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崩壊する世界を救う方法
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芹菜は混乱していた。
ここは、本当に、どこなのだろうか。
聞き取れない言語。
見慣れない景色。
ガルダ、という単語は聞こえた。
日本、ではないのか。
ガルダというのは、この辺りの、町の名前か何かだろうか。
子どもに連れられてやって来た大人の男性は、長いローブのような布を身にまとっている。
服装からして、そもそも違う。
まるで、歴史の教科書に載っている、ギリシャ時代とか、あるいはそれよりも、もっと前の時代の人たちのようだ。
男性は、芹菜と琉生の前で、地面に跪いた。
多分、彼は挨拶をした。
聞き取れなくても、芹菜にも分かった。
琉生がしゃがんで答えている。
「……はい。デフナさん? ですね。 ぼくはルイ。あの人はセリナ。どうか顔を上げてください」
デフナという男性はローブの裾から腕を出し、琉生の手を握りしめた。
日に焼けた顔には皺が刻まれており、瞳の色は灰色だった。
芹菜と琉生は、デフナに案内されて、夕陽の沈む方へと進む。
歩きながら、芹菜は琉生に訊いた。
「なんで、君はあの人たちと喋れるの? わたしには、彼らが何を言っているのか、さっぱり分からないんだけど」
琉生は、不思議そうな顔で答えた。
なんで分からないの? そんな表情だった。
「言葉に付いて出てくる色で、なんとなく」
言葉に、色が付いている?
瞬時には、芹菜は理解出来なかった。
歩きながら、芹菜は琉生から話を聞いた。
ここはガルダという国だという。
「聞いたことない国だね。アジアとか中近東の国かな」
ハッとして、芹菜は上着のポケットを探る。
「あ、あったあった」
スマホでいつものように、検索してみようとした。
だが。
スマホにいったんは電源が入ったが、画面にはエラーメッセージが出て、すぐに暗転した。
芹菜は意識が戻ってから初めて、背筋に冷たいものを感じた。
琉生は、伏し目がちに、噛みしめるように言う。
「あのね、よく分からないんだけど、ここって多分、地球じゃない、と思う」
案内しているデフナが立ち止まる。
目的地らしい。
大きな木を背に、十数人の人たちが、地面に座っていた。
皆、長いローブを着ている。
芹菜たちを認めると、一斉に立ち上がった。
真ん中にいる、薄い緑色のローブを身に付けた、小柄な女性が喋る。
老女である。
老婆の声を聞き取った琉生が、合唱の練習の時のような、音階をつけて声を出す。
あ、あ、あ、あ、あ――
老婆の指は、空中であやとりをするかのような動きをする。
そして頷いて、座った。
「ようこそおいでくださいました。我が国を救う、旅のお方」
今度は、芹菜にもはっきり聞き取れた。
聞き取れたのはいいが、意味は分からなかった。
国を救う?
促されて二人も腰を下ろす。
老婆は懐から、包みを取り出した。
包みから、うっすらと細い光が漏れていた。
老女はイナノと名乗る。
「この中には、神聖な札が七枚入っております。お二人に受け取っていただきたい。
この国を、救うために」
夕陽は地平線に姿を落としかけていた。
残照の色をうつす雲の向こうに、青白い月が姿を見せる。
「ガルダは今、終わりの時を迎えています」
老女は札が入っている包みを、琉生に手渡す。
琉生は包みを持った瞬間、小さく叫ぶ。
「音がする! この包みの中から、何か、音が聞える!」
芹菜は驚いて、琉生の手にある包みに触れる。
音?
