9 / 40
青年時代
4 ー ①
しおりを挟む王子ノワールを守るように、甲冑を装備した騎士たちが、ぞろぞろと集まってきた。合計で三人。そのなかで一番背の高い男が、スっと剣の柄を握る。
“ 騎士団長・ギルバード ”
彼は赤胄の鎧を装備しており、鼻筋のゴツい強面の顔を王子に向け、
「どうしますか? ノワール様」
と尋ねた。
うーん、と空を仰いだ王子は口を開く。
「とりあえず、金をまいておけ」
「はっ」
ギルバードは手を掲げた。
騎士のひとりが袋から金貨を数枚取り出し、柵の外に放り投げる。すると、さっきまで怒り狂っていた民たちが、秒で地面に落ちた金貨をひろい始める。
「金貨だ!」
「俺のだ!」
「わたしのよっ!」
なんとも、滑稽な光景だった。勇ましく抗議していた民の姿は、どこへやら……。
「ほぉら、民どもよ、金貨を持って消えろ! アハハハ」
ノワールは馬鹿みたいに嗤う。
民たちは我先にとばかりに金貨をひろうのに夢中で、自分たちがどれだけ酷い扱いを受けているかなど、まったく意識できていない。
「自分の娘よりも、金か?」
ささやくルージュは民の心情を探ったが、その答えはでない。まるで世界は王宮中心で回っているかのごとく、ギルバードはさらに金貨を遠くに投げつづける。
「アハハハ、娘たちは元気だから安心しろ~」
煽りたける王子のバカ笑いと、まったく信ぴょう性のない言葉が響く。結局のところ民は、地面にはいつくばりながら金貨を拾うために去っていった。
「これでいいのか、民よ?」
またも、ささやくルージュは訝しむ。
「また金をせびりにこいよぉ~」
大きな声を放つノワールは民を煽った。
とても一国の王子が放つ言動ではなかった。まさに暴君だな、と思うルージュは王子のことをぶん殴りたい衝動に駆られた。しかしそんな暴挙をしてしまうと、ルージュは秒で処刑されるだろう。
だからルージュは拳を握り、唇を噛みしめ、この場を耐えた。と同時に、妹とノワールの婚約を阻止する方法を見つけなくてはならない、そう思考していた。
そんななか、ひとりの若者が残っていた。
柵の向こう側で、じっと立ち尽くしたまま、ギリっとノワールのことを睨んでいる。その形相はまさに、殺意の塊。悪魔に魂を売った人間の目つき。もし、彼が銃を持っていたなら迷うことなく引き金を引いているだろう。と、ルージュは察した。しかし彼の武器はブロンズダガーのみ。まったくもって無謀だ。
「おいおい、いったいどうするつもり?」
ささやくルージュは眉をひそめた。
──男という生き物は、頭に血がめぐると何をしでかすかわからない。
「うぉぉぉぉぉ!」
青年は吠えた。
口から魂がはきだされるかのようだ。獣さながらに腰を落とすと、ガッと柵をよじ登り、庭園側に飛び降りる。手にはブロンズダガー。形相は鬼のように赤く、体内の血液が沸騰している。
すると騎士たちは、クスクスと嗤う。
そんななか騎士団長ギルバードだけが、ゆらりと冷静に剣を鞘から抜き、顔の横にもってきて霞に構えた。
「殿下に刃を向けるとは、処刑も免れんぞ」
青年は首を横に振った。
「うるさいっ! エレンヌを返せ!」
「剣を捨てろ、さもないと斬るぞ」
「いいから、エレンヌを返せ!」
「……頭に血がのぼっている、馬鹿か」
「ぐぉぉぉぉ!」
唸る青年の耳には、ギルバードの声が入っていない。
ルージュは、ちらっとシオンをのほうを見つめ、こくりと頷いた。視線を交えたシオンも頷きで返す。
そのとき、アハハハ、と王子の馬鹿笑いが響き、周囲を凍りつかせた。
「おい! おまえはエレンヌのなんなんだ?」
「俺はエレンヌの恋人だぁぁぁ!」
「アハハハ、おまえは何か勘違いをしていないか?」
「なっ、なんだと?」
「エレンヌはみずから志願して王宮に住み込みで働いているのだぞ、ん? 知らなかったのか?」
「嘘だっ! 俺たちは婚約していた! それなのに、それなのに……」
ノワールは肩をすくめた。
「やれやれ、おまえはエレンヌに振られたんだ。まだわからないか? ん? エレンヌはおまえよりも我の愛妾になる道を選んだ。ただそれだけのことだ」
「嘘だっ!」
「アハハハ、嘘ではない、おまえに見せてやりたいよ、エレンヌが今、どんなことをしているのかを、くくくっ」
「なっ、何をしているのだっ? エレンヌは?」
青年の眉間の皺が一気に深く刻まれた。
その瞬間、手に持つダガーを突き刺し、ノワールに向かって突進を始める。その動きは獣さながらに速く、おそらく王子を殺すため、日夜、訓練していたのかもしれない。
だが、その正義の強さも、国家の武力には敵うわけがなく。
キンッ!
