婚約破棄された令嬢は、変人画家と食虫植物を愛でる

ことりとりとん

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4、心地よい人

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 毎日をのんびり過ごしていて、ハンスさんのお兄さんとお会いしてから、もうすぐ2ヶ月近いでしょうか?

 ほんの少しずつではありますが、絵の腕も上がってきて練習が楽しくなってきています。
 相変わらずハエトリソウちゃんは可愛いですから、かわいく描くために頑張って練習しているのです。


 しかし、私にとって一番来て欲しくなかった手紙が、手元に届いてしまいました。

『ハンス・メルケンスとの結婚が決まった』

 ついに、私の結婚が決まってしまいました。
 しかも、何の偶然か名前が「ハンス」さんです。
 よくある名前とはいえ、彼を思い出してしまいますのであまり嬉しくはありませんね。

 メルケンス家といえば、王都でも有名な商家です。
 財力も他国へのコネも充分に持っていますから、父が私の結婚相手として選んだのも納得です。
「ハンス」さんは次男のようですから父としては妥協した方でしょう。
 私は婚約破棄された半出戻りの上にそこそこ年もいっていますからね。

 この手紙には、今後の詳細は書かれていませんでしたがそのうち決まるでしょう。
 双方の家の都合で日取りなどは決まりますので私の都合などは気にして貰えません。

 いつ王都へ行くことになっても良いように、ハンスさんに報告しに行きましょうか。
 かれこれ半年近くお世話になっていますから。

「こんにちは。少しよろしいですか?」

食虫植物たちに水をやっていたハンスさんにそう声をかけると、ジョウロを近くの台に置いてこちらの話を聞く姿勢をとってくれます。
私の真剣さが伝わったのでしょうか。

「今朝、実家からの手紙が届きまして。
私は結婚せねばならないようです。王都に呼び戻されるかもしれません」

とてもとても嫌なことですが、思い切って言い切ったのに。
何故かハンスさんはキョトンとした顔をしています。

「……結婚?俺も……」

そう言って倉庫の方へ消えていきました。


彼は、『俺も』と言っていました。
同じタイミングで結婚が決まったのでしょう。
彼もそれなりの年齢ですし、仕方の無いことだと思います。

ですが、出来れば知りたくなかったとも思います。
だって、私は、ここでの楽しかった思い出だけを持ってこれからの一生を過ごさなければならないのですから。

しばらく待っていると、何か書類を持って戻ってきました。

「……これ、君……?」

こちらに向けてくれましたので読んでみると、確かに私の名前です。

しかも、

「えっ、結婚相手ですか!?」

そう、この手紙は間違いなく、ハンスさんに当てられた結婚命令で、相手は、私、だったのです!!!

「…………ぅん」

ハンスさんは顔が赤くなりやすい人ですが、これまでに見たことがないほど真っ赤になっています。

「あの、ハンスさんの苗字は『メルケンス』ですか?」

「……はぃ」

えっ、えっ、えっ!?

と、いうことは。
私の結婚相手は、どこかの知らない「ハンス」さんではなくて、この、目の前にいる方なのでしょうか!?

おそらく私の慌てぶりが存分に伝わったのでしょう。
補足で説明を足してくれました。

「……これは、兄からの手紙。結婚、しろと……」

はい、私と、ですよね。
少しずつですが、落ち着いてきました。

「というか、ハンスさんは結婚する気がないのだとばかり思っていました」

ん?こんなことを口走る時点で、まだ落ち着いてないのかしら?

「……結婚する気は、なかった。兄も放置してくれてたし……でも、もしも、君が相手なら……そう思うことも、あった……」

ハンスさんと出会ってから、一番長く話していると思います。
照れてしまってどうにもならない、とでも言うかのように顔を手で覆ってしまいました。

「……君には、決まった人がいるだろうと。家が決めるだろう……?それに、性格もこんなだから……」

言い淀む彼の気持ちもよく分かります。
私だって、彼との未来があるなんて考えもしなかったのですから。


おそらく、王都の父とハンスさんのお兄さんの間には、それなりにお互いの策略があってのことだと思います。
私は半分出戻りで厄介者、彼もここに閉じこもっている人。
お荷物2人をくっつけて、それで双方の家が縁続きになれば利益があると思ったのでしょう。

ですが、そんな策略なんて、正直に言ってどうでもいいのです。
私は人生で初めて父に感謝してるのですから。
私とこの人を結んでくれたのなら、あとはなんだって構いません。

「私、今、すごく幸せです。とってもとっても嬉しいです」

そんな言葉では表しきれないほど、私は本当に嬉しいのです。

「……ぅん。ありがとう」

躊躇いがちに、壊れ物に触れるかのように頭を撫でてくれました。
子ども扱いみたいだけど、きっと彼にとっては精一杯の愛情表現なのだと思います。
手のひらから、じんわりと優しさが伝わってくるようで、とてもあたたかい気持ちにさせてもらえます。

ずっとずっと、こうしていたいくらいです。

でも、結婚するのですから、ずっとこうしていられるのだと、ふと気づきました。


いつかは終わる関係だと知っていましたから、踏み込み過ぎないようにと思う気持ちが、いつもどこかにありました。
それでも、彼と食虫植物の魅力に抗えずに毎日通っていたのです。

現実を見ないふりして逃げていた私たちでも、幸せの神様は助けてくださいましたね。


***


私たちの間には、物語のように燃え上がる恋はありませんでした。
けれど、こんなにも一緒にいて心地よい人と出会えて、そしてこれからも生きていけることは、これ以上ない幸せなのだと思います。

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