芹菜には何も聞こえない。
ただ、ふわりと温かい空気を感じた。
老女は話を続ける。
「ガルダに実りを与える朱色の陽。ガルダの民に安らぎを与える闇夜の灯。
あなたがたの世界では、太陽と月、そう呼んでいるようですね。今、ガルダの太陽も月も、その熱が消えようとしています。消えてしまったら、私たちに生きる術はない。もう一度、太陽と月が輝きを取り戻すには、神を呼び戻すしかないのです。いなくなってしまった、ガルダの神を……」
確かに、杏色の夕陽と、空に昇って来た月は、弱々しく老いた表情だと芹菜も思う。
「わたしたち二人が、その、ガルダの神様を呼べるということなの?」
芹菜の問いかけに、老女も老女の周りの人々も、深く頷いた。
琉生は、手に持つ包みを耳に当てている。
「ガルダの神は、音と色、そして物の形に現れます。どうぞ、包みを開けてください」
琉生は包みを開く。
すると、眩いばかりの色とりどりの光が放射された。
包みの中には、掌サイズの札が七枚。それぞれが赤や黄色、青、紫といった色を放っている。
厚みはガラスより薄い。札というよりも、何か宝石のように見える。
光を見た琉生は、小声で鼻歌を歌い始める。
不思議なメロディラインだった。
老女は目を細め、二回ほど顎を引いた。
「やはり、お二人においでいただいて良かった。その札から音を拾える者は、我々の中に、もう二人しかおりませんので」
「これを使って、どうするの?」
「神が降臨する場所で、儀式を行います。その儀式の時に」
琉生は老女に言う。
「ねえおばあさん。『あと三日。三日後に歌が編み終わる』って、聞こえてくるよ」
「そうです。朱の陽が昇り、また沈む。それを三回繰り返したら、朱色の陽と闇夜の灯が重なる日が訪れる。その日こそ、いにしえより伝えられた、ガルダの終わりの時なのです」
老女は側に控えるデフナに指示を出す。デフナは一人の少女の手を引いてくる。
「これより、札を使える者と一緒に、札使いの作法を覚えていただきます。このデフナの娘、ライナと一緒に」
こちらの世界の青白い月が、すっかり雲に覆われた頃。
琉生と芹菜は、デフナの家に招かれた。
家といっても、歴史の教科書で見た、戦後間もない頃のあばら家のようだ。
とはいえ、デフナはこの一族の長でもあるようだ。室内に設置された囲炉裏に似たものから、小さな炎は途切れることがない。室内は、外気より大分暖かい。
ライナが頭からかぶっていたローブをはずした時、琉生はまじまじとライナの顔を見つめた。ライナは琉生と同じか、もう少し幼い雰囲気の、整った顔立ちの少女である。
「レナ!? ああ、音が違うね……」
琉生の独り言に、芹菜は困惑する。
先ほどから、芹菜の頭は疑問符だらけである。
道路で固まっていた少年。
突然の閃光。
見知らぬ場所。スマホがつながらない所。
まったくわからない、聞き取れない言葉。
でも少年は、なんとなくわかっている。
老女は少年の声を聞き、芹菜にも聞き取れる言語を操りだす。
そして聞いた、この世の終わり。
それを救うには、琉生と芹菜の力が必要だということ……
「大丈夫」
えっ?
琉生ではない声で、聞こえてきた日本語。
振り返ると、ライナが微笑んでいる。
「私はあなたたちの言葉がわかる。だから大丈夫。一緒に練習するよ」
ライナは床に布を敷く。
布には、三角や四角の図形が描かれている。
ライナは自分の服から、包みを取り出した。
「これは練習用。見ていてね」
ライナが包みを両手で挟み、なにかブツブツを呟くと、ライナの包みからも、柔らかな光が零れた。
「私は今、三枚の札を持っているの。これを三枚とも正しい場所に置くの。練習は、それだけ」
ライナの隣にいる琉生が訊く。
「音は? どこから音を出すの?」
「私が口笛を吹くわ。そしたら、その音と同じ色の札を選んで」
音と、同じ色?
