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第二章 火の女神リクシスの加護
15 童貞卒業
しおりを挟む「狭いところですが泊まっていってください」
と、母はリクシスさんに告げた。
こうして、我が家に降臨した女神様がお泊まりすることになったのだが。
リクシスさんは、もうすっかり家に慣れ、あたりまえのように、ソファでくつろいでいる。リラックスして、深い呼吸をするたびに上下する胸の動きが、やけにセクシーで見惚れしまう。
そんな彼女の正体は火の神殿に住む女神様で、見たこともない魔法を使う。その美しい手をのばした空間が歪み、異次元からおもむろに取りだしたのは小説の本だった。彼女は目を細め、頁をめくる。読み始めた物語のタイトルは、
『ギルド館の殺人』
おそらく、ミステリ小説が好きなのだろう。どうりで、リクシスさんはいつも論理的に話すわけだ。
一方、僕の母は絵画を描いている。
きれいな風景画だ。青空の下、川にかかる橋。そこに美しい女性と背の高い紳士がともに手を繋いで歩いている。そんなシーンだ。筆を走らせる母の顔色は明るい。どうやら絵画は完成したみたいだ。満足げに微笑んだ母の顔を誇らしく思う。
僕はドキドキしながら、食器を洗い、風呂を沸かした。
その足で部屋に行き、さっと散らかった机のまわりや床を片付ける。そのときふいに、とんでもない物を発見した。
あ! マズい、と思いながら本棚にあった画集を手に取る。これは、母の絵の道具を借りて描いてみた、僕の胸のうちにある欲望にまみれたエッチな画集だ。
思わず、ペラペラとめくる。
わぉ……裸体で横たわる僧侶ノエルさんの絵画に目を奪われた。もちろん、僕が妄想で描いたものなのだが……。うーん、我ながら思う。僕って変態かもしれない。ノエルさんにこんな恥ずかしいポーズをさせて……あんなことや、こんなことを……。
あ! こいつをリクシスさんに見られたら恥ずかしい。ベッドの下に隠しておこう。これで、よしっ!
って……なにが“よしっ!”なんだラクト? 目を覚ませ。
リクシスさんと僕が一緒の部屋で寝るわけないじゃないか。
一緒に寝るわけが……あれ?
友達って一緒に寝られないのか? いや、そんなことはないよな。友達になるために一緒に寝ましょうと誘ってみれば、真面目なリクシスさんのことだ。意外とのってくるかもしれない……って。
うわぁぁぁ、変態か僕は!
そんなエッチなことを考えながらリビングに戻ると、おや? スツールに座っていたはずの母がいない。イーゼルに掛けてあった絵画も、にわかになくなっている。
あ……今夜は帰らないだろうな、そう思った。
いつもそうだ。
母は絵画を持って夜の街へ出かけるときは、いつも朝帰り。しかもメイクをバッチリにして、服装も若い子みたいに肌を露出している。そのほうが、高く絵画を買ってもらえるのだろうか?
心配ではある。
だが、そのことに関して深く尋ねるほど、僕だって野暮じゃない。母は母なりに家庭の生計を立てているのだ。僕がしっかり稼げるようになれば、絵画を売り歩くことなんてしなくて済むのにな……とは思うのだが。あいにく、僕のレベルはたったの8しかない。冒険者としては足手まといの役立たず。
うーん、それでも……。
今日、リクシスさんに覚醒してもらって、魔物たちをいっぱい倒したから多少はレベルもあがっているはず。まぁ、なんにしても早く就職先のパーティを見つけて、お金を稼ぎ、母を楽にさせてあげなきゃ! と、僕は強く思った。
そのとき……ん? 何か聞こえた。
風呂場から、「ああん」という甘い声が響いてくるではないか。
リクシスさんの、「ふぅ」という吐息が漏れている。
え、もうお風呂に入ってたの?
