新月を追って

響 あうる

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第2章

【31話】皮肉な運命

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 敦志が学校に行くようになって数日後、なんだかモヤモヤした気分で敦志はグランド脇にある部室に向かっていた。
 暫く行っていないと、また顔を出すのはえらく緊張するものだ。休んだ自分が悪いとは言え、他人から非難されるのはまた辛い。恐る恐る手を伸ばして部室のドアを開けた


「失礼しまーすっ」

 そう言って中に入ると、中の部員は全員静止ボタンを押されたかのように音もなくじーっと敦志のほうに視線を集中させた。
 敦志はその視線にたじろぐ


「中西っもう風邪はいいのか?」

 そんな張り詰めた空気を打ち破ったのはキャプテンの清澤だった。これぞスポーツ少年という感じのさわやかな笑顔を浮かべながら清澤はバンバンと敦志の肩を叩いてきた。
 叩かれるまま、あぁはいとか応えていると先輩たちが何人か敦志の周りに集まってくる 。


「お前しっかりしろよな~」
「中西ちゃんっ」

 先輩の一人に肩をポンと叩かれていると急に割って入ってきた松島にギュッと抱きしめられた


「ま、松島さん!?」

 その瞬間、部室は呆れたような声と口笛の高い音が囃し立てた。敦志がみんなに見られているということにたじろいでしまい、とにかく松島の身体を押し離しながら


「離れてくださいよ」

 困ったように言うと松島はしょうがないな~と離れてくれた。助かったとホッと胸を撫で下ろす敦志はその場の全員に松島とそういう関係なのだと誤解されたことに気づいていなかった


「あ!そうだ…中西これ」

 清澤が突然大きな声を上げて、それから背を向けるとロッカーを漁りだす。驚いた顔のままその背中を見ていた敦志の目の前に、やがて蛍光色の布が差し出された。
 それは紅白戦で使われるビブスだった。受け取りながら未だ不思議そうな顔をしている敦志に


「今日、紅白戦やるんだよ!中西来て良かったな」

清澤はにっこり笑って付け足した。


「あーっ中西ちゃん俺と違うチームじゃんっ」

 隣に未だ居たらしい松島が敦志のビブスを摘み上げ、その色を見て唇を突き出しながら不満げに清澤に言った


「しょうがないだろっ」

 レギュラー組の松島とサブ組の敦志は一緒の組にはなれないのだ
未だ不満げな表情のまま松島は敦志に向き直り両手を肩に置いた。そして


「大丈夫、中西ちゃんは俺が守るから」
「松島っ」

 松島の突然の宣言に敦志が驚く前に清澤から呆れたような咎める様な声が発せられた。ますますムスッとしかける松島に


「ま、松島さんっダメですよ」

 そう、松島はデフェンダー。フォワードの敦志を体を張って阻まなければいけない役割だ


「でも俺…中西ちゃん傷つけるのやだし」

 松島は何故だか照れくさそうに目を反らした


「安心しろよ、俺がぜってぇ突破させねぇし」

 それからすぐ笹山がどこからともなく表れて機嫌良さそうに笑いながら松島の肩を抱いた。
 なんだよ、と少し怒った口調でその腕を振りほどきながら松島が笹山を見る


「笹山には余計任せらんないって!」

 だったら俺がやるとか言い出す始末。少しばかり口げんかの様相の二人を敦志はぼんやり見ていたが後から来た依月に


「着替えないの?」
「え?あぁっ着替えなきゃっ」

と訊かれ、思い出したように自分のロッカーに行った


「中西ちゃーんっあれ!?」

 暫くして松島が振り返ったときには敦志は既にいなかった。キョロキョロして奥のほうに敦志の姿を見つけると松島はほっと胸を撫で下ろした

「なぁ松島」
「なんだよ!」
「別にさ俺らがどうこうの前に外村がいんじゃん」

 ディフェンスラインまでこれたら良いけどな、と嫌味ったらしく耳元で言う笹山の声に松島は自然と外村へと目を向ける。外村は相変わらずの冷たい眼差しで敦志を見ていた 。




 ストレッチや走り込みなど、入念なウォーミングアップの後紅白戦は行われた。先攻、後攻を決めるジャンケンで敦志たちのチームは勝っていた。
 目を向ければ真ん中に置かれたボールにそれを押さえる様に足を乗せる直哉が直ぐ側にいた。
 敦志は興奮と緊張、それと同時に失敗して直哉に使えないと思われたらという不安が綯い交ぜになって心拍数を上げて冷や汗をかかせる


―――…どうしよう、でも…やるしかないんだ






―――ピーーッ

 ホイッスルの甲高い音が始まりを告げた。その瞬間、思考はシンプルに統一される。直哉から蹴り出されたボールに追いつくように走り出した。素早い動きにレギュラー組は一瞬、反応が遅れてしまった。
 その隙をついて何人か抜くとあっという間にディフェンスラインにたどり着いた。


「なにやってんだよ!」

 笹山の怒号が聞こえる、だけど今の敦志が怯むことはなかった。あっという間に笹山が距離をつめてきて立ちはだかった。
 動きを読まれて右にいくも左にいくもできないまま足止めされ、あっという間にレギュラー組の反応が遅れた人たちが追いついてきて自分のなすべきことをするために位置につく、増した圧迫感にパスを出そうと周囲を見渡そうとした瞬間


「あっ」

 ボールはまるで魔法のように笹山の足に攫われていってしまった。気づいたときには笹山は敦志から奪ったボールをドリブルしてゴールに向かって走り出していた。


「バカ!あがんな!適当にパスして帰って来いっ」

 そんな笹山の背中に松島は罵倒を浴びせかけていた。だがボールを持った笹山は楽しそうな顔のまま、まるで何も聞いちゃいなかった。 

 3バックのレギュラー組は笹山のせいで2バックになっていた。今は笹山がボールを持っているし外村がカバーにきているから良いがカウンターとか来たらどうするんだと松島は不機嫌そうにしながら笹山につられて戻っていく敦志の背中を見ていた。
 走って、風になびいていた髪が立ち止まると同時に元に戻り、横を向いたせいで見える顔には汗が滲んでいた。それだけでも心臓が高鳴るのに不意にちらりと敦志が視線をこちらに向ける。
 恐らく敦志のことだから他意はなく、ただ後ろを振り返っただけだろう。松島を見たわけではない、だが松島は射抜かれてしまった。激しい欲望に理性を飲み込まれかける。
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