さっきから琉生も音を「聞く」のではなく、「見る」と言う。
琉生は、聴覚で音を受け取るのではなく、視覚で音が見えるのか。
「それは選ばれた人の才能。誰もが持つ力ではないの」
ライナの言葉に琉生はハッとした顔つきになる。
琉生の顔に赤みが射している。
「教えて! もっと教えて、ライナ! 僕がやらなきゃ、ダメなんだ!」
ここは、本当に、どこなのだろうか。
聞き取れない言語。
見慣れない景色。
ガルダ、という単語は聞こえた。
日本、ではないのか。
ガルダというのは、この辺りの、町の名前か何かだろうか。
子どもに連れられてやって来た大人の男性は、長いローブのような布を身にまとっている。
服装からして、そもそも違う。
まるで、歴史の教科書に載っている、ギリシャ時代とか、あるいはそれよりも、もっと前の時代の人たちのようだ。
男性は、芹菜と琉生の前で、地面に跪いた。
多分、彼は挨拶をした。
聞き取れなくても、芹菜にも分かった。
琉生がしゃがんで答えている。
「……はい。デフナさん? ですね。 ぼくはルイ。あの人はセリナ。どうか顔を上げてください」
デフナという男性はローブの裾から腕を出し、琉生の手を握りしめた。
日に焼けた顔には皺が刻まれており、瞳の色は灰色だった。
芹菜と琉生は、デフナに案内されて、夕陽の沈む方へと進む。
歩きながら、芹菜は琉生に訊いた。
「なんで、君はあの人たちと喋れるの? わたしには、彼らが何を言っているのか、さっぱり分からないんだけど」
琉生は、不思議そうな顔で答えた。
なんで分からないの? そんな表情だった。
「言葉に付いて出てくる色で、なんとなく」
言葉に、色が付いている?
瞬時には、芹菜は理解出来なかった。
歩きながら、芹菜は琉生から話を聞いた。
ここはガルダという国だという。
「聞いたことない国だね。アジアとか中近東の国かな」
ハッとして、芹菜は上着のポケットを探る。
「あ、あったあった」
スマホでいつものように、検索してみようとした。
だが。
スマホにいったんは電源が入ったが、画面にはエラーメッセージが出て、すぐに暗転した。
芹菜は意識が戻ってから初めて、背筋に冷たいものを感じた。
琉生は、伏し目がちに、噛みしめるように言う。
「あのね、よく分からないんだけど、ここって多分、地球じゃない、と思う」
案内しているデフナが立ち止まる。
目的地らしい。
大きな木を背に、十数人の人たちが、地面に座っていた。
皆、長いローブを着ている。
芹菜たちを認めると、一斉に立ち上がった。
真ん中にいる、薄い緑色のローブを身に付けた、小柄な女性が喋る。
老女である。
老婆の声を聞き取った琉生が、合唱の練習の時のような、音階をつけて声を出す。
あ、あ、あ、あ、あ――
老婆の指は、空中であやとりをするかのような動きをする。
そして頷いて、座った。
「ようこそおいでくださいました。我が国を救う、旅のお方」
今度は、芹菜にもはっきり聞き取れた。
聞き取れたのはいいが、意味は分からなかった。
国を救う?
促されて二人も腰を下ろす。
老婆は懐から、包みを取り出した。
包みから、うっすらと細い光が漏れていた。
老女はイナノと名乗る。
「この中には、神聖な札が七枚入っております。お二人に受け取っていただきたい。
この国を、救うために」
夕陽は地平線に姿を落としかけていた。
残照の色をうつす雲の向こうに、青白い月が姿を見せる。
「ガルダは今、終わりの時を迎えています」
老女は札が入っている包みを、琉生に手渡す。
琉生は包みを持った瞬間、小さく叫ぶ。
「音がする! この包みの中から、何か、音が聞える!」
芹菜は驚いて、琉生の手にある包みに触れる。
音?
