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229.大公と旅人と永久脱毛〜ルドルフside
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「ああ、君に話しているのはもちろん問題ないからだよ。
アドライド国の幹部達には既に知られているし、私に何かあってもこの国には何の問題もないんだ。
何せグレインビル侯爵の邸で倒れたからね。
吹聴されたくはないけど、だからといってあの侯爵がかつての我が国のようにフロルエラ領へ紛争を仕掛けるなんて事がないって確信してるし、グレインビル領主として彼はむしろヒュイルグ国の発展を望んでいるはずだ。
余計な紛争がなくなったんだからね」
どう返事をすべきか迷う俺に大公は微笑む。
「愛娘のグレインビル嬢が我が国にわざわざ足を運び、この国での言動を見聞きしていてもそれはわかる。
我が国が昔のようになってまず真っ先に被害を受けるのはグレインビル領だからね。
幸い今のヒュイルグ国は弟が領主をしていた頃と違って全ての領が飢饉に喘ぐ程の貧困からはあらゆる意味で脱したし、無理な要求を領主へ突きつける国王や重鎮達もいない。
それに私に何かあっても私の妻はできる女だ。
子供が成人するまで領としても問題ないよ。
何より妻の祖国である隣国ナビイマリ国との関係も良好だし、昔の伝染病を食い止めたのは当時の領主だった弟だから、この国そのものにも恩がある。
王女だった妻と私が婚姻を結んだのもそうした背景が要因の1つである政略結婚だ。
ここ10年程で起きた隣国の事だから、それは王子も知っているんじゃないかな?」
「それは、まあ王子教育の際に」
チラリと目線を後ろに投げかけられてジャスも頷く気配がする。
どうやらジャスが何者でどういう責務を背負っているかを知っている様子だ。
「だからといって私達の間には愛情もあるんだ。
王子教育の知識としてそれも書き加えておいて欲しいね」
「のろけだから必要ないよ」
レイがすげなくつっこむ。
「····ノーコメントとしておこう。
それで、心臓はそんなに悪いのか?」
「いつ止まっても不思議じゃないみたいだね。
グレインビル侯爵の邸で倒れた時は幸いにも令嬢が対処してくれてね。
侯爵夫人も心臓を患っていたらしいけど、その時の薬が残っていたからそれを飲ませてくれたんだ」
「薬?
そんなものが存在しているのか?」
「その薬はたまたま領を訪れた旅の誰かしらから貰った薬らしくてもう無いみたいだね。
とはいえグレインビル嬢は心臓を患っていた母君の最も近くで過ごしていた令嬢だろう?
何かがあれば緊急の対処も早いし、それに食事管理なんかもしてくれててね。
私が自領にいるとどうしても動いてしまうのもあって、令嬢が城に滞在している間だけはせめて共に滞在して欲しいと陛下にお願いされたんだよ」
そういえば心の妹は誘拐された時も刺されたシルの手術をしたくらい医学の知識があったな。
名にかけて秘密を誓ったからもちろん口外しないが、もしかしてその旅人が師なのだろうか。
昔、グレインビル侯爵夫人が心臓発作を起こす時に使った薬について宰相の息子のマルスイード=ルスタがレイに尋ねた事もあった。
レイは知らないの一点ばりだったが。
「レイ、その薬は本当にもうないのか?」
「無いよ。
アリーと母上がたまたま散歩中に個人的に出会った旅人なんだ。
持ってたのも僕達は聞いていなかったからね。
アリーも秘密にしておくようにって言われて貰った物だから、特に誰にも言ってなかったんだよ」
なるほど。
何となく裏はありそうだが、その薬が表沙汰になれば心の妹がまた何かに巻き込まれるだろう。
俺は立場的にも知らないままでいるべきかもしれない。
「そうか」
「おや、王子としては気にならないのかい?」
大公が興味をそそられたように国王と同じ色の目でこちらを窺う。
「気にはなるがグレインビル嬢が知らないと言うなら、仮に知っていても決して話さないだろう。
それなら知らないのと同じではないか?
