転生したら妹の婚約者は暴君でした

花野りら

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 青年時代

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 王都セピアは豊かな自然に囲まれた美しい国だ。
 雄大な山が背景にあり、せせらぎぐ川が港へと流れていく。水面に揺れる船、出港を待ちわび風になびく帆、働く漁夫たちが汗を流して働いている。
 そう、この世界の生活水準は中世。電気もない、ガスもない。科学はいまだ、未発達。それはそれは古き良き時代。煙を愛する人々の蒸気が空に浮かぶ。
 そのなかで、遠くの海をはるかに望む女がいた。
 ルージュ・アルティーク、伯爵令嬢。
 彼女はふと、目線を自分の手のひらに移し、
 
「異世界に転生しているけど、魔法が使えない……」

 とつぶやく。
 吹く風に身をまかせながら、ぎゅっと手のひらを握る。この世界は剣と頭脳が勝負の世界、そう心のなかで思うが、最近、いろいろと悩む。

「私は前世の知識を武器にここまで生きてきたが……」

──この先、私は何をするべきなのだろう?
 
 ルージュはそんな取り留めもないことを考えながら、王都の街並みを歩いていた。賑わう民の往来、そのなかを颯爽と馬車が駆けていく。貴族が乗っていた。エレガントな帽子や扇子が羽のひらめく。かたや都民は歩く。それがこの世界の上下関係。しかし、いつかは崩壊するシステムだということを、転生者の彼女はよく知っているのだが。

「それなら私は……」

 ルージュは独りごちる。
 ポケットに手を入れれば、数枚の金貨がある。

──金があれば、何でもできるかもしれない。

 
 物思いにふけるルージュは、ふつうの人間ではない。前世の知識があるのだ。調子に乗ると痛い目にあうことを、よく知っている。だからルージュは大人しく、自分の好きなことをしていこう。そう誓いながら、王都の商店街を歩いていた。
 ぶらぶらと買い物をして時間を潰す。
 買ったものは、絵画を描くための絵の具と筆、それに鉛筆やデッサン用紙。荷物はアルティークに配送してもらうことにした。旅は手ぶらで歩きたい。優雅に、まったりと。そしてルージュはおしゃれカフェに来店し、のんびりと紅茶を飲みつつケーキを食べて舌鼓を打つ。
 
「うーん、胃袋、しあわせ……」
 
 カフェテリアの雑踏、至福の時。
 ルージュは満面の笑みを浮かべていた。小さな幸せを噛み締めるように、またフォークで生クリームをすくう。おっといけない。つけ髭につかないよう注意しながらケーキを頬張る。第三者から見れば、イケてる紳士が苺のショートケーキを美味しいそうに食べている。そのような絵柄に、都民の女たちは目を奪われていた。幼女、若い娘、おばあちゃんにいたるまで。
 
──もぐもぐ……うん、おいしい。

 ふと、ルージュは噴水広場の金時計を見据えた。
 時刻は昼前、長い針と短い針が抱き合いそう。カチカチ、カチカチ、とカフェテリアまで聞こえてくる、時を刻む、そこはかとない儚い音……。

「さて、そろそろいくか……」

 そうつぶやくルージュは立ち上がり、歩き始めた。
 やがて、ゴーン、ゴーン……と背後から正午を告げる鐘の音が聞こえる。ずいぶん歩いてきた。空が近い。眼下に望む王都セピアの景色が綺麗に見える。向かっているのは丘の神殿。男装している彼女は誰からも不審に思われなかった。スーツに帽子、それにつけ髭、かっこいい自分の姿に彼女は自分に酔っている。

「うふふ、まさか、女とは思われないだろう」

 坂道の途中で、ルージュは自惚れた。ふと頬に汗が流れ、帽子をとって額を手の甲でぬぐう。

「やれやれ、雨で濡れている……」

 道は昨夜の嵐で水たまりがあった。
 革靴が汚れたくないから、慎重に歩く。水たまりを飛び越えることも。ふと前方を見れば人だかり。土砂崩れがあったのだろう。神殿に向かう道に大きな岩が転がっていた。それに大量の汚泥が流れこんでいる。なぎ倒された木々、小動物の死骸、それらを片付ける作業員の男たちが、忙しなく青空の下で汗を流している。

──ううむ、これでは神殿にいけないな……。

 とルージュが髭を触りながら困惑していると、
 
「旦那様、神殿に行くのかい?」

 と、声をかけてくる作業員のおじさんが、ここは通れないから迂回するように、と促す。
 
「ありがとう」

 礼を言うルージュは帽子を指先でツンとあげた。
 男らしく、父親の仕草を真似してみた。上手く、できただろうかと、はしゃぎながら歩くものの、目の前でえぐられた山肌を見つめていると、戦慄が走った。やはり自然の力は、恐ろしい。自然の脅威の前では人間など無力に等しい。
 
「このあたりは、土砂崩れが起きやすいわけか……」

 このとき、ぱっと閃いた。
 頭のなかをめぐるのは、駆ける馬者、土砂崩れ、それに王子ノワールの不敵な笑み……。
 
「ささ、旦那様」

 と作業員のおじさんに声をかけられ我に返る。
 こっちです、とさらに促され、ルージュは細い道を歩く。
 ちょっとした山道だった。
 鳥の鳴き声、木漏れ日、珍客のルージュを見ようと小動物が顔をだす。道では、ルージュの他にも人が歩いていた。みんな神殿にいく参拝者だ。意外と大勢いる。それにしても、カップルが多い。神殿でお祈りすると、永遠に結ばれる御利益があるらしい。
 
「やれやれ、どこの世界も、最後はやっぱり神頼みね……」

 呆れつつ、ルージュは坂道を登りきり、やっと神殿の入り口にたどり着いた。かたや、はしゃぐ参拝者たち。老若男女、さまざまな民たちが神殿へと参る。神への祈りを捧げるために。

「さて、ロゼッタとラムスはどこに?」

 ルージュは首を振って、人探し。
 しかし、丘から眺める王都の街並みが素晴らしく、見入ってしまう。それはまるで、絵に描いたように美しい景色だった。青い空に浮かんだ白い雲が、白亜の建造物たちを見下ろしている。ゆるふわっと泳ぎなら、優雅に漂う。自然は声を出せない。よって、人間の私たちが見つけてあげるのだ。と、ルージュは心のなかで思う。
 
「この素晴らしい景色を描きたいなぁ」

──あ……いけない、いけない。

 ルージュは下を向いて反省した。
 芸術家なので、すぐに景色など美しいものを見る癖がある。しかし、今はそれどころではない。ロゼッタとラムスを偵察しなければ、と気持ちを切り替えた。改めて、キョロキョロと人探し。
 
「……どこかしら」

 
──いた!

 ロゼッタは目立つ。女のフェロモンを醸しているからどうしたって、目立つ。周辺にいる男たちからハートマークが浮いているような、そんな幻覚さえも見えた。
 胸の開いた黒いレースのドレス。ゆるふわなピンクのボブヘアを、指先でかきあげている。男の視線を集めている彼女は、まるで危険なヴィーナス。ルージュの頭のなかで第六感が働く。
 
「あれは、男を誘っている女だ……」

 ロゼッタは杉の木に寄りかかり、物憂げに視線を空に向けている。それは誰が見ても、素敵な女性の姿だった。彼女は腕を組んで豊満な胸を、ぷるんと強調していた。
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