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青年時代
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しおりを挟む「おかえりなさいませ、お嬢様」
ロゼッタがアルティーク家の屋敷に戻ると、秒で執事に声をかけられた。どうやらお父様が呼んでいるとのこと。
──きたきた!
ロゼッタは急ぎ足で父親の部屋に向かい、滅多に開けることのない扉を叩いた。
「お父様、ロゼッタです。ただいま戻りました」
部屋のなかから、ギコギコと回転する音が聞こえる。車椅子が動いたのだろう。しばらくすると、「入れ」と父の威厳のある声が響く。
はい、と返事をしたロゼッタが扉を開けると部屋のなかには、父親と姉、それに執事のシオンが本棚に寄り添うように立っていた。
「お姉様っ」
ロゼッタはいって頬を緩める。
ルージュは相変わらず人形のような美しい笑顔を浮かべていた。
──むぅ、憎たらしい笑顔ね。でも今となっては、もはやどうでもいい。姉を殺すまでもなかったのだ。初めから、自分の運命は幸運が約束されていて、最高の結末を迎えるようになっていたのだから……。
ピリリ、と何とも言えない笑みを交わす姉妹を見つめていた父親アイゼンは、やおら口を動かした。
「ああ、ロゼッタよ、聞いてくれ」
「はい、お父様」
「おそらく耳にしているだろうが……王子ノワールが崩御した」
「……はい」
「それでな、すぐにルージュに王宮へ飛んでもらったのだ」
そこで、ルージュが手を軽く掲げる。おもむろに金髪をかきあげ、真摯な眼差しをロゼッタに向けた。
「ここからは私が話します。お父様」
うむ、とアイゼンは頷いた。
一歩だけ前にでたルージュは淡々と語り始めた。
「ロゼ、あなたは婚約は継続です。よって王宮に嫁いでもらいます」
「……ということは?」
「ええ、つまり、ラムス王子の妻となってくれないかしら?」
喜んで承ります、といったロゼッタは頭を下げた。
──やった! 何もかも思い通りだ! ハハハハッ!
あ、いけない、いけない。油断すると心の笑い声が漏れそうだ。ここは一つ、芝居をしておこう。
「でも、お姉様はどうするのですか? 婚約者がいなくなってしまいました」
ふふ、とルージュは不敵な笑みをこぼした。
「私にはもともと他に好きな人がいるので、いいのですよ」
「え? そうなのですか?」
はい、と答えたルージュの顔は赤く染まっていた。
──か、可愛いじゃない。こんな初々しい姉を見たことはない。てっきり、姉は恋なんてできないと思っていたのに、乙女らしい顔ができるのね。
「お姉様、その好きな人って誰ですか?」
ルージュは人差し指を唇にあてた。
「秘密です……」
ええ!? といってロゼッタは肩を落とした。
「うふふ、まあ、これでよかったじゃないですか。ロゼはラムス様と幸せになってね」
「……は、はい」
──なぜだ、なぜだ、なぜだ?
なぜ、姉はこんなにもわたしに優しい。
怖い、怖い、怖い!?
つい先日まで、わたしは姉を殺そうとしていた。それなのに、姉はずっとわたしに優しい。思えば、子ども頃からそうだ。姉から怒られたことは一度もないし、近所のガキ大将からいじめられたときも、すぐにわたしを守ってくれた。ドラゴンが領地を襲った惨劇のときも、わたしを抱いてくれていた。
──そうだ、ずっと、ずっと、姉はわたしの味方だった。
おそらく、これからもずっと……。
バカだ。
わたしは大バカだ!
わたしは、もう泣くことしかできない。とても芝居など、できない。
「お姉様っ!」
ロゼッタはルージュに抱きついた。
「ごめんさない、ごめんなさい」
「あらあら、何を謝っているの?」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「おかしな、ロゼね……」
ルージュは泣き止まない妹の頭を、よしよしと優しくなでた。ピンク色の髪がふわふわと揺れている。
「うわぁぁぁぁ、お姉様っぁぁぁ!」
ロゼッタの泣き声はアルティークの屋敷じゅうに響いた。廊下を走り、階段をあがり、ルージュの部屋の壁をすり抜ける。部屋のなかには、一枚の絵画が置いてあった。崖崩れが起きた情景、それに大きな岩が描かれた絵画だ。
──ロゼッタがこの絵画を見たら、何を連想するだろうか?
と、シオンは思考せざるを得なかった。
それほどまでに、ルージュが裏で画策したことが、ロゼッタにとって最善であり、幸福な未来に繋がっていたのだ。だがロゼッタはそのことを知らない。この先も知ることはないだろう。
ロゼッタ……。
彼女の素性は本当のところ孤児で、実の両親が行方不明である可哀想な女の子、それなのに。ロゼッタはそのような事実を知ることなく、今までずっと幸せな生活を送っている。
そして、これからもずっと。
泣いているロゼッタの涙は、やがて嬉し涙に変わるだろう。
こんなにも妹思いの姉がいるのだから。世界でただ一人の優しい姉が。
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