転生したら妹の婚約者は暴君でした

花野りら

文字の大きさ
36 / 40
 青年時代

 30

しおりを挟む

──やっぱりこの令嬢は頭がおかしい。

 とギルバードは前々から思っていたが、これほどとは思わなかった。本当に何を考えているのか、まったくわからない。とりあえす、「なぜここにいるのか?」と尋ねた。
 
「散歩よ……」

 ルージュからもらった呑気な答えに、嘘だな、とギルバートは察し、とっさに剣を抜いた。
 
「アルティーク伯爵令嬢、正直に話さないとあなたを騎士館まで連行します」
「あら……なぜ、そんなことを?」
「たったいま、王子が死亡しました」
「へー、死因は?」
「落下した岩による衝撃で頭を強く打ち、即死でした」

 ご愁傷様、とルージュはささやく。両手の指を組み、冥福の祈りを捧げる。本当に心からそうしているようには思えなかった。訝しむギルバードは握っている剣を持ちあげると、切っ先をルージュに向けた。
 
「あなたが岩を落としたのでは?」
「……」
「違いますか? ルージュ様」

 ふん、どうやって? とルージュは鼻で笑って訊き返す。
 
「何か、魔法でも使って?」
「うふふ、仮にそうだとしても……」

 言葉を切ったルージュは、ふわっと微笑みを浮かべ続けた。
 
「嬉しくて小躍りする気分でしょう? ギルバード騎士団長」
「……はい、よくご存知で」
「だったら、ここは大人しく喪に服しましょう」
「いえ、立場上、騎士としてそれはできません。あなたに疑いがある以上は、連行します」

 やれやれ、と首を横に振ったルージュは言う。
 
「騎士道の正義ってのは融通が効かないのね」
「すいません」
「だが、断ります。私は何もしていませんから」
「では、岩が落下した今から一時間前、ルージュ様はどこにいましたか?」
「丘の宮殿に行く途中の山道にいました」
「それを証明する者はいますか?」
 
 そんなアリバイはないわ、とルージュは答え、ゆらりと右手を振る仕草をした。
 
「もう、いいでしょ? 私は帰るわ」
「待ちなさい。無実を証明できない以上は、現場にいたあなたを王子殺害の重要参考人として連行します」

 ギルバードは剣を鞘に収めるとルージュに近づく。そして彼女の右手を掴んだ。その強さは痛みをともなうほどで、ルージュは眉間に皺を寄せた。

「きゃあ! 何するのっ! 離してっ」
「立場上、見過ごすことはできない」

 んもう、といったルージュは、まるで男子に意地悪される女の子みたいに、わーわーと大げさに腕を振って抵抗した。
 
「やめなさいよっ! きゃぁぁぁ!」
「そんなに叫んで……まさか、あの片腕の執事を呼んでいるのですか? おやおや? 今日は姿が見えませんね」
「……うっ」
「やはり指名手配になったので、行方をくらましましたか?」
「だったら何よ?」
「主が救いを求めているのに、肝心な時にいないなんて、執事として失格ですな」
「ギルバード……あなただけは王子に洗脳されてないと思ったけど、ムカつくわね」

 ふっ、と騎士団長は鼻で笑った。
 
「俺は正義をまっとうしたいだけです。悪は許せない」
「よく言うわ、さんざん王子の命令を聞いて悪事をしていたくせにっ! ヴァンを誘拐したのもあなたでしょ? 最低っ!」
「ヴァンは王宮に侵入した謀反者だ。連行して罰するのは当然のこと」
「だからってあんな酷いことするなんて、あんまりよ」
「……処罰の方法は王子が決めたこと、俺ではない」
「ほんっと、草が生えるわっ! バッカじゃないのっ!」

 ルージュは大きく口を開き、ガブっと自分の手を握られていたギルバードの親指を噛んだ。
 
「イテテテテっ! 令嬢だと思って丁重に扱ってたが、もういい。女なら静かに男の言うことを聞きなさい」
「はあ!? 女がみんな男に従順だと思ったら大間違いよ!」
「ははん、その物言い、やはり王子を殺したのはあなただろ、ルージュ? あんなに上手いこと岩が落下してくるわけがない。あれは人工的な現象だ。そうだろ?」
「……さあね」
「まあいい、騎士館で拷問して吐かせるとしよう」
「……!?」

 ルージュの顔が真っ青になった。
 ギルバードには思うところがあったのだ。火事場に火をつけた犯人が現場の惨劇を見にくるのと同様に、ルージュも自分の犯行があまりにも鮮やかだっため、現場を見に来たのだろう。
 
──犯罪者にありがちな行動だ。

 それにしても、面白い。
 ルージュを王子殺害容疑で処罰すれば、アルティーク家は没落するだろう。あの片腕の執事に折られた剣の仇討にもなる。くくく、と笑うギルバードは抵抗するルージュを引きずりながら歩いた。ゴロゴロと群がる岩と草木が生い茂る獣道を、ずんずんと進んでいる。
 そのときだった。
 
「動くな……」

 男なのか女なのかわからない中性的な声とともに、煌めく銀のレイピアが、つつー、とギルバードの太い首筋に当てられた。一瞬で身体が凍りつき、足が止まる。間接的な視野から、ふんわりと銀色の髪が揺れているのが見えた。
 
──いつのまに、背後を取られた?
 
