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260.義兄様でカンガルー

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「それではあくまで個人的な用件で入国した、と?」

 少し堅い口調はこの国の国王かな?

「兄が妹に会いに来て何が悪い?
そもそも妹が誘拐されたり死にかけたりしたのはそちらの手落ちだが?
挙げ句妹が拐われる時も弟はそちらの大公の人命を優先したとか?」
「それは····しかし他国の王太子までもが許可を得ずに入国するというのは····」

 バルトス義兄様の言葉に反論しきれずに口ごもるのは、どこぞの国王の側近だね。

「もちろん私達はあくまで内密にグレインビル嬢の様子を直接確認に来ただけだから気にしないでくれて構わないよ」
「そういうわけにもいかないでしょうね。
貴方方には立場があります。
下手をすれば外交問題になりかねません」

 ギディアス様に苦言を呈しているのは宰相か。

 目を覚ますと真っ暗な中で話し声だけが聞こえてくる。

 んー、ほかほかベッドと片方の壁にはほど良い弾力があるし、もう片方の壁も僕を優しく支えてくれてて安心感と満足感がハンパない。

 思わず、くふふ、と声を洩らす。
ついでに壁にすりすりとほっぺたを擦る。

「ふっ、可愛い俺の天使。
目が覚めたか?」

 んふふ、僕の義兄様のお声は相変わらずダンディだ。

 立ち上がって僕の為にわざと緩めてくれているシャツの首元から体を伸び上がらせてぴょこっと顔を出す。
そのままキメの整うバルトス義兄様のほっぺにすりすりする。

「んふふふふ~」

 もはや上機嫌の極み。
おはよ、バルトス義兄様。
言葉なんか無くても通じているでしょ。

「ははは、おはよう。
俺の天使なムササビは可愛いな」

 そう言いながら僕の頭をなでなでしてくれる、少し節くれだった人差し指はとっても優しい。

 大好き!

 その手にもすりすりしておく。

「僕のアリー、起きたならそんなむさ苦しい場所じゃなくて僕の腕に戻っておいで?」
「んー、今はまだバルトス兄様の補給ができてないの」

 すりすりすりすり。

 なでなでなでなで。

「そ、そんな····」
「そういう事だ、レイヤード」

 得意げなバルトス義兄様のお声も大好き!

 僕の言葉にショックを受けたレイヤード義兄様は、バルトス義兄様の言葉にギリギリと歯を鳴らす。

 ごめんね、レイヤード義兄様。
今の僕の心はバルトス義兄様を欲してるんだ。
あまり歯を鳴らさないで?
痛めちゃうよ。

「「「「「····」」」」」

 この場にいる国王と側近、宰相のヒュイルグ国組に僕の国の王太子と第2王子が何か言いたげな視線を感じない事もないけど、今はもちろん無視!

 今の僕はホームシックで乾いた心を潤すのに必死なんだもの。

 あれからどれくらい眠ってたのかな?
場所は移動してない。
僕のお部屋だ。
両国に分かれてテーブルを挟んで椅子に座ってる。
上座の方から立場順に並んでるね。

 僕がムササビなのは1度起きた時にバルトス義兄様からご所望されたからだよ。
もちろんバルトス義兄様には僕がムササビになれるのも、シル様の服で暖を取ってたのも言ってある。

 レイヤード義兄様にも僕が起き上がれるようになってから真っ先にご所望されたし、バルトス義兄様と同じくレイヤード義兄様の中も温かくて居心地良いからよく中に入って過ごしてたんだ。

 気分はカンガルーの子供。
もちろん裸で抱き合うのは恥ずかしいから、僕は毛糸で編んだ白いフード付きポンチョを頭から被ってるよ。
普通の服だとムササビの飛膜がうまく機能しないから飛行練習できないんだ。

 僕の全身をすっぽり隠すこのポンチョは、僕のできる専属侍女であるニーア作。
でも毎回フードにお耳を付けるのはどうしてかな?
ポンチョのお耳は三角の猫耳。

 ふと視界の端に護衛のシル様と侍従として同行しているジャス様がお部屋の隅に控えているのが映る。
お互いの国の他の護衛さん達はお部屋の外で待機してるのかな?