甲高い音を立て、青年のダガーはギルバードの一閃によって弾かれ、くるくると虚空を舞うダガーは地面に突き刺さる。と同時に青年は、へなへなと腰が砕けた。かたや、ギルバードの振りあげた剣は、ギランと鈍い光りを帯びて、青年の首に狙いをつける。
「アハハハ、そのマヌケ面を処刑しろっ!」
ノワールの嗤い声が響く。
次の瞬間、残酷にもギルバードの剣が振りおろされた。
そのときだった。
「シオン!」
そうルージュが叫んだ刹那、シオンが風のように駆ける。
キンッ!
迫りくる死に怯えながら、ぎゅっと目を閉じる青年の命が、間一髪で助けられた。ギルバードの剣が、シオンの振るったレイピアで防御されていた。
一見、貧弱そうに見える細身のレイピアだが、真は頑丈にできており、ギルバードの大型両手剣の一撃に十分耐えられる強度があった。さらにシオンの剣技が加わると、その攻撃力は岩をも切り裂く。
「ぐっ! 何者だ、貴様ぁ?」
ギルバードは問う、
シオンは、スッとレイピアを流してギルバードの剣を返すとその身をひるがえした。
「俺は、ただの執事だ」
「はあ? 執事?」
ギルバートは首を傾けた。執事の左腕がないことに注目したからだ。
「肩腕の執事、まさか……おまえは……」
ギルバードはさらに目を剥いた。
首を振り、紅いドレスを着たルージュの姿を目で捉えると、さらに驚愕するのだった。他の騎士たちは、状況がうまく飲み込めず、ただ立ち尽くし命令待ちの状態。かたや、逆上していた背年は、今はすっかり戦意喪失となり青ざめた表情を浮かべると、一目散に走り出した。
「逃げ足はや……」
ルージュは去りゆく青年の背中を見つめながらつぶやいた。荒ぶる青年は柵に手をかけて、すたこらさっさと王宮の外へと逃げていく。すると、ノワールは顔を真っ赤して、
「おい!」
と叫んだ。
「ギル、その銀髪を切れ! 逆賊だ」
「……お言葉ですが殿下、そちらにいるお嬢様はアルティーク伯爵家の長女、ルージュ様では?」
「そうだが、どうした?」
「お、王子、どうか冷静になってください、ルージュ様はあなたの婚約者ロゼッタ様の姉君ですぞ、そんな横暴をしては、さすがに……」
「別に構わん、妹のロゼッタさえ我ものになればいい」
「で、ですが……ルージュ様はラムス様の婚約者でもあるのですぞ?」
ええい、とノワールは唸ると頭を掻いた。
「うるさいっ! 弟のラムスなど別の名家の婿になればいいだけのこと」
「で、ですが……」
「ギル……おまえ、我に逆らうのか? ん?」
めっそうもありません、と平伏したギルバードはすぐに立ち上がると、くるっと身体をルージュに剣を向けた。
「……お覚悟を」
ルージュは大きな瞳をさらに開いた。
1
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!
ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。
※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる