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青年時代
4 ー ②
しおりを挟む「ノワール様、ついに本性を現しましたね?」
ルージュの問いに、ふん、とノワールは鼻で笑った。
「本性? アハハハ、何を勘違いをしているルージュ。我の命令は絶対であり、我が気に入らぬ者は死あるのみ……それが王都セピアの真実であり、この世界の真理でもある」
暴君、とルージュは口のなかで呟いた。
そのときだった。
シオンのレイピアが高速で振られ、ギンッ、と激しい音をあげるとギルバードの剣を、真っ二つに切り落とした。剣の達人であるシオンだからできる神技だった。
「お嬢様に剣を向けるなど、いくら聖騎士でも許さん」
そう吐き捨てるシオンの銀髪が、風に揺れている。
ルージュの頬は赤く染まった。
──シオン、かっこいい……。
「うぉぉぉ! 聖剣がぁぁ!」
吠えるギルバードは、シオンに足蹴りをした。
だが、シオンは風に吹かれるように飛びあがり回避する。
シュタッ! と、地面に着地したとき、
「やれ! あの執事を殺せっ!」
などと叫ぶノワールの命令が他の騎士たちに伝わり、操り人形さながらに騎士の振りあげられた剣が、シオンを襲う。
やれやれ、とばかりに目を細めたシオンはただ立ち尽くすのみで、背水の陣。レイピアを構えて防御することもなく、逆に二人の騎士に駆け寄り、信じられないほど速いスピードで、ぐんと肉薄した。
彼の表情は、笑っているようにも見えた。
ぶるるっとルージュは鳥肌が立った。
強い……と心のなかで思う、と同時に、かっこいい、とも。そんなシオンの予想がつかない動きに対して騎士たちは、
「ぐわっ」
と面食らって攻撃がひるんだ。
その瞬間、シオンのレイピアが高速で振られ、スパッスパッと騎士たちの持つ剣が真っ二つに折られた。
「うぉぉぉ、騎士の聖剣がぁぁ!」
吠えるギルバードが口をあんぐりと開いている。
きょとんとする他の騎士たちは戦闘不能。
ノワールは、ありえない、ありえない、といって震える唇を動かしていた。
「おい、片腕のおまえ! 頭がイカれておるのか? 我に逆らうなど処刑だぞぉ」
シオンはレイピアを鞘に収めると口を開いた。
「お嬢様の命令ですから……」
「アハハハ、これは傑作だ。銀髪の執事よ、おまえはルージュの命令ならば、王の私をも斬る、そう申すのか?」
はい、とさわやかに返事をするシオンは、微笑みながら続けた。
「そもそも、非は王子にあるのでは?」
「なんだと? 何が言いたいのだ、申してみよ」
「嫁入り前の娘たちを無理やり愛妾にしているのでは?」
「はあ? 無理やりだと? 何を勘違いしている、そんな証拠はあるのか?」
「王宮の一室で、その……」
「なんだ?」
「ノワール王子は娘たちを犯しているのでは?」
「アハハハ、バカか? 片腕の執事よ、あれは女たちが望んでいることなのだぞ。みんな同意の上だ」
「え? 女たちも同意の上?」
「アハハハ、片腕よ、おまえまさか、童貞か?」
「……は、はい」
「アハハハ、図星か! では、女の気持ちなど、到底わからぬな? アハハハ」
「……うぅ」
目が点になっているシオンは、何も言い返せない。
ルージュが間に入り、代わりに答える。
「あの、ノワール様っ!」
「ん? なんだルージュ? 命乞いでもするか?」
「いや、草が生えるわ……」
「クサがはえる? どういう意味だ、それ?」
「いいえ、なんでもありません、お気になさらず……」
ノワールは首を傾げた。
横に歩いてきたシオンは、まずいですよ、と言わんばかりに指を唇に当てる。
ルージュは、ぺろっと舌を出してから訊いた。
「あのぉ、素朴な質問をしてもいいでしょうか? ノワール王子」
「なんだ?」
「王子は女性のことをどう思っているのですか? この国の女性のことを」
うーん? と唸って腕を組んだノワールは、やおら口を開いた。
「女は玩具だ、子を産み、我の欲求を満たす性処理の玩具……」
