春宮くんは靡かない。

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1. 春宮くんは働き者。

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 春宮 梓はるみや あずさは、働き者だ。

 その認識は、カフェ『ひなげし』に足繁く訪れる常連客ならば誰しも変わること無く持っていると思う。


「春宮くん、ドリンクのついでに1番テーブルオーダー取れる?」
「はい」


 店長とアルバイトの2人体制で営業する『ひなげし』で、彼の存在は不可欠である。
 調理スペースに引きこもって必死にオーダーを作る店長の代わりに、あちこちのテーブルをを回ってはオーダーを取り、ドリンクまで作る「春宮くん」は間違いなく働き者で、有能だ。


「おまたせしました。アイスコーヒーブラックとカフェラテです。」
「あずにゃんありがとー!!ねぇバイト終わったら遊ばない?奢るから!」
「嫌です」
「せめて無理ですって言おうよあずにゃん……」


 たとえ、彼がカフェで働く上で必須とも言えるスキルである「愛想」を持ち合わせていなかったとしても。
 大してショックを受けていなさそうな女子大生達の訴えをガン無視した春宮くんは、すぐさま「1番テーブル」のお客様の元へと向かう。メニュー表を手に彼を待っていたお洒落なおば様は、彼の無愛想な無表情を気にすることなくにこやかに微笑んだ。


「いらっしゃいませ。ご注文お伺いします」
「梓くんこんにちは。今日も精が出るわね。ーー……あら、残念ね。チーズケーキは売り切れかしら」


 成程、おば様の視線の先にある、カウンター席のそばに設置されたケーキショーケースの中にチーズケーキの姿はない。
 お目当ての商品が既にない時の喪失感は、カフェを嗜むものならば皆よく知っている。少しばかりの同情の視線が集まる1番テーブルでは、おば様がしょんぼりとメニュー表に視線を落とした所だった。

 ーーしかし。


「あ、彼処にはないんですけど、取り置いてます。ーー様、火曜日のこの時間に良くいらっしゃるので……チーズケーキと、セイロンティーのストレートでよろしいですか?」


 笑顔の「え」の字もない春宮くん。しかし、その無表情から紡がれる言葉は、何処までも客を思いやった優しいものだと常連客ならば皆知っている。
 春宮くんを見上げ、大きく目を見開いたおば様は、しかしすぐ様嬉しそうに頬を染めて「ありがとう。お願いするわね」と頷いた。

 おば様の喜びの表情とは裏腹に春宮くんは無表情のままカリカリとメモを取り、「では失礼します」と呟いて一礼し、カフェカウンターへと戻ってしまう。
 ポットをお湯で温め、ポットのお湯をカップに移した春宮くんは、澱みない手付きで茶葉を茶漉の中に入れる。そして、湯気がたったやかんからポットにお湯を注いで砂時計を裏返し、ショーケースの中からチーズケーキを取り出した。

 チーズケーキをお洒落な皿にのせ、途中で入店してきた客に愛想も視線も向けることなく「いらっしゃいませ、空いてるお席へどうぞ」と告げながら店長仕込みのブルーベリージャムをトッピングする。
 そのままカウンター席へと腰掛けた1名様にサクッと水とメニューを差し出した彼は、砂時計とお湯を捨ててしっかり拭いたカップとティーポット、茶漉入れ、ケーキを乗せて、再び1番テーブルを訪れた。

 手馴れたーーかつ丁寧なその作業に、カウンター席に座っていた客が拍手を送るがそれは無視される。
 

「おまたせしました。砂時計の砂がなくなったら茶漉あげてください。砂糖、要らなかったですよね」
「えぇ、大丈夫。……チーズケーキも美味しそうだわーーあら、これは?」


 不思議そうに首を傾げたおば様の声に、店内の視線が彼等に集まる。果たしてお皿の上にのせられたチーズケーキ以外のものーーフィナンシェらしきものを目にした彼女は、パチパチと目を瞬かせて春宮くんを見上げた。
 春宮くんは、相変わらず愛想もクソもない無表情で、しかし目を逸らすことなくおば様を見つめる。


「……さっき、焼菓子のページを開かれてたので。フィナンシェだけですが、お試しにどうぞ」
「ーーまぁ!ふふ、ありがとう!実は少し、チーズケーキ以外のお菓子も気になっていたのよ。ありがとう」


 一際嬉しそうに頬を染めたおば様に、春宮くんは一礼して「ごゆっくりどうぞ」とだけ呟く。彼はそのまま次の客の元へとサクサク向かってしまったものの、1番テーブルの周りは穏やかな空気に満ちていた。
 茶漉入れに茶漉を乗せ、ポットに透き通った紅茶を注いだおば様は、しかしそれを飲む前にフィナンシェを摘み、口に入れた。


「……ふふ、次は焼菓子セットにしてみましょうかしら」


 そう呟いたおば様は、店内に入ってから1番幸せそうで。

 カウンター越しに新たなオーダーを通していた春宮くんは、彼女を見つめて、ほんの微かにーー少しだけ、目を細めた。


「……あずにゃんまじ尊い……」


 そう呟いて息を引き取った女子大生達に、『ひなげし』で寛いでいた客全員が深く頷いた。
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