何より無理強いしても良い事はないはずだ。
逆に言えば無理強いされてこなかったからこそ、大公にその最後の1つを使ってくれたのではないのか?」
俺の答えに大公は笑みを深める。
「なるほど、良く見ているね。
これはあくまで私の主観だけどね。
グレインビル嬢の気質は他人に興味関心のない冷淡なものだと思う。
だけど、冷酷ではないんだ。
むしろ数少ない執着している者にはその反動のように惜しみなく愛情を注ぐんだろうね。
そしてグレインビル嬢が執着しているグレインビル家が温かな家庭で自分を大事にしてきたからこそ、自分も家族を何よりも大事にしているんだと思う。
それには家族が大事にしている者達も含まれていて、彼らの為になら大嫌いなこの国の王や重鎮達に手を貸すくらいには温かいものだ」
「だから君達が何かにつけてアリーから搾取しようとするのを僕達は良しと思わないんだよ」
レイは大公に相変わらずの冷たい視線を投げてから、俺に向き直る。
「それはアドライド国であっても同じだよ。
君達王族にはアリーに関わってもらいたくないんだ、王子。
そして父上がアドライド国国王陛下から娘への王族接近禁止を勝ち取るくらいには、グレインビル侯爵家の総意だと考えておいて」
俺に向ける目は冷たいわけではないが、静かな威圧が漂っている。
「うっ····わ、わかっている」
「そう、ならいいけど。
アリーが望まない限りどこの王族にも嫁がせるつもりはない、ってどこぞの宰相にも常に言っておいてね。
次は僕の雷が落ちるよ?
もしかしたら歩いてるだけで雷がたまたま直撃して彼の頭皮が永久脱毛するかもしれないよ?」
「お、おう。
彼が何かしらの動きを見せる前に忠告しておくから、雷は落とすなよ。
怒るのはまだしも、物理的には絶対落とすなよ、レイ」
「頭皮の命運は君が握っていると思って慎重にね、ルドルフ王子」
くっ、少しばかり距離を詰めたい俺の兄心がバレている!
頭皮の永久脱毛か····実現すると宰相が号泣しそうだ。
アドライド国の幹部達には既に知られているし、私に何かあってもこの国には何の問題もないんだ。
何せグレインビル侯爵の邸で倒れたからね。
吹聴されたくはないけど、だからといってあの侯爵がかつての我が国のようにフロルエラ領へ紛争を仕掛けるなんて事がないって確信してるし、グレインビル領主として彼はむしろヒュイルグ国の発展を望んでいるはずだ。
余計な紛争がなくなったんだからね」
どう返事をすべきか迷う俺に大公は微笑む。
「愛娘のグレインビル嬢が我が国にわざわざ足を運び、この国での言動を見聞きしていてもそれはわかる。
我が国が昔のようになってまず真っ先に被害を受けるのはグレインビル領だからね。
幸い今のヒュイルグ国は弟が領主をしていた頃と違って全ての領が飢饉に喘ぐ程の貧困からはあらゆる意味で脱したし、無理な要求を領主へ突きつける国王や重鎮達もいない。
それに私に何かあっても私の妻はできる女だ。
子供が成人するまで領としても問題ないよ。
何より妻の祖国である隣国ナビイマリ国との関係も良好だし、昔の伝染病を食い止めたのは当時の領主だった弟だから、この国そのものにも恩がある。
王女だった妻と私が婚姻を結んだのもそうした背景が要因の1つである政略結婚だ。
ここ10年程で起きた隣国の事だから、それは王子も知っているんじゃないかな?」
「それは、まあ王子教育の際に」
チラリと目線を後ろに投げかけられてジャスも頷く気配がする。
どうやらジャスが何者でどういう責務を背負っているかを知っている様子だ。
「だからといって私達の間には愛情もあるんだ。
王子教育の知識としてそれも書き加えておいて欲しいね」
「のろけだから必要ないよ」
レイがすげなくつっこむ。
「····ノーコメントとしておこう。
それで、心臓はそんなに悪いのか?」
「いつ止まっても不思議じゃないみたいだね。
グレインビル侯爵の邸で倒れた時は幸いにも令嬢が対処してくれてね。
侯爵夫人も心臓を患っていたらしいけど、その時の薬が残っていたからそれを飲ませてくれたんだ」
「薬?
