4 / 4
4、心地よい人
しおりを挟む毎日をのんびり過ごしていて、ハンスさんのお兄さんとお会いしてから、もうすぐ2ヶ月近いでしょうか?
ほんの少しずつではありますが、絵の腕も上がってきて練習が楽しくなってきています。
相変わらずハエトリソウちゃんは可愛いですから、かわいく描くために頑張って練習しているのです。
しかし、私にとって一番来て欲しくなかった手紙が、手元に届いてしまいました。
『ハンス・メルケンスとの結婚が決まった』
ついに、私の結婚が決まってしまいました。
しかも、何の偶然か名前が「ハンス」さんです。
よくある名前とはいえ、彼を思い出してしまいますのであまり嬉しくはありませんね。
メルケンス家といえば、王都でも有名な商家です。
財力も他国へのコネも充分に持っていますから、父が私の結婚相手として選んだのも納得です。
「ハンス」さんは次男のようですから父としては妥協した方でしょう。
私は婚約破棄された半出戻りの上にそこそこ年もいっていますからね。
この手紙には、今後の詳細は書かれていませんでしたがそのうち決まるでしょう。
双方の家の都合で日取りなどは決まりますので私の都合などは気にして貰えません。
いつ王都へ行くことになっても良いように、ハンスさんに報告しに行きましょうか。
かれこれ半年近くお世話になっていますから。
「こんにちは。少しよろしいですか?」
食虫植物たちに水をやっていたハンスさんにそう声をかけると、ジョウロを近くの台に置いてこちらの話を聞く姿勢をとってくれます。
私の真剣さが伝わったのでしょうか。
「今朝、実家からの手紙が届きまして。
私は結婚せねばならないようです。王都に呼び戻されるかもしれません」
とてもとても嫌なことですが、思い切って言い切ったのに。
何故かハンスさんはキョトンとした顔をしています。
「……結婚?俺も……」
そう言って倉庫の方へ消えていきました。
彼は、『俺も』と言っていました。
同じタイミングで結婚が決まったのでしょう。
彼もそれなりの年齢ですし、仕方の無いことだと思います。
ですが、出来れば知りたくなかったとも思います。
だって、私は、ここでの楽しかった思い出だけを持ってこれからの一生を過ごさなければならないのですから。
しばらく待っていると、何か書類を持って戻ってきました。
「……これ、君……?」
こちらに向けてくれましたので読んでみると、確かに私の名前です。
しかも、
「えっ、結婚相手ですか!?」
そう、この手紙は間違いなく、ハンスさんに当てられた結婚命令で、相手は、私、だったのです!!!
「…………ぅん」
ハンスさんは顔が赤くなりやすい人ですが、これまでに見たことがないほど真っ赤になっています。
「あの、ハンスさんの苗字は『メルケンス』ですか?」
「……はぃ」
えっ、えっ、えっ!?
と、いうことは。
私の結婚相手は、どこかの知らない「ハンス」さんではなくて、この、目の前にいる方なのでしょうか!?
おそらく私の慌てぶりが存分に伝わったのでしょう。
補足で説明を足してくれました。
「……これは、兄からの手紙。結婚、しろと……」
はい、私と、ですよね。
少しずつですが、落ち着いてきました。
「というか、ハンスさんは結婚する気がないのだとばかり思っていました」
ん?こんなことを口走る時点で、まだ落ち着いてないのかしら?
「……結婚する気は、なかった。兄も放置してくれてたし……でも、もしも、君が相手なら……そう思うことも、あった……」
ハンスさんと出会ってから、一番長く話していると思います。
照れてしまってどうにもならない、とでも言うかのように顔を手で覆ってしまいました。
「……君には、決まった人がいるだろうと。家が決めるだろう……?それに、性格もこんなだから……」
言い淀む彼の気持ちもよく分かります。
私だって、彼との未来があるなんて考えもしなかったのですから。
おそらく、王都の父とハンスさんのお兄さんの間には、それなりにお互いの策略があってのことだと思います。
私は半分出戻りで厄介者、彼もここに閉じこもっている人。
お荷物2人をくっつけて、それで双方の家が縁続きになれば利益があると思ったのでしょう。
ですが、そんな策略なんて、正直に言ってどうでもいいのです。
私は人生で初めて父に感謝してるのですから。
私とこの人を結んでくれたのなら、あとはなんだって構いません。
「私、今、すごく幸せです。とってもとっても嬉しいです」
そんな言葉では表しきれないほど、私は本当に嬉しいのです。
「……ぅん。ありがとう」
躊躇いがちに、壊れ物に触れるかのように頭を撫でてくれました。
子ども扱いみたいだけど、きっと彼にとっては精一杯の愛情表現なのだと思います。
手のひらから、じんわりと優しさが伝わってくるようで、とてもあたたかい気持ちにさせてもらえます。
ずっとずっと、こうしていたいくらいです。
でも、結婚するのですから、ずっとこうしていられるのだと、ふと気づきました。
いつかは終わる関係だと知っていましたから、踏み込み過ぎないようにと思う気持ちが、いつもどこかにありました。
それでも、彼と食虫植物の魅力に抗えずに毎日通っていたのです。
現実を見ないふりして逃げていた私たちでも、幸せの神様は助けてくださいましたね。
***
私たちの間には、物語のように燃え上がる恋はありませんでした。
けれど、こんなにも一緒にいて心地よい人と出会えて、そしてこれからも生きていけることは、これ以上ない幸せなのだと思います。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
王宮メイドは今日も夫を「観察」する
kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」
王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。
ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。
だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……?
※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る
小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」
政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。
9年前の約束を叶えるために……。
豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。
「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
氷の王弟殿下から婚約破棄を突き付けられました。理由は聖女と結婚するからだそうです。
吉川一巳
恋愛
ビビは婚約者である氷の王弟イライアスが大嫌いだった。なぜなら彼は会う度にビビの化粧や服装にケチをつけてくるからだ。しかし、こんな婚約耐えられないと思っていたところ、国を揺るがす大事件が起こり、イライアスから神の国から召喚される聖女と結婚しなくてはいけなくなったから破談にしたいという申し出を受ける。内心大喜びでその話を受け入れ、そのままの勢いでビビは神官となるのだが、招かれた聖女には問題があって……。小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる