転生したら妹の婚約者は暴君でした

花野りら

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 青年時代

 29

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 たまたま落下した岩が王子の馬車に激突した。
 
「おお、神よ、ありがとう! こんなに嬉しいことはないっ!」

 騎士団長ギルバードは、思わず歓喜の声をあげた。
 
──今夜は祝杯だ。
 
 やっとだ。やっとこれで安眠できる。
 これからは、クソ変態王子の命令に付き合うこともなくなるのだ。そう思うと、心から笑みがこぼれた。彼の足取りは軽い。まるで、羽が生えたかのように荒地の山を駆ける。

「ふふふ、死体の確認をしなくてはな」

 だが、確認するまでもなかった。事態は最悪、いや、最高だった。ささーと砂埃が風で吹き飛んで消えてなくなると、馬車だった形の状態が露わになる。
 
「げ……ぺちゃんこだ」

 馬車は原型がまったくわからないほど、粉々になっていた。傍らには巨大な岩が転がっている。改めて自然の脅威を目の当たりにしたギルバードは、足がすくみ、おののいた。
 現場では、巻き添えを食った騎士たちがいたが、人数は五名。みな即死だった。馬も息絶えていた。黙祷をささげ、大破した馬車のガレキをどかす作業をする。部下に指示を出し、みなで力を合わせるが、かなりの重労働で全身から汗が噴きでた。
 やがて扉と椅子を発掘した。すると、その下に埋もれた王子ノワールが、無惨にもうつ伏せに倒れているのを発見したのだが、息をしているか調べるまでもなく、もうそれは死体だとわかった。頭から大量の血を流し、目が開いたままだったからだ。
 
「……!?」

 王子ノワールの死に顔は朗らかに笑っていた。
 岩の落下、馬車の激突、その出来事はあまりにも一瞬のことだったので、まったくもって死を意識することなく天に召されたのだろう。
 
──いや、地獄に落ちたか?

 暴君だった彼は、最後に何を思ったのだろうか。数々に抱いた女のことでも思っていたのだろうか。それはわからないが、ギルバードは、ほっと胸をなでおろした。
 
──これで、いいんだ。

 ギルバードは生き残った騎士たちに後処理を命令した。仲間の騎士たちの亡骸を見ると、いたたまれない気持ちになったが、王子が死亡した事実によって、その悲しみは相殺され心が浮かれた。
 まったく不謹慎だが、仕方ない。人の命を差別したくはないが、王子が死ぬことによって、この国は素晴らしくなるだろう、そう確信していた。
 次期国王が第二王子のラムス様になる。
 とても喜ばしいことだ。ラムス様は穏やかな性格だし、諸外国とも友好な関係を築ける素質がある。現に、革新的なノワール様よりも、保守的なラムス様を次期国王にしたい者たちの勢力はあった。その方が、戦争や革命が避けられるだろうとギルバードも予想していた。
 
 しばらくして、部下の騎士たちに手伝ってもらい、王子ノワールの死体は瓦礫の山からあげられ野に放たれた。
 曇天の空の下、みな黙祷をし、聖なる時を流す。
 そのとき、一人の女が山道に現れた。岩陰からこっそりとこちらを見ていたのを、ギルバードは見逃さなかった。

「あの娘は……!?」

 さわやかな風が吹いていた。
 娘は揺れる金糸の髪をかきあげ、呆然とたたずみ、こちらの様子を窺っている。その立ち振る舞いは不気味だった。そもそもこんな荒地の山に女が一人でいるなんて、絶対にありえない。ギルバードは目を凝らし、娘を見つめた。やはり見覚えがある。あの娘は……。

──ルージュ・アルティーク伯爵令嬢、なぜこんなところに? 死神か?

 彼女は笑っていたが次の瞬間、突風が吹き、その姿を消した。
 ギルバードの胸が騒めいていた。なぜルージュ令嬢がこんなところにいるのか気になって仕方がなくなり、足が動き出した。彼女を追うことにしたのだ。頭によぎるのは彼女の執事の姿。左腕のない最強剣士、レイピアの鋭い煌めき。
 
──王子が死亡した直後にルージュ令嬢が現れるなんて、都合が良すぎる!
 
 駆けるギルバードは、やっとの思いでルージュの背中を見つけた。
 
「おい! 待て!」

 声をかけると、ルージュは足を止めた。山道の途中で、ぽかんと空を仰いでいる。こちらに振り向きもせずに、ただ飛ぶ鳥を眺めている。
 
「今日は、鳥がよく鳴く……」

 ぽつんと、ルージュは言った。
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