 ギルバードは捕らえられた獲物然として、ゆっくりと首だけを振り返った。

「片腕の、執事……」

 か細い獲物の声を聞いたシオンは、にやりと笑った。
 
「さあ、お嬢様、お逃げください」

 ルージュは力の入っていないギルバートの手を振りほどくと、ささっと素早く動き、シオンの大きな背中に抱きついた。
 
「シオンっ!」
「……お嬢様、離れててください」

 シオンの言葉が森に響いた。
 すると、ギルバードは膝から崩れ落ちた。天を仰ぎ、何かを悟ったようにシオンを見つめた。

「心配するな、俺はもういい」
「ん?」
「騎士になって生涯を戦いに費やしたが、こうもあっさり敵に背後を取られるなど、あってはならないことだ」
「……」
「殺せ」
「……」
「おまえの剣の腕なら殺傷など刹那のごとき、だろ?」
「……」
「俺を殺せ、片腕の執事よ」
「潔いな」
「完敗だ。剣に負けてなお、騎士道を歩くつもりはない」
「では……」

 シオンのレイピアが振りあがる。あたりの空気がぴんと張り詰め、木漏れ日が森のなかを照らしていた。
 
「いくぞ……」
「ああ」

 覚悟を決めたギルバードはもう獲物ではなく。人生をまっとうした人間になっていた。
 
──ああ、これでいいんだ。主も亡くなったし……。

 すっと目を閉じたギルバードは、清々しい騎士の最後を迎えようとしていた。
 
「それでは、いけ、騎士よ……」

 シオンの言葉が虚空で煌めくレイピアに、きんと共鳴するように震えると一気に振りおろされ……!?
 
「待ちなさい、シオン」

 レイピアの鋭い動きが、ぴたりと停止。それは、ギルバードの首筋のすれすれで静止。時が止まった可能性すら感じるほどに。
 
──俺は死んだのか? それとも?
 
 ゆっくりと目を開けた。
 森のなか、鳥のさえずりが響く。微笑むルージュは口を開いた。

「生きなさい、騎士よ」

 美しい声がギルバードの頭に降り注ぎ、一輪の蓮の花が咲いたような、そんな幻覚があった。不思議な気持ちがあふれ、笑みが漏れる。さっきまで罰しようとしていた罪人から、命を助けられている。生と死は、光と闇のように表裏一体。コインのようにくるくると回り、今回はきらりと煌めく。

「俺は、生きていいのか?」

 ルージュは目を細め、慈悲深い笑みを浮かべた。
 
「条件があります」
「……?」
「王子ノワールの死因は自然災害の事故死として処理すること」
「……わかりました」

 よろしい、とルージュは告げた。
 
「では、ご機嫌よう」
「……あ! 待ってください」

 なに? もうすでに踵を返していたルージュは首だけ振り向く。シオンはレイピアを鞘に収めているが、その横顔は主に向けられたままだ。ギルバードは素晴らしい主従関係を結ぶ二人の姿に見惚れていた。
 
──俺も、こうなりたい。
 
 さっと立ち上がったギルバードは、すっと息を大きく吸った。闇を祓うように虚空を手で振り払って。
 
「俺の師匠になってください」

 え? ルージュとシオンの二人は目を丸くした。
 ギルバートは真剣な表情で語る。
 
「アルティークの執事さん、俺に剣を教えてください」

 本気か? とシオンは言う。彼の中身のない服の袖が風に揺れていた。

「はい、騎士団長の仕事は続けますが、ぜひ、あなたの弟子になりたい」
「……」

 どうします? とシオンはルージュに訊いた。
 
「いいんじゃない」

 と答えたルージュは、うふふ、と笑う。その笑顔につられたシオンは、ギルバードに向かってこくりと頷いた。
 
「師匠~! ありがとうございます」

 ギルバードは、ピュンと巨体を飛びあがらせるとシオンの横についた。
 
「これから、よろしくお願いします」
「おい、近いぞ……ん? 君の名前は?」
「ギルバードです。ギル、と呼んでください」
「ギ、ギル……とりあえず、少し離れろ」
「え? もう修行は始まってます?」
「……いや、そんなことはないが」
「じゃあ、いいじゃないですかぁ、俺は師匠と仲良くなりたいんです」

 なにこれ? といったシオンは、あはは、と苦笑いを浮かべてルージュを見つめた。
 
「うふふ、大きな弟子ができたわね、シオン」
「……まったく」

 銀髪の頭をかくシオンは、どんな顔をすればいいかわからず、とりあえず笑っていた。すると、ルージュが赤い唇を動かす。
 
「ギル、あなたの師匠は私の執事、つまり、ギルは私の下僕ってことでいいわね」

 はい、とギルは快活に答えた。
 命を助けられたギルは従順な犬だ。まるで尻尾を振るかのように、うんうんと首を縦に振った。ルージュに新しい仲間が増えた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

処理中です...