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青年時代
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しおりを挟むたまたま落下した岩が王子の馬車に激突した。
「おお、神よ、ありがとう! こんなに嬉しいことはないっ!」
騎士団長ギルバードは、思わず歓喜の声をあげた。
──今夜は祝杯だ。
やっとだ。やっとこれで安眠できる。
これからは、クソ変態王子の命令に付き合うこともなくなるのだ。そう思うと、心から笑みがこぼれた。彼の足取りは軽い。まるで、羽が生えたかのように荒地の山を駆ける。
「ふふふ、死体の確認をしなくてはな」
だが、確認するまでもなかった。事態は最悪、いや、最高だった。ささーと砂埃が風で吹き飛んで消えてなくなると、馬車だった形の状態が露わになる。
「げ……ぺちゃんこだ」
馬車は原型がまったくわからないほど、粉々になっていた。傍らには巨大な岩が転がっている。改めて自然の脅威を目の当たりにしたギルバードは、足がすくみ、おののいた。
現場では、巻き添えを食った騎士たちがいたが、人数は五名。みな即死だった。馬も息絶えていた。黙祷をささげ、大破した馬車のガレキをどかす作業をする。部下に指示を出し、みなで力を合わせるが、かなりの重労働で全身から汗が噴きでた。
やがて扉と椅子を発掘した。すると、その下に埋もれた王子ノワールが、無惨にもうつ伏せに倒れているのを発見したのだが、息をしているか調べるまでもなく、もうそれは死体だとわかった。頭から大量の血を流し、目が開いたままだったからだ。
「……!?」
王子ノワールの死に顔は朗らかに笑っていた。
岩の落下、馬車の激突、その出来事はあまりにも一瞬のことだったので、まったくもって死を意識することなく天に召されたのだろう。
──いや、地獄に落ちたか?
暴君だった彼は、最後に何を思ったのだろうか。数々に抱いた女のことでも思っていたのだろうか。それはわからないが、ギルバードは、ほっと胸をなでおろした。
──これで、いいんだ。
ギルバードは生き残った騎士たちに後処理を命令した。仲間の騎士たちの亡骸を見ると、いたたまれない気持ちになったが、王子が死亡した事実によって、その悲しみは相殺され心が浮かれた。
まったく不謹慎だが、仕方ない。人の命を差別したくはないが、王子が死ぬことによって、この国は素晴らしくなるだろう、そう確信していた。
次期国王が第二王子のラムス様になる。
とても喜ばしいことだ。ラムス様は穏やかな性格だし、諸外国とも友好な関係を築ける素質がある。現に、革新的なノワール様よりも、保守的なラムス様を次期国王にしたい者たちの勢力はあった。その方が、戦争や革命が避けられるだろうとギルバードも予想していた。
しばらくして、部下の騎士たちに手伝ってもらい、王子ノワールの死体は瓦礫の山からあげられ野に放たれた。
曇天の空の下、みな黙祷をし、聖なる時を流す。
そのとき、一人の女が山道に現れた。岩陰からこっそりとこちらを見ていたのを、ギルバードは見逃さなかった。
「あの娘は……!?」
さわやかな風が吹いていた。
娘は揺れる金糸の髪をかきあげ、呆然とたたずみ、こちらの様子を窺っている。その立ち振る舞いは不気味だった。そもそもこんな荒地の山に女が一人でいるなんて、絶対にありえない。ギルバードは目を凝らし、娘を見つめた。やはり見覚えがある。あの娘は……。
──ルージュ・アルティーク伯爵令嬢、なぜこんなところに? 死神か?
彼女は笑っていたが次の瞬間、突風が吹き、その姿を消した。
ギルバードの胸が騒めいていた。なぜルージュ令嬢がこんなところにいるのか気になって仕方がなくなり、足が動き出した。彼女を追うことにしたのだ。頭によぎるのは彼女の執事の姿。左腕のない最強剣士、レイピアの鋭い煌めき。
──王子が死亡した直後にルージュ令嬢が現れるなんて、都合が良すぎる!
駆けるギルバードは、やっとの思いでルージュの背中を見つけた。
「おい! 待て!」
声をかけると、ルージュは足を止めた。山道の途中で、ぽかんと空を仰いでいる。こちらに振り向きもせずに、ただ飛ぶ鳥を眺めている。
「今日は、鳥がよく鳴く……」
ぽつんと、ルージュは言った。
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