上 下
26 / 68
   第二章  火の女神リクシスの加護

  21  サキュバスの巣 ①

しおりを挟む

「いくっ! いかせてぇぇぇぇ!」

 村の女が発狂している。
 若い女だった。髪が乱れ、狂喜乱舞していた。
 だが、異様なことに他の村人たちは冷静で、わめく彼女の身体を取り抑えているではないか。
 どうなっているのだ?
 若い女を抑えていたひとりの老婆が言う。
 
「ミラ、悪魔を刺激してはならん、悪魔を」

 ミラと呼ばれた女性は村で一番大きな建物を指さし、また発狂する。
 
「カレシがいるんですっ! いかせてぇぇぇ!」
 
 村の女たちはミラを抑えるのに必死なってきた。
 
「落ち着いて、ミラ」
「悪魔に聞かれたら殺されちゃう」
「ミラが行ったところで、どうにもならないわよ」

 すると突然、ミラは力なく座りこんだ。
 目から涙をこぼし、心のうちを吐きだしている。
 
「ううう、だって……どうせ死ぬなら好きなカレシの顔を一度でも見たくて……」

 しん、と水を打ったように村は静寂に包まれた。
 悲しみは伝染し、村人たちのすすり泣く声だけが響きわたる。
 すると、デカブツ、デブ、ヒゲも釣られて泣きだした。
 それに感情移入された僕も泣いた。ううう……。
 
「勇者様ぁ、サキュバスから村を救ってやりましょー!」

 と、ヒゲは吠えた。
 
「おれっち、サキュバス好きだったけど、今回はぶっ殺したる」

 デブはそう言って腹を突きだした。
 あのぉ……忠告ですがサキュバスは強いですよ、とリクシスさんは諭す。だが、デカブツはやる気マンマンと言わんばかりの顔を浮かべて、握っていた棍棒を、ブンッと振った。
 
「このクエストは俺様がいただくっ! 報奨金一億でこの村をハーレムにするぜっ!」

 なるほど~、とデブとヒゲが激しく同意して拍手をする。
 え? 勇者様たちいったい何を考えてるんだ? 
 僕は唖然とした。就職先、間違えたかもしれない。

「やれやれ」

 隣にいたリクシスさんがそう言って肩をすくめると、握っていた竜槍を掲げた。キラリ、と光る三叉の穂から、シュッと音をあげて一発の火球が放出されていく。それは天高く昇り白い雲を突き破っていく。遥か彼方へと……。
 
 デカブツ、デブ、ヒゲ、や村の女たちは口をあんぐり開けて、火炎魔法で撃ち抜かれた蒼穹を見つめている。リクシスさんは、コホンと空咳を吐いてから言った。
 
「村の女たちよ~! 安心するがいい~ここにいる賢者ラクトくんがサキュバスを焼き払ってくださりますから~」

 ね♡  とつけ加えながら僕の腕に絡みつくリクシスさん。
 みんなの注目が集まるなか、僕は気合を入れて宣言した。
 
「はい! 僕がやっつけます」
しおりを挟む

処理中です...