最低、とルージュはつぶやいた。
ニヤリと笑みを浮かべるノワールは、一歩ずつルージュに近づいていく。
「そんなことを言うおまえだって、一発でも我のものを味わえば欲しくなる身体をしているのだぞ……女とはそういうものなのだ。なあルージュ、試してみるか? 我が息子を味わいたくは、ないか?」
はあ? といったルージュは眉をひそめた。
──冗談じゃない。
ノワールに身をまかせる自分を想像するだけで吐き気がした。
「アハハハ、まあ良い、今日のところは許してやる。エレンヌの恋人が現れたおかげで楽しみが増えたからな」
「ちょ、マジでひくわ……ノワール様、あなたって人は……」
「なんだ? 申してみよ、ルージュ」
「変態っ!」
「アハハハ、そう褒めるでない」
褒めてない、とルージュは内心で毒づいた。
「では、ロゼッタとの婚礼を進めておけ、ルージュよ」
「げぇ……」
ルージュは青汁でも飲んだように眉をひそめた。
「おい! 絵が上手くて、ちょっと可愛いからって調子にのるなよルージュ。所詮はおまえはアルティーク家の使いの者にすぎない、それをわかっているのか?」
「……チッ」
「ロゼッタ・アルティークと我の結婚、これは王族が決めたことだ!」
「……はいはい、わかりました」
よろしい、と吐き捨てたノワールは、踵を返して去っていく。すごすごとその後を追う騎士たちは、折れた剣を両手に抱えると、ちらちらとシオンのことを振り返って見ては、
「あいつ片腕のくせに強すぎだろ……」
「まったくだ、バケモノかよ……」
と話し、その表情は暗くなるほど恐怖を表している。
ルージュは思わず、ふふんと鼻が高くなった。
かたやシオンは素知らぬ顔でルージュに近づく。
彼は基本的にルージュのことを守ることしか頭にはない。
そのために修羅のごとく剣の修行をした。
山にこもり滝に打たれ、魔物を狩り、刃を研ぐ。
もう悲劇を起こさないため、誰にも負けない強い力を得るために……。
そんなシオンは、
「あの、お嬢様」
といって訊いた。
「いいのですか? 変態王子とロゼッタ様の婚礼を進めても?」
「……だって、今はああ言うしかないじゃない。でも、変態王子って……草」
「変態ですよあんなやつ、俺のことを童貞だといって馬鹿にしたんですよ! まったく……」
「え? そこにオコなのですか? シオン」
「オコ?」
「怒っているの?」
「……は、はい、俺だって童貞を卒業したいのにっ! んもう……」
うふふ、ルージュは微笑むと、空を仰ぎながら、
「そう遠くない未来、童貞を卒業できるかもしれませんよ? シオン、うふふ」
え? といってシオンは目を丸くした。
相手はだれ? と言わんばかりの顔を浮かべている。
ルージュは人差し指を一本だけ立てた。
「それよりも、シオンにひとつお願い事があるのですが」
「はっ、なんなりと申しつけください」
「さっきのイカれた青年いたでしょ?」
「ナイフで暴動を起こした背年のことですか?」
「ええ、あの青年の素性を探って欲しいのです」
「ほう、なぜですか?」
「戦力になりそうだから……」
「え? 弱かったですよ?」
いや、そっちの戦闘能力ではありません、と否定したルージュは、目にかかる金髪を指でかきわけ、
「いいからお願い、シオン」
と告げた。風が吹き、ルージュの長い髪が揺れる。
わかりました、とシオンは頷いた。
うふふ、と微笑を浮かべたルージュは顎に指を当てる。その仕草を見つめるシオンの頬が赤く染まっていた。それに気づいたルージュは何だか嬉しく思う。
「さて、口直しに紅茶でも飲んで帰りましょうか、シオン……」
はい、お嬢様、と爽やかに答えるシオンは、ゆっくりと歩くルージュの横についた。心なしか、二人の間の距離が少しだけ近くなったような、そんな感覚を抱くルージュは、持っていたバラの花を放り投げた。
「土に還りなさい」
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