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   第二章  火の女神リクシスの加護

  20  オロトス村の殺人

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 オロトス村は自然豊かな風景のなかにあった。
 緑の木々、鳥の鳴き声。川のせせらぎ……。
 人の気配はない。
 僕はデカブツ勇者様パーティの後を歩き、閑散たる村のなかに入っていくところだったのだが。ふと、横を歩くリクシスさんが小さな声でささやき始めた。

「この村は静かですね……ラクトくん」

 はい、と僕は答え、首を振って村を見まわした。
 損壊した木造の家屋が、いまかいまかと朽ち果てるのを待つようにつらなり、その間を皮肉なまでに心地良い風が吹いていた。閉ざされた扉と窓。荒れ放題の庭の草。半壊した軒が風に揺れて、ガタガタと音を立てて震えている。そのなかで、ヒゲが小さな声を発していることに気づく。
 
「おい、あれをみろ……」

 顎で示したほうは、広場になっていた。
 井戸があり、その周りには水場がある。もしもこの村が安寧とした日常を送っていたのなら、村人たちはそこで洗濯をしたり、料理のために水を汲んだり、していたのだろう。そのような村人たちが賑わいを見せる情景を僕は頭のなかで空想する。
 だが、今は誰もいない。
 恐ろしいほど静かだ。この村にいったい、何があったのだろうか?
 不吉な黒い予感が、すっと頭のなかをよぎる。
 さらに進んでいくと、広場の中央に非日常的かつ残酷な光景が広がっていた。ヒゲはこれを見て怯えていたのだろう。村人たちがもし生きているのなら、とても広場には近づきたくはない。家のなかで閉じこもっていることだろう。なぜなら……。

 処刑台があるからだ。

 さらに、残念ながら、すでに人が処刑されている。
 近づいてみた。三人いるようだ。
 顔は見えない。服装からして村人ではない。冒険者のようだ。女の戦士、魔法使い、僧侶だと思った。どこかの勇者パーティなのだろう。横にいるリクシスさんがまぶたを閉じて呪文を唱えるようにささやく。
 
「見せしめ……ですね」

 デカブツが大きな声で訊く。
 
「こうやって死にたくなかったら、村を助けようとするなってかぁ?」

 おそらく、と言ってうなずいたリクシスさんは、槍を振るとデカブツに向け、
 
「デカブツさん、死体の性別を調べてください」
「え? 勇者の俺様が?」
「いいから早く」

 デカブツは、ぶつぶつ言いながら死体の顔をのぞいた。
 軽く嗚咽を交えながら声をあげる。
 
「おぇ……死体はすべて女だ……もったいねぇなぁ」

 死体の服を乱し、裸体をのぞくデカブツ。
 そこまでして女の裸を見たいのだろうか?
 まあ、エッチな絵画を描いている僕に、人のことは言えないが。
 ふぅん、と感心した様子のリクシスさんは、ひょいと槍を肩にかけて黙考。
 おや? 何か推理しているのだろう。真剣な眼差しで死体を観察している。
 すると、デブが指さして叫んだ。
 大きな木の下に窪んだ穴がある。そちらを見据え、
 
「うわぁぁ!」
 
 暗い穴。魔法の力で綺麗にえぐられた穴。
 そこには、あらゆる勇者パーティの骸がごろごろと転がっていた。
 
「デブさん! 死体の性別を調べてください」
「え? リクシスの姉ちゃん人使い荒くないっすか」
「いいから早く。何体かお願いします。いや……できたらすべて」

 すべては無理っすよ、と後頭部をかいたデブが死体をひっくり返していく。

「うぉぉぉ、女っすね……うわぁ、この人もだ……ウエェ、生きてたら美人だったろうなぁ」
 
 ふぅん、とリクシスさんはうなずいた。
 あまり見たくはないが、僕も目を細めて死体を観察する。
 虫がたかり、腐敗した臭気に、思わず鼻を抑えた。
 嫌が予感がした。
 まさか、アフロもあのなかに……。
 とするならば、ノエルさんも!
 いやいや、と首を振って自分の空想に否定した。バカなことを。
 すると、肩を叩かれた。振り向くとヒゲがいた。
 
「死体を見るのは初めてかい? ラクトくん」
「いや、祖父母で……」
「そうか……死は誰にでも平等にある。その点においては人間はフェアだ。いろいろな死体を見ておくといい。経験値がアップするぞ」
「……はぁ」

 僕は額に冷や汗を流した。
 ヒゲはこの勇者パーティの僧侶。ちょっと言うことが世間とズレている。きっと賢いのだろう。少しだけ信頼感が増したので、質問を投げかけてみた。
 
「ヒゲさん。クエストではどんな魔物が村に巣をつくっていると?」

 うむ、と指先で髭に触れ、
 
「いや、具体的には明記されてなかった。この問題は帝国でも手を焼いている高難易度なクエストだ。情報が少ない。でもそのかわり報酬は一億。飛びつく勇者パーティが多いのも納得していた。しかし、結果はクエストを完了するものはおろか、帰還するものさえない。首都ではミステリクエストとして噂されていたのだが。ま、当然だよな。この惨状でおおよそ説明できる」

 オロトス村は大変ですね、とリクシスさんは人ごとのように言う。槍をグルンと回し、石突きをひとつ、ガンと音をあげて地面を穿つと、語り始めた。
 
「見せしめの死体はすべて女。しかも衣服の乱れはない。よって、犯行をした者は女に興味はなく。男に興味がある魔物の犯行だと推理できます」
 
 で、その魔物は? とヒゲは訊き返した。
 デカブツとデブは抱き合って身を震わせ、
 
「「俺たち狙われちゃうぅぅぅ!?」」

 と、叫ぶ。
 僕は唖然とした。ヤバい、僕も男の子だぁぁ。
 リクシスさんは目を細め、村の南南西を見つめると、また語り始めた。

「さて、ここからは仮説ですが、巣にはおそらく男の冒険者たちがいるでしょう。犯行に及んだ魔物は、種を保存するため複製を作っているのです。つまり、赤ちゃんのことです。栄養価の高い人間の血が良いことを知っており苗床とする。さらに、処刑台まで設置をして村を懐柔。犯行に及んだのはそんな知的な戦略ができる男好きな魔族です。それは……」

 だれだ? と訊くデカブツは首を傾けた。
 私の推理が正しければ、とリクシスさんは前置きして唇を舐め、言葉を放つ。
 
「サキュバスです」

 えっ! と一同は驚愕した。
 雷が撃たれたように、しばし茫然と立ち尽くす。
 そのときだった。
 
「きゃぁぁあぁぁ!」

 女の叫び声があがった。
 なんだ? と、みな首を振った。
 
「いかせてぇぇぇ! きゃぁぁあぁぁ!」

 さらに、悲鳴があがる。
 その方角は南南西。温かい風が吹き、僕たちに“おいで”と誘う。
 リクシスさんは槍を、ブンとまわすと言葉を放った。

「さあ、いきましょう。オロトス村をサキュバスから奪還するのですっ!」
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