「立場に外交問題か。
耳の痛い話だ、と言いたいけれど、いささかお互い様では?」
「それはどういう意味でしょうか?」

 あれ、沈黙を破ったギディアス様が宰相と舌戦を交えるの?

「まあ待て、宰相。
それでどうやって突然この城の、それもあらゆる魔法から守られているグレインビル嬢の部屋に転移してこられたのか説明されよ、アドライド国ギディアス王太子よ」

 すりすりすりすり。

 なでなでなでなで。

 ギリギリギリギリ。

 国王が止めに入る。
口調は国王の体を取ってる?
まあそんなのはどうでもいいや。
僕も義兄様達も色々忙しい。

「どうやって、と言われてもね。
言葉そのまま、このバルトス=グレインビルと共に転移しただけですよ、ヒュイルグ国王」

 すりすりすりすり。

 なでなでなでなで。

 ギリギリギリギリ。

 ギディアス様も王太子の口調だけど、もちろん今の僕にはどうでもいい。
だって僕も義兄様達も色々忙しい。

「しかしこの部屋はご自身とグレインビル嬢の専属侍女以外の魔力の干渉を受けないように兄君であるグレインビル殿が魔法や魔具で守護していたはずでは?」

 すりすりすりすり。

 なでなでなでなで。

 ギリギリギリギリ。

 宰相がレイヤード義兄様に問いかけてるみたいだけど、義兄様は完全に無視してる。
なぜなら僕も義兄様達も色々忙しい。

「レイ、あ、いや、レイヤード?」

 ギリギリギリギリ。

 何となく僕を物欲しそうに見ていた王子が一向に答えない義兄様に声をかけるけど、忙しい義兄様に当然とばかりに睨んだ上で無視されている。
今は愛称呼びする気軽な場でもなさそうだ。

 もちろん王子がどんな目で見ても、僕の少し艶の無くなってる白い体毛を触らせるつもりはないよ。
艶の無くなってるのは、僕の体調が悪いからだけど、これでも少しは回復した方なんだ。

「おい、そろそろグレインビル兄妹はこっちの世界に戻ってくれないか?」

 とうとうどこぞの国王が直接邪魔しに来た。

 むぅ。
僕はまだまだ戻りたくないもん!

 ジロリと睨んでそのまま元の素敵ベッドに潜り込む。

 鍛えていて細く引き締まったバルトス義兄様の腹筋ベッドはほど良い弾力と硬さでムササビボディに素敵フィットしてくれる。
さっきまでと同じように両手を添えてくれたから安定感も増し増しだ。

「久しぶりなんだ。
顔くらい見せてくれても····」

 国王うるさい。
体と心を回復中の僕に気が滅入るような要求しないでよね。

 あの時君が毛皮に覆われているとはいえ、裸の僕を自分の服の中に押しこんで君の素肌に押さえつけたのはまだ根に持ってるんだ。

 次また同じ事しても、また噛みついてやるんだから。

「これはまた、随分と嫌われているね、ヒュイルグ国王は」
「あ、兄上····」
「「ふっ」」

 アドライド国側の王太子が呆れたような声をかければ王子が慌て、王宮魔術師団副団長と侯爵令息が鼻で笑う。

「全くです。
そろそろ自国の令嬢にも目を向けて欲しいんですがね」
「さ、宰相」
「うぐっ」

 ヒュイルグ国側の宰相も同じく呆れたような声に側近が慌て、国王が呻く。

 全くもってその通りだよ。
僕に望みのない婚約の打診なんてふざけた真似するくらいなら、どこかから婚約者見繕えばいいのに。

 でも一卵性双生児っぽい兄である大公の子供がいるから後継者としては問題ないのかな?

 そういえば大公ってどうしてるんだろ?
困った事に、期せずして色々と必要な条件が揃っちゃったんだけど、前準備を考えればそろそろ重い腰を上げるべき····だよね····。
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