新月を追って

響 あうる

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第2章

【35話】皮肉な運命

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「直哉?」 

 部活が終わって、部室で着替えていると直哉は突然声をかけられた。驚いて顔を上げると、声の主は外村だった。
 その姿を見て更に驚く。声色もそうだったのだが今目の前にいる外村は普段の自信ありげで生意気とも取れる笑みさえ浮かべていない。どこか沈んだ表情で、不安げに見つめてくる。


「どう、かしたのか?」
「結局…中西戻ってこなかったな」

 直哉の問いに外村はうなずいて、そんなことを呟いた。そういえばそうだったなと外村の言葉に軽く部室を見回して直哉もあぁ、とだけ返事をした。


「なぁ、そんな酷い怪我だったか?」
「えっ?…さぁ…」

 突然、心配からか必死な表情と声色で外村はそう言い、勢い余って直哉の制服の腕の部分を掴んできた。腕をつかまれ、うろたえながら直哉は記憶を辿ってみるものの、あの場面だけでは敦志の怪我の具合など推し量れるわけがない。


「でも、歩けてたし…そんな大怪我じゃないと思うけどな」
「そう、だよなぁ…でも長すぎるもし…大怪我だったら俺…」

と溜め息を吐いて、片手で頭を抱える外村。
 直哉にとっては外村という人間はクラスメイトで同じ部活というだけだ。別に酷いことをされたこともないから掛ける言葉はおのずと決まっていた。


「心配…するなよ? 大丈夫だって」 

そう直哉は外村の肩をポンと叩いた。
 慰めるつもりでいる直哉の見えないところで外村はニヤッと口角を釣り上げて笑った。


「俺もそう思うけど…やっぱりこのままじゃモヤモヤして」 

 そう呟いてから外村は突然ガバッと顔を上げた。顔を上げた頃には先ほど一瞬浮かんだ笑みなど跡形も無く、不安げに揺れた瞳で、 


「直哉……俺、中西に謝りたいんだでも、一人じゃ勇気が出なくて……なぁ? 一緒に保健室、行ってくれないか?」

 人の好い直哉にこの時、なにが悟れただろうか? 目の前の不安げなチームメイトをただほっとけなくて、宥めるような笑みを浮かべて、あぁいいよとうなずいていた。
 その先に何が待っているか知りもせずに 







 放課後の校舎は薄暗く、静かだった。時折窓から差し込む光で茜色に染まっている。
 普段あれだけいる人が一人もいないせいか物悲しくさえ感じた。静寂が言葉を発するのをはばかられたこともあるが保健室へ向かう途中、二人は無言だった

 キュッキュッという上履きが床を擦る音だけが時折するだけ耳に届く。だが角を曲がり、廊下の先に保健室という状況になったとき、直哉の耳には微かに聞こえたのだ。


―――声が

 思わず立ち止まってしまい、一歩先に出てしまった外村が怪訝そうに振り向いた。直哉?と呼ばれ、あぁ悪いと直哉は再び足を踏み出した。まだ声は微か過ぎて錯覚だったのかもしれないとさえ思った。
 だが足を進めるたびに保健室に近づくたびに声は大きくなる。
 次第に直哉にはわかってしまった。性行為をしてる喘ぎ声だと、そして声の主も恐らく


「もう、いい…引き返そう?」 

 再び立ち止まり、そう苦々しいものを吐き出すように振り返って言う直哉に外村は、また不安げな目をした。


「何言ってんだ、ここまできて俺…謝んなきゃ、気すまねぇよ」
「外村っお前…聞こえないのか?」
「聞こえる?なにが?」 

 外村の気持ちは十分わかっているつもりだったが直哉はつらそうに俯いてようやくそう告げた。だが外村はまるでなんのことだという態度をとった。そう言われると、直哉は自信を失った。


―――じゃあなんなんだ?空耳?…こんな空耳があるもんかっ


 そう思いながら、ゆっくりと足を進め始めた。先に進みたくないあまりにのろのろ歩き出した直哉に外村は軽く溜め息をついて先に進んだ。
 本当はもちろん、外村にも聞こえていた。むしろ自分の見込んだとおり松島が敦志を抱いたことにまるでゲームに勝ったかのような高揚感すら感じた。
 それと同時に底冷えするような怒りが沸き上がる。だがすぐに、そう仕向けたのも、敦志を快楽に抗えないカラダにしたのも自分なのだと気付き、人知れず自嘲して笑う。
 そして、保健室の前にたどり着くと扉を開けようと手を伸ばしたが、その手は扉を開けることはなかった。
 きつい力で直哉に引き止められたのだ。目の前の扉から直哉に視線を向けると 


「いいかげん、しろよっもう…聞こえてるだろ?」
「あぁ…だけど俺も信じたくなくてな、ちょっとだけ見ようと…」
「やめろよっそういうの…」 

 外村は一瞬嘲笑うような笑みを浮かべて、それから直哉を哀れむように見た。


「あーぁ、やっぱ本当だったな」 

 その外村の呟きに、弾かれたように手を離し直哉は背を向けて元来た道をツカツカと戻り始めた。慌ててそれを追いかける外村。


「待てよ、つきあわせて悪かった……まさかあんなことなってるなんてな…謝ろうとして、俺バカみてぇだな」

 そう自嘲する外村の声も直哉には届いていなかった。ただ何か分からないが胸を塞ぐ嫌な気分から、そしていまだ耳に入ってくる声から逃れたい、それだけが直哉の頭を支配していた。
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