新月を追って

響 あうる

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第1章

【1話】それは突然に…

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 それは春うららかな午後だった。昼休みを挟んで始まった午後の授業は眠りを誘い、例にもれなく外村も頬杖をついたままうつらうつらとしていた。
 不意に、強い突風が窓ガラスを鳴らし、つられて目を外へ向けた。桜の花びらが風にさらわれて宙を舞っていた。
 ぼんやりそれを眺めていると、ふと、グラウンドにいる体操着の生徒たちにピントが合った。体操着に入ったラインの色が新入生であることを示していた。



ーーーもう、そんな季節か

 なんとなく見回して、そろそろ黒板に視線を戻さなければと思った。その時だった。





ーーーガタガガガッ

 大きく耳障りな音を立てて、外村は机に手をつき、立ち上がっていた。そして、驚きを隠せない顔でグラウンドを凝視していた。


ーーー嘘、だろっ





「外村、どうした」

 クラス全員の視線に外村は気付かない。壇上で教科書を開く教師が、仕方ないといった風にため息を吐き、尋ねた。全員の視線が、外村の返事を待つ。
 外村は教師の声に我に返り、バツが悪そうに、


「あ…すいません。…なんでもないです」

 外村が何事もなかったようにストンと椅子に座ると、教師はゴホンっと咳払いをし、


「今は授業中だ。…集中するように」

と、眼鏡を押し上げ背を向けた。黒板に白いチョークで字が書かれていくのをチラリと見ると外村の目線は、またグラウンドの彼に注がれた。




ーーーなんで、そんな…ありえない。

 球技をしていてどうやら点を入れたのだろう、喜び合う彼は、外村の目には“あの人”にしか見えなかった。湧き上がる感情を抑えるように胸元をグッと握りしめた。



 


 居ても立っても居られない気持ちと、知るのが怖い気持ちが綯い交ぜになって、結局何もしないままだったが、彼の事はすぐ知る事になった。


「同じく、新入生の中西 敦志です。××から来ました。ポジションは…」

 しかも、同じサッカー部。希望に満ちあふれた瞳で辺りを見回し、言葉が紡がれていく。だが、それは途中から外村の耳には届かなかった。
 ただただ、目が離せなくて見つめていた。


ーーー違う名前…当たり前か

 そう、そんなわけはない。“あの人”はとうの昔に居なくなった、もう二度と会えないはずの人だ。いるはずがないのだ。
 いつの間にか、新入生たちの自己紹介は終わっていて、監督が何か指示を出したらしく、全員が揃って返事をしていた。
 大きな音に我に返り、着替えるためにロッカーに向かう。そして、ロッカーを開け着替えていると


「あ、はじめまして」

 不意に目が合ったと思った時には、笑みを浮かべた彼の口からするりと言葉がこぼれた。途端に、ヒクッと外村の眉間に力が入った。



ーーーその顔で、それを言うのかよ

 自分勝手な怒りを抑えながら、外村はあぁ、とだけ答えてロッカーをカチリと閉めた。そして改めて


「はじめまして、ようこそ…サッカー部へ」

 握手を求めて右手を差し出した。すると、彼は微笑んだ瞳をいっそう細め、眩しさのような嬉しさのような表情で


「先輩とサッカーするの、楽しみです。よろしくお願いします」

 と右手を差し出してきた。その表情に、少し呆気に取られていた外村は思い出したように手を握った。触れた手から伝わる体温を感じながら



ーーーダメだ、もう…

 違うと分かっている。分かっているのに、ザワザワと胸が戦慄いた。“あの人”が、ずっと欲しかった。
 握手を終え、踵を返し遠ざかる背中を見つめ、湧き上がる欲を抑えるように目を閉じた。
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