新月を追って

響 あうる

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第2章

【30話】皮肉な運命

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 次の日の朝、学校の校門の前に敦志の姿があった。登校する生徒がぞろぞろと敦志の横を通り過ぎていく。外村の命令に従って来てはみたもののやはり気が進まない。
 頭では分かっている、学校に行かなくてはと。でも身体がピクリとも動かない。逃れたくて溜め息が出た。



「なっかにっしちゃーん」

 そんな時、敦志の沈み込んだ心を吹き飛ばすような能天気な声が聞こえて敦志が振り返る前に後ろから両肩を押されて、押されるままに敦志は一歩前に出てしまった。


「ま、松島さんっ?!」
「なにボーっとしてんの?早く行こ行こ」

 慌てて振り返ってその名を呼ぶと「遅刻しちゃうよ」と、再び背中を押されて敦志はとうとう校門をくぐってしまった。少し強引だなと思いながらもその強引さがなければ入れたかどうか分からなかった。



「ありがとうございます」
「へ?」
「…なんか助かりました」

 なんだか嬉しいような気分になりながら笑みを浮かべて礼を述べると、松島は改めてジッと敦志を見て



「どうしたの?それ」
「…え、っっ」

 松島が噛まれた方の耳に触れようと手を伸ばしてきたので、敦志はつい反射的に首元の傷を押さえてしまう。その事で、昨日した事を思い出して、カアッと真っ赤になって俯いてしまった。


――――中西ちゃん、それ昨日ヤリましたって言ってるようなもんじゃーん

 その反応に、あーっと松島は片手で頭を抱える。
その跡をつけたのが誰か察しがついたし、“俺のもの”だと挑発されている気がした。
出来るなら今すぐ全部上書きしたいくらい、イライラしたがそんな事、おくびにも出せない。
 はーっとため息を吐いた後、


「…ごめんね、痛そうだったから…大丈夫?」

 眉をハの字にして、心配している声色で伝える。
敦志ははじかれたように視線を上げ、松島を見つめ返すが、心配されてるとわかっていても、昨日あったことは口には出来ない以上、押し黙ってしまう。


「今もさ、校門の前で悩んでるみたいだったから…俺!相談乗るよ?」
「ぁ、いいですっ気持ちだけで…十分です」

 いつまでも答えない敦志に痺れを切らし、松島がすごく心配した様子でまくしたてる。敦志は慌てて両手を振って断った。
 松島の心配は嬉しかったが、全てのはじまりのあの日、松島は笹山や外村たちと一緒にいたのだ。心のどこかで未だ信用しきれていなかった。


「わかった…でもいつでも相談乗るからね」

 残念そうに少しばかり唇を突き出していた松島は思い出したようにそう告げ、にっこり微笑んだ。敦志はつられて口角を上げて笑みを作ると軽く礼を述べた後、靴を内履きに替えて教室へと急いだ。










「なに見てるんだ?」

 そんな様子を教室のベランダから見ていた直哉に教室側から外村が声をかけた。
 直哉はその呼びかけに少し驚いたような表情で振り返り、


「暇で外見てたら中西が来てて」

 風邪治ったんだな、と本当に良かったと笑みを浮かべる直哉の隣に外村もやってきてベランダの手摺にもたれかかり外を眺める。
 丁度、敦志が松島と向かい合って何か話しているのを見ていると急に敦志が赤くなって俯く。


――――昨日の今日で、他の奴にそんな顔すんのかよお前…

 “俺のもの”と跡をつけたところで、敦志には自覚はない。だから、あんな風に他の男に隙を見せるし、抱かれたりするのだ。
 焦燥感ばかりが、外村を苛む。


 ぼんやり見ていると2人が笑みを浮かべて別れ、急いで校内に入っていくのが見えた。
 外村は大きく目を見開いて決めた。
その瞳も、心も、笑みも何一つ、外村のものではないと思い知らされるみたいで、だから

直哉との関係おまえのだいじなものを壊すと…。



――――だから、早くココまで堕ちてこいよ



 


 外村が何も話さないので、2人の間に漂った沈黙に気まずくて直哉が教室に戻ろうと踵を返しかけたとき、外村はぽつりと呟いた。


「あいつ…松島さんとヤってるんだってな」

 鼻で笑う音が直哉の耳に大きく届いた。思わず、え?と今聞いた言葉が信じられなくて呟いた。
 確かにここは男子校で、男相手に恋愛感情を抱く者もいる。大概は片思いで終わるのだが稀に両想いになり付き合いだす者もいた。だから別に敦志と松島がそういうことをしたとして不思議はない。
 仲の良い先輩と後輩が男同士で付き合っているし、偏見はなかったつもりだ。けれど明らかに直哉は嫌悪感に似た感情で胸が苦しくなり、出来ればそれが聞き間違いだと嘘だと外村に言ってほしかった 。

 なぜだかドキドキと緊張しながら言葉を待つ直哉に外村は向き直ると意地の悪い笑みを浮かべて、


「だから、中西って松島さんとヤってんだって」

 お前も知ってんだろ?最近仲良いじゃん、と外村に告げられると直哉は反論できなかった。
 確かに松島と敦志は最近よく一緒にいた。しかも松島は自分の気持ちを隠さないのでサッカー部員の誰もが松島が敦志に好意を抱いていると知っていた。
 そんな松島と敦志が一緒にいるところが目につくため、付き合ってるとか噂になっていた。


「でも、ヤってるは言いすぎじゃないか?」

 喉がひっつきそうだったがようやく直哉は口を開いた。普通にしゃべったつもりだったが口元が引きつってしまったのに自分で気づいて言った後、隠すように唇を拭って外村から顔を背けた。

「言いすぎじゃない」

 吐き捨てるように言って、外村は嘲笑うような笑みを浮かべて見たんだと告げた。
 そして思わず外村の方に再び向き直った直哉に残酷に告げた。まるで傍観者のように。


「奥野が見たんだ」

 他の奴ともヤってんじゃねぇか?などと、さも呆れたように次々言葉を紡いでいく外村に直哉の思考回路が追いつかない。いや、理解したくなかったのかもしれない。


「そんなの、本当かどうか…わかんないだろっ」

 直哉は気づいたときにはそう言って避けるように外村から顔を反らしていた。そんな直哉におや、と眉を上げた外村は、信じないんだと呟き、少し傷付いたとでも言いたげなニュアンスで呟いた。


「人づてに聞いた話で決め付けていいようなことじゃないだろ…」

 そう消え入りそうな声で呟いた直哉は苦々しい表情をしていた。実際見たわけでもないのだからただの噂かもしれないし、鵜呑みにして信じるのはダメだ。そう言い聞かせながらも一度湧き出た疑いは直哉の敦志を見る目を曇らせた。
 やがてチャイムが鳴って教室に引き揚げる直哉を外村が満足げに笑いながら見ていた。
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