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73.さて、いかが致しましょう?

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「声を落としなさい、下女」
「げ、下女?!」

 毒などと不穏な単語を叫ばれて困るのはもちろん私ではありませんが、釘は刺しておきます。。

「あの時共にいた破落戸よりはマシな礼を取りましたから、下女に昇格しております」
「しょ、昇格……破落戸から?」
「不服ですか?
しかし下女と思えばこそ礼を失しても許して差し上げられるのですよ?
最初から今この時まで」
「い、いえ。
あの時も、今もご無礼申し訳ございません。
お許し下さいませ!」

 少しばかり目を細めれば、再びガバリと地面に伏してしまいました。

「特に貴女に興味はありませんし、それについては丞相から貴女の主に話が通って頂く物は頂きました。
貴女の給金からも取り立てがきているはすですし、既に私の手から離れています。
顔を上げてよろしいですよ。
しかし二胡の音色でいくらか聞こえなくなったとはいえ、私が夫の関心を手中に収めたとの話題が後宮に留まらず、朝廷にまで及んでおります。
この小屋は特ダネ狙いの間諜で毎日大賑わいなのてす。
流石に夜更けあたりからは先人や護衛達で見張りをして引き剥がしておりますが、この手の者はどこからでも湧いてきますからね。
もちろん、その言葉がこの宮から洩れても困るのは私ではありませんが」

 チラリと隣の嬪を見れば、ビクリと震えて怯えた表情に。

「貴妃」
「あら、できましたか。
どうぞ、召し上がって。
2人共まともに食事をしていないのでしょう?
まずは空腹を落ち着けてはいかが?
それには正真正銘、何の毒も、毒の残滓も入っておりませんよ」

 そう言って雛々チュチュが差し出した皿に乗ったお上品な大きさのかし饅頭を手に取ってパクリ。
コン爺の饅頭はいつ食べても美味しいですね。
そこの2人の事を考えて塩を少し利かせてありますが、これはこれで美味。

 焙じ茶を一口飲めば、香ばしい香りと共に口の中もさっぱりしてなお良し。

 私の様子に警戒心が薄らいだのか、地面にへたりこんだまま、2人は差し出された皿から饅頭を取ってパクリ。

 一瞬目が大きくなり、瞳に生気が戻ります。
美味しかったのですね。
良うございました。

「どうぞ、その饅頭は全て貴女達の物ですから。
ちゃんと2人で半分ずつ食べて下さいね」

 顔を見合わせた女子達はもぐもぐして茶をすすりつつ食べ始めました。

 一口で食べられる大きさです。
すぐに無くなってしまいましたが、小腹を軽く満たせれば十分でしょう。

「それで?
2人は何故このような時間にこちらへ?」

 と言いつつも、大方の予想はできておりますが。

 しかしお茶を啜りながら至福の顔をしていた2人は、ハッとした様子に。
もしや目的を忘れていましたか?
コン爺の料理はとても美味しいので、それも仕方ありませんね。

「も、申し訳ございません!
まずはこちらをお納め下さい!
春花宮の女官達が未だ手元に残していた装飾品と、今の私の全財産です!」

 広げたままにしていた風呂敷をズイッと私に近づけて、再び突っ伏する。

「私の物もお受け取りを!
私の宮の女官達の部屋から回収してまいりました!
それから今の私が持ち出せる金銀と装飾品です!」

 同じくズイッとして、嬪は両手を土床に着いて顔を伏せました。

 仮にも嬪ですからね。
我を失って泣き伏せるならともかく、小腹も満たされて少し冷静さを取り戻してしまえば、下女のように突っ伏する事はできないのでしょう。

 ちょうど皿を片づけに行った雛々チュチュが戻って来たので、目配せして受け取らせます。

 夜更けにガッポリ儲けましたね。
口元がニヨニヨしそうです。
もちろんすました顔を貼りつけておりますが。

「受け取っておきましょう。
しかしおわかりでしょうが、既に皇貴妃に伝えていただいた返却期限は過ぎております。
その事はわかってらっしゃいますね?」
「「……はい」」
「そして夏花宮はともかく、春花宮は間違いなく弁済が足りていないでしょう。
もちろんどこの宮に所属するどの女官もどきが持ち去ったかは現時点ではっきりしていませんから、断定はできませんが」

 1度区切って茶を飲めば、未だへたりこむ2人は固唾を飲みました。

「それらをふまえて、さて、いかが致しましょう?」

 夜の娼婦のように妖艶に微笑みかけながら、話と人をどう動かすか思案します。
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