そんなものが存在しているのか?」
「その薬はたまたま領を訪れた旅の誰かしらから貰った薬らしくてもう無いみたいだね。
とはいえグレインビル嬢は心臓を患っていた母君の最も近くで過ごしていた令嬢だろう?
何かがあれば緊急の対処も早いし、それに食事管理なんかもしてくれててね。
私が自領にいるとどうしても動いてしまうのもあって、令嬢が城に滞在している間だけはせめて共に滞在して欲しいと陛下にお願いされたんだよ」
そういえば心の妹は誘拐された時も刺されたシルの手術をしたくらい医学の知識があったな。
名にかけて秘密を誓ったからもちろん口外しないが、もしかしてその旅人が師なのだろうか。
昔、グレインビル侯爵夫人が心臓発作を起こす時に使った薬について宰相の息子のマルスイード=ルスタがレイに尋ねた事もあった。
レイは知らないの一点ばりだったが。
「レイ、その薬は本当にもうないのか?」
「無いよ。
アリーと母上がたまたま散歩中に個人的に出会った旅人なんだ。
持ってたのも僕達は聞いていなかったからね。
アリーも秘密にしておくようにって言われて貰った物だから、特に誰にも言ってなかったんだよ」
なるほど。
何となく裏はありそうだが、その薬が表沙汰になれば心の妹がまた何かに巻き込まれるだろう。
俺は立場的にも知らないままでいるべきかもしれない。
「そうか」
「おや、王子としては気にならないのかい?」
大公が興味をそそられたように国王と同じ色の目でこちらを窺う。
「気にはなるがグレインビル嬢が知らないと言うなら、仮に知っていても決して話さないだろう。
それなら知らないのと同じではないか?
何より無理強いしても良い事はないはずだ。
逆に言えば無理強いされてこなかったからこそ、大公にその最後の1つを使ってくれたのではないのか?」
俺の答えに大公は笑みを深める。
「なるほど、良く見ているね。
これはあくまで私の主観だけどね。
グレインビル嬢の気質は他人に興味関心のない冷淡なものだと思う。
だけど、冷酷ではないんだ。
むしろ数少ない執着している者にはその反動のように惜しみなく愛情を注ぐんだろうね。
そしてグレインビル嬢が執着しているグレインビル家が温かな家庭で自分を大事にしてきたからこそ、自分も家族を何よりも大事にしているんだと思う。
それには家族が大事にしている者達も含まれていて、彼らの為になら大嫌いなこの国の王や重鎮達に手を貸すくらいには温かいものだ」
「だから君達が何かにつけてアリーから搾取しようとするのを僕達は良しと思わないんだよ」
レイは大公に相変わらずの冷たい視線を投げてから、俺に向き直る。
「それはアドライド国であっても同じだよ。
君達王族にはアリーに関わってもらいたくないんだ、王子。
そして父上がアドライド国国王陛下から娘への王族接近禁止を勝ち取るくらいには、グレインビル侯爵家の総意だと考えておいて」
俺に向ける目は冷たいわけではないが、静かな威圧が漂っている。
「うっ····わ、わかっている」
「そう、ならいいけど。
アリーが望まない限りどこの王族にも嫁がせるつもりはない、ってどこぞの宰相にも常に言っておいてね。
次は僕の雷が落ちるよ?
もしかしたら歩いてるだけで雷がたまたま直撃して彼の頭皮が永久脱毛するかもしれないよ?」
「お、おう。
彼が何かしらの動きを見せる前に忠告しておくから、雷は落とすなよ。
怒るのはまだしも、物理的には絶対落とすなよ、レイ」
「頭皮の命運は君が握っていると思って慎重にね、ルドルフ王子」
くっ、少しばかり距離を詰めたい俺の兄心がバレている!
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