「わぁぁぁ、どうしよう、どうしよう」
僕はあたふたと首を振る。
心臓をばっくんばっくんさせて待っていると……。
やがて、白いバスタオルを首に下げたリクシスさんがやってきた。
うわぁぁぁ! 僕は心のなかで叫んだ。
「人間界の風呂もなかなかよき……」
そうクールに心の声を漏らすリクシスさんは、なにも着ていなかった。文字通り、裸、だ。僕はリクシスさんの生まれたままの姿をガン見してしまった。
丸見えだった。すべてが……美しい。
僕は母以外の女の人の裸を生まれて初めて見て、呆然と立ち尽くしてしまった。いや、正確に言うと動けないのだ。身体が熱くなってきて、血液の流れが下半身に集中しているのがわかる。それでも、頭はしっかり冴えていて、じっとリクシスさんのことを観察してしまう。
すごい、とても綺麗だ。
華奢なのに巨乳。雪のような白い肌は透明感をもち、弾く水滴をまるで宝石のように輝かせている。そんな彼女は、わしゃわしゃと濡れた髪をタオルドライしながら、
「ふぅ、いい湯加減だったわぁ♡」
と、独りごちると僕の存在にやっと気づいた。ありえないほどに長いまつ毛。その赤銅色の瞳がこちらを見つめている。
……。
信じられない。
僕は驚いてまぶたを狭めた。
「リ、リリリ、リクシスさんっ! 裸、裸っ!」
「え? ……なに?」
「ぼ、ぼぼぼ、僕は男の子ですから、あの、その……」
プイっと僕は顔を逸らした。
熱い。身体が熱い。ガチガチに下半身が硬くなっていた。
ううう、動くことができない。
なぜだ!? この衝撃はなんだ!
この感覚はエッチな画集を鑑賞したり、朝に起きる現象と似ている。
くそっ。
リクシスさんの裸をそんなふうに見てはダメだ。
やめろ、やめるんだ、ラクト。
リクシスさんは友達になる予定のお姉さんなんだ。
そんな僕を見て、リクシスさんは、うふふ、と笑い飛ばす。
「あ、そっか……ラクトくんは童貞ですか?」
「ど、どどど、童貞ですが、なにか?」
「ふぅん、可愛い♡ 私の裸を見て興奮している人間は久しぶりです」
「え? どういうことですか?」
だいたい、と言ったリクシスさんは両手に腰を当て、ぷるんと胸を張るとつづけた。
「女神の裸身を見た人間たちは土下座します。たまに、おじさんたちが欲望の目で私を見ていましたが、“神への冒涜”とか言って怒られていました。神官や特に女性たちに口うるさく。別にわたしは裸を見られても平気なのに……人間とは皮肉な生き物ですね」
「そ、そうなんですか……」
「ええ、だから私は未だに処女です。“永遠の処女神”なんて言われてます。んもう、やんなっちゃう……ああ、だれか私の処女膜を破って欲しいものです。うふふ♡」
……。
落ち着け。
落ち着け……ラクト……。
これは、ワンチャンあるかもしれないぞ!
お母さん、ありがとう。気を使って夜に出かけてくれたんだね。
よーし、今夜、僕は……。
童貞卒業だ!
すると、リクシスさんは、くるんと反転してお尻を僕に向けて、
「じゃあ、私はお母さんの部屋で寝ますね」
「え?」
「あ、お母さんから伝言で、帰るのは明日の朝になるとのことです。ラクトくんのお母さんは本当にお優しいかたですね……うちのママとは正反対です」
「あはは、優しいですよね……あはは」
僕のうすら笑い声が気になったのか、リクシスさんは顔だけ振り向いた。
「どうしました? ラクトくん?」
「なんでもないです……」
「変なラクトくん」
「……あはは」
僕は笑うことしかできなかった。
なにを期待していたんだろう。
今日、会ったばかりのお姉さんに。いや、女神様に。
「それではラクトくん、おやすみなさい」
「……おやすみなさい」
リクシスさんの“おやすみなさい”の余韻に僕は浸りながら、綺麗な背中を見つめていた。
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