感じで気持ちよく出発できるのになぁ。
 だって、今の僕の装備は、銅の剣に旅人の服。はぁ、みすぼらしくてため息がでてしまう。持ち金はたったの百フバイ。ポーションなんて高級回復薬なんて買えないから、僕の回復薬はもっぱら……これだ。
 
 むしり、むしり、と僕は川のほとりに生えている薬草を採取する。
 
「ねえ、あの人なにやってるの?」

 通りかかった幼女が母親に尋ねている。
 五歳くらいだろう。見るものすべてに疑問がわく年頃。
 母親は二十代前半。とても綺麗なマダム。近所の貴族だろう。
 
「ほら、見ちゃいけませんっ」
「ええ、気になるぅ」
「行きますよっ」
 
 母親に手を握られ引っ張られていく幼女。
 とほほ、客観的に見たら僕は不審者だろう。
 いい若者が昼間から川の草むしりなんて。
 
「はぁ……ツラ……」

 僕は大きなため息を吐いて肩を落とす。
 それでも、薬草をいっぱい集めてから冒険の旅にでようと思う。
 雑魚のスライムとかゴブリンを倒してレベルアップする予定。
 だってそうだろ?
 レベル8のままじゃ、どこのパーティも僕を入れてくれない。
 
 むしり、むしり……。
 
 さて、これくらいでいいだろう。
 それでも、日はまだ高いところにあった。
 虫の鳴き声が頭に響くほど聞こえる。
 季節は夏で、まじでくそ暑い。溶けそうだ。
 
「とりあえず、今日は帰るか……暑いし、部屋でのんびりしよう」

 道具袋に薬草を詰めた僕は、家路を歩いた。
 すると……おや?
 青い空に向かって黒い煙があがっている。
 近づいてみると、騒然とする人集りが見えた。ばちばちと弾ける激しい轟音。太陽の日差しよりもさらに熱い空気。真っ赤に燃える家……。
 業火のような炎が生き物のようにうごめいている。まるで黒い煙幕が家を食っているようだ。
 すると、人集りからひとりの女が飛び出した。
 いや、人集りのほうが女を避けている。女の髪はチリチリで、服はボロボロ。肌は焼け焦げていて、赤く腫れている。とても、直視できるものじゃなくて、人々が関わらないようにしてるのも仕方がない。
 
 だが、よく見ると……おや?
 
 女は、さきほど僕のことを不審者扱いしていた母親であった。
 どうした?
 よろよろと歩く母親は、突然叫んだ。

「娘を助けてください!」

 え? 周囲の人々がそれぞれの顔色をうかがう。
 聞こえてくるのは、いいわけばかり。
 
「いや、危ないからな……魔法使いと騎士団が来るまで待とう」
「ああ、俺たちが助けに行っても二次災害だ」
「子どもが家のなかに……」
「残念だったな……」
「たしか、六歳の女の子よね」
「可愛かったな……」

 僕は人々の声を聞きながら察した。
 あの子だ!
 
『 ねえ、あの人なにやってるの? 』

 幼女の可愛い声が頭のなかに響く。サラサラと揺れていた髪が鮮やかに蘇る。
 
「はぁ、はぁ、はぁ……」

 突然、目頭が熱くなった。
 感情が昂り、涙がこぼれそうになる。
 この感情はなんだ? 悲しいわけでもないのに涙が……。
 
「助けてください!」

 母親が指さす。僕はそのほうを見た。
 家が燃えている。
 そのとき、ゴゴッと家を支えていた柱が燃え尽きて倒れた。損壊が始まっている。急がなくては、女の子の命が……。
 
「きゃああああ!」

 泣き叫ぶ母親。
 沈黙の民。
 そして、僕は……考えるまでもなく詠唱をしていた。
 
「シールド……」

 少しでいいんだ。
 いつもより、少しだけ魔力を僕にください。
 もしも、僕のなかに眠っている魔力があるのならば、
 
「覚醒してくれー!」

 もうどうしようもなくなって、僕は叫んだ。
 すると、青白い膜が僕の身体を包みこんだ。
 防御魔法“シールド”がかけられた。
 制限時間は二、三分ほどだろう。
 騒然とする民が僕を見て、
 
「おお! 魔法使いがいるじゃないか!」
「すげぇ! バフかかってる!」

 と叫んでいる。
 一気に注目のまとになった僕は、燃える家を見つめ宣言する。
 
「女の子を助けます!」
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