芹菜には何も聞こえない。
ただ、ふわりと温かい空気を感じた。
老女は話を続ける。
「ガルダに実りを与える朱色の陽。ガルダの民に安らぎを与える闇夜の灯。
あなたがたの世界では、太陽と月、そう呼んでいるようですね。今、ガルダの太陽も月も、その熱が消えようとしています。消えてしまったら、私たちに生きる術はない。もう一度、太陽と月が輝きを取り戻すには、神を呼び戻すしかないのです。いなくなってしまった、ガルダの神を……」
確かに、杏色の夕陽と、空に昇って来た月は、弱々しく老いた表情だと芹菜も思う。
「わたしたち二人が、その、ガルダの神様を呼べるということなの?」
芹菜の問いかけに、老女も老女の周りの人々も、深く頷いた。
琉生は、手に持つ包みを耳に当てている。
「ガルダの神は、音と色、そして物の形に現れます。どうぞ、包みを開けてください」
琉生は包みを開く。
すると、眩いばかりの色とりどりの光が放射された。
包みの中には、掌サイズの札が七枚。それぞれが赤や黄色、青、紫といった色を放っている。
厚みはガラスより薄い。札というよりも、何か宝石のように見える。
光を見た琉生は、小声で鼻歌を歌い始める。
不思議なメロディラインだった。
老女は目を細め、二回ほど顎を引いた。
「やはり、お二人においでいただいて良かった。その札から音を拾える者は、我々の中に、もう二人しかおりませんので」
「これを使って、どうするの?」
「神が降臨する場所で、儀式を行います。その儀式の時に」
琉生は老女に言う。
「ねえおばあさん。『あと三日。三日後に歌が編み終わる』って、聞こえてくるよ」
「そうです。朱の陽が昇り、また沈む。それを三回繰り返したら、朱色の陽と闇夜の灯が重なる日が訪れる。その日こそ、いにしえより伝えられた、ガルダの終わりの時なのです」
老女は側に控えるデフナに指示を出す。デフナは一人の少女の手を引いてくる。
「これより、札を使える者と一緒に、札使いの作法を覚えていただきます。このデフナの娘、ライナと一緒に」
こちらの世界の青白い月が、すっかり雲に覆われた頃。
琉生と芹菜は、デフナの家に招かれた。
家といっても、歴史の教科書で見た、戦後間もない頃のあばら家のようだ。
とはいえ、デフナはこの一族の長でもあるようだ。室内に設置された囲炉裏に似たものから、小さな炎は途切れることがない。室内は、外気より大分暖かい。
ライナが頭からかぶっていたローブをはずした時、琉生はまじまじとライナの顔を見つめた。ライナは琉生と同じか、もう少し幼い雰囲気の、整った顔立ちの少女である。
「レナ!? ああ、音が違うね……」
琉生の独り言に、芹菜は困惑する。
先ほどから、芹菜の頭は疑問符だらけである。
道路で固まっていた少年。
突然の閃光。
見知らぬ場所。スマホがつながらない所。
まったくわからない、聞き取れない言葉。
でも少年は、なんとなくわかっている。
老女は少年の声を聞き、芹菜にも聞き取れる言語を操りだす。
そして聞いた、この世の終わり。
それを救うには、琉生と芹菜の力が必要だということ……
「大丈夫」
えっ?
琉生ではない声で、聞こえてきた日本語。
振り返ると、ライナが微笑んでいる。
「私はあなたたちの言葉がわかる。だから大丈夫。一緒に練習するよ」
ライナは床に布を敷く。
布には、三角や四角の図形が描かれている。
ライナは自分の服から、包みを取り出した。
「これは練習用。見ていてね」
ライナが包みを両手で挟み、なにかブツブツを呟くと、ライナの包みからも、柔らかな光が零れた。
「私は今、三枚の札を持っているの。これを三枚とも正しい場所に置くの。練習は、それだけ」
ライナの隣にいる琉生が訊く。
「音は? どこから音を出すの?」
「私が口笛を吹くわ。そしたら、その音と同じ色の札を選んで」
音と、同じ色?
さっきから琉生も音を「聞く」のではなく、「見る」と言う。
琉生は、聴覚で音を受け取るのではなく、視覚で音が見えるのか。
「それは選ばれた人の才能。誰もが持つ力ではないの」
ライナの言葉に琉生はハッとした顔つきになる。
琉生の顔に赤みが射している。
「教えて! もっと教えて、ライナ! 僕がやらなきゃ、ダメなんだ!」
応援ありがとうございます!
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