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   第二章  火の女神リクシスの加護

  8   サクッと狩ろう

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 どうしてこうなった?
 
 草原のフィールドにいる僕は、ゴブリンという魔物と対峙していたのだが。
 敵の数は五体。
 レベル8の僕では秒で殺される展開である。
 だがそれは、“今までの僕”ならの話、だ。
 ザザザ、とゴブリンたちに包囲され、僕は身構えた。
 
「ほらぁ、サクッと倒してくださ~い」

 遠くからリクシスさんの可愛い声が響く。
 見れば、巨大な岩の上に座って足を組んでいるではないか。
 なんとも呑気な女神様だ。
 おっけー、とささやいた僕は手のひらに魔力をこめる。
 
「はっ! ファイヤーウォール!」

 ブワッと火の柱が現れ、ゴブリンたちに紅蓮の炎が襲いかかる。
 一瞬にして火だるまになったゴブリンたちが、草原のなかを踊り狂う。やがて、ドサっと倒れ、五体のゴブリンの黒い死骸が横たわった。プスプスとあがる煙、焦げ臭い匂い。僕は勝利を確信するとともに、ピロリン、と頭のなかでレベルアップをした感覚を味わった。うーん、快感……。
 
 ぱちぱちぱち、とリクシスさんは拍手をしている。
 僕は微笑み、自分に言い聞かせるように言葉を漏らした。
  
「ふう、やればできるもんですね」

 すっと飛びあがったリクシスさんは、ゴブリンたちの死骸を改めながら、戦利品を搾取していく。その仕草は相当に冒険慣れしているように見えた。まあ、それはあたりまえのことだ。火の女神リクシスの推定年齢は“一万歳”を超えている。いろいろと経験が豊富なのだろう。いろいろと……。
 
「お! ラクトく~ん、千フバイの金貨があった~ひゃっほう!」

 リクシスさんは、チャリンと金貨を指先で弾いて虚空で回転させる。
 パシッと金貨を握ると、まるで子どものように笑って喜んだ。
 お金が好きなのだろうか?
  
 そんな彼女から、僕は加護を受けて覚醒していた。
 ゴブリンを倒すのも、これで二十体くらいだ。
 僕の魔力は大幅に上昇し、レベル8にも関わらず不思議なことに“上級攻撃魔法”が使えるようになっていた。ただ、身体がまだ高度な魔術に慣れていないせいで息が切れる。いつも戦闘では後方で支援魔法をしているだけだったから、魔力そのもののスタミナがない。ああ、しんどい……ツラ……。
 
「はあ、はあ、はあ……」
「大丈夫ですか? ラクトくん」
「う、うん……はあ、はあ……」
「ほらぁ、もう魔力が枯渇してるじゃないですかぁ……まったく」
「すいません」
「んもう、わけてあげます」

 リクシスさんは僕に向かって腕を伸ばした。
 ぽわん、と僕は白い光りに包まれる。
 わっ、あたたかい。
 やがてしばらくすると身体の底から熱くなってきた。突然髪の毛が、ブワッと逆立ち、赤いオーラが頭のてっぺんへ突き抜けていく。
 
「おおおおおお! 魔力がみなぎるぅぅ!」
「うふふ、気持ちい?」
「めっちゃ気持ちいですっ、あっあぁぁあ」
「喜びすぎだよっ……んもう、もっと魔力をあげたくなってしまいます♡」
「ふわぁぁぁ!」

 ぷしゅ~と僕の魔力は満タンになった。
 満面の笑みを浮かべるリクシスさんは快活に言い放つ。
 
「さあ! 今日の目標は十万フバイまで貯めますよぉ!」
「ええええ! まだやるんですか?」
「あたりまえです。ラクトくんの装備品を新調しなくてはいけません」
「僕はこのまま旅人の服でいいのですが……ダメですか?」
「ダメです。ラクトくんいいですか。ラクトくんは私の“友達”になるのですよね?」
「は、はい……」
「だったら、私の友達として相応しい身だしなみをしないといけません。マナーは人を作る、ですよ」
「そうなんですね……でもなんだか、戦い方がドーピングを受けているマラソンランナーみたいで……」

 なにを言ってるんですか? とリクシスさんは首を傾ける。
 しかしそのとたん、急に目を輝かせると飛び跳ねた。
 
「あっ! あっちにオークの群れをはっけ~ん!」
「え?」

 僕は顔をあげた。
 たしかにオークの群れがいるが……おや? なにやら楽しそうに仲間たちで戯れている。んん? 僕は目を疑った。そのなかにキングオークもいるではないか。やつらはレベル20以上ないと倒せない巨悪な魔物。それでも、リクシスさんは陽気に言い放つ。

「おお! オスとメスがうじゃうじゃと……おや?」
「どうしました、リクシスさん?」
「あ……どうやら、オークは繁殖期に入っているようですね、ムフフ」
「……いやぁ、これ、邪魔しちゃ悪くないですか? やりまくってますよ」
「いいっていいって、魔物なんだから気にしない気にしない。サクッと狩ろう」

 僕は耳を疑った。
 
「仮にも女神の発言とは思えないですね」

 と、小さな声でツッコミをいれておく。

「ん? なんか言いましたか、ラクトくん?」
「いえ、なんでもないです」
「よーし、乱れたオークの群れを全滅させちゃおうっ!」

 やれやれ、と僕は肩をすくめるものの、浮かびあがるリクシスさんの後を追っていくのだった。
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