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青年時代
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しおりを挟むルージュは王宮の庭園を歩きながら、すみきった緑風の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。庭園に咲く真紅の花びらが数枚、ルージュを追いこして飛んでいく。
温もりのある日は、ゆるふわっと散歩をするにかぎる。こんなふうに優雅に、一歩、一歩、季節の移り変わりを踏みしめるように……。
しかし、隣に歩く男は最悪で最低の男だ。そこだけが残念でならない。
「はあ……」
思わず、ルージュの口からため息が漏れる。
目を細めるセピア王国第一王子・ノワールは、やおら口を開く。
「ルージュよ、アイゼン伯爵の容態はどうだ?」
「……歩くことはできますが、走ることは困難です」
「ほう、たしか十年前、足の神経がやられたらしいな?」
「はい、ドラゴンの尻尾によって負傷したときの後遺症でしょう」
「なるほど……で、元気なのか?」
「はい、元気です。体力と口だけは達者なので、介護するこちらが困ってしまうくらい」
うふふ、とルージュは微笑を浮かべ、おどけて見せた。
ノワールは歩みを止め、庭園に咲いていた花を愛でる。薔薇の花だった。甘い香りが風に揺れている。おもむろに彼は一輪の薔薇を抜き取ると、ルージュに渡した。
「薔薇の花を持っていくといい。アイゼン伯爵への土産にもなるし、我が婚約者のロゼッタも喜ぶだろう、ノワールからだと伝えてくれ」
「わかりました」
ルージュは薔薇を受け取ると、鼻を近づけて香りを嗅いだ。甘いローズの匂いが心を穏やかにさせ、自分に言い聞かせる。
──落ち着け、ルージュ……。
今はまだ王子に、妹との婚約を破棄して欲しい、と告げるべきではない。そう自分に警告した。
──冷静に、クールになれ、ルージュ。
そのとき、遠くから視線を感じた。
執事シオンのものではない。
王子ノワールを護衛する騎士たちのものでもない。
もっと、もっと複雑に絡んだ目。
鋭くぎらついた殺意に満ちた目。
それらは庭園の外、つまり柵のほうから感じられるものだった。
ふいにルージュは首を振って周辺を観察する。
庭園の外で、柵をつかんでいる民がいた。みすぼらしい平素な服装、貴族ではないな、とルージュは思った。と同時に、民が何やら抗議をしていると察した。とりあえず、何を言っているか気になったので、近づいてみる。
「おい! 王宮で働いていた娘が帰ってこないのはどういうことだ?」
「変態王子! おまえが娘を監禁しているだろ!」
「うちの娘を返して!」
民は口々に叫び、猛烈な抗議をしていた。
おそらく、ノワールによって籠絡された女の家族なのだろう。
そのようにルージュは察し、気の毒に思った。
すると、民のなかにいるひとりの青年から、物凄い殺気を感じた。手に刃物を持っていたからだ。よく研がれた鋭利な刃。その悪意を王子に向けている。
「ブロンズダガーか……」
ルージュは口のなかで、さらにささやく。
「青年よ、いったい何を考えている、血迷ったか?」
眉をひそめたルージュは、さっと軽く右手をあげた。
すると、秒でシオンがルージュのもとに駆け寄る。
「どうしましたか? お嬢様」
「戦闘の準備を……」
はっ、とシオンは声を放った。頼もしく思ったルージュは、にっこりと笑った。
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