2 / 4
リンナの過去
しおりを挟む
リンナは、貴族籍に入っていたので、十二歳からは就学が必須となる。それを伝えに来たスペランツ家の当主代行である、リンナの叔父に引き取られることになった。
「亡き兄の一人娘だから、仕方ないが学園へは行かせる。だが、無駄飯を喰わせるほど、当家には余裕がない。お前はメイドと一緒に邸のことをやれ」
「分かりました」
こうして、メイド以下の扱いを受けながら、リンナの新生活が始まった。
スペランツ家では足蹴にされても、学園生活は全てが新鮮で楽しいものだった。
だが、リンナには致命的な弱点があった。
視力が弱かったのである。
生まれつきではない。
灯りが乏しい部屋の中で、小説の類を読みまくっていたからだ。
学園では教師の板書が見えるように、一番前の席にしてもらい、それでも読み取れない時には、友だちに教えてもらった。
クラスは其々の資質により編成されていたので、くだらないイジメや諍いは殆どなかった。
リンナは小柄で、肩より少し長い黒髪を後ろで一つに縛り、一生懸命に教師の話をノートに取る。
板書が見えないと顎を上げ目を細め、じっとしている。
「生まれたての猫みたい」
男子も女子も、生体として弱そうなリンナを、生温く見守ってくれた。
特に、リンナと同じく、目が悪いためか最前列の席にいるキュプロス令息は、ことあるごとにリンナの面倒を見た。
「ちゃんとご飯食べてる? 睡眠足りてる?」
まるでオカンの様に、キュプロスはリンナに声をかける。
リンナはちょっとくすぐったい。
キュプロスは授業中、必ず眼鏡をかけている。
彼が夕陽色の髪をさらりとかき上げると、レンズをぐるっと縁取る銀色の枠がキラリと見える。
その姿がカッコ可愛いと、一部の先輩女子などには人気がある。
リンナの従姉のオルチェラも、きゃあきゃあ言っている。
まあ、オルチェラはキュプロスの爵位と血筋に魅入られているような気もするが。
リンナにとってキュプロスは一番の友人であり、憧れでもある。
多分、キュプロスからするとリンナは、捨てられた子猫みたいなもんだろう。
ちょっと寂しい気もするが、少女小説のヒロインにはなれないこと位、リンナは自覚している。慣れてくると、リンナの本性、ツッコミ気質が顔を出す。
ヒロインなら、そんなことはしないだろう。
「ねえリンナ。君も眼鏡、かければ良いのに」
「うん、そうだね」
リンナは曖昧に笑って誤魔化した。
お爺さんのジャナートなら、すぐに作ってくれるはずだ。
実際、かけてはいないが、リンナも一つ持っている。
だが、眼鏡は高価な品物である。
引き取ってもらったスペランツ家で、眼鏡などを使っていたら、間違いなく叔父一家に取られるか、壊されるだろう。
『これは大切にするんだよ』
それはとても美しい眼鏡である。
軽くて見やすくて、留め金は何か宝石で出来ているのか、七色の光を帯びている。
だから今は使わない。
お爺さんの許可が出たら、授業中くらいは使ってみよう。
さて、一年間ほど、叔父の子爵家でメイド紛いあるいはそれ以下の生活を送っていたリンナだが、少女小説のヒロイン役にも飽きたので、学園の先生に相談して、寄宿舎に移住した。
薄ぼんやりとした視力の生活に慣れてしまい、眼鏡をかけないまま、目を細めて授業を受ける中、時折、婚約者のゼノンと交流もした。リンナが希望したのではなく、ゼノンのハインダー伯爵家からの要請があったからだ。
婚約者であった(過去形)ゼノンは、金髪と蒼い瞳を持つ少年。美しい顔立ちだと周囲の大人は誉めていたが、リンナの目には、髪と目の色しか映っていない。
交流は主にゼノンの邸で行われ、庭園でのお茶会が多かった。
リンナは茶菓子をいただくとカバンに詰め非常食にしていた。それから広く美しい庭園で、持参した拡大鏡で、木々の葉や小さな昆虫を見たりして過ごした。ゼノンはリンナにも、リンナの持ち物にも、何ら興味を示さなかった。
◇眼鏡の秘密◇
さて、真実の愛に目覚めたゼノンは、意気揚々と自邸に帰った。
今日はゼノンの父、ハインダー伯が邸にいるはず。
早速婚約破棄と新たなる婚約締結の書類にサインを貰わなければ!
我が伯爵家の嫡男夫人として、あんな目付きの悪い、小児体型の女ではダメだと、父も分かってくれるはずだ。
だが……。
「バッカモ――――ン!!」
ゼノンに見舞われたのは、父の怒号と鋭いアッパーカットだった。
「ヘブシッ」
ゼノンは床で後頭部を強かに打ち、ぼうっとしながら父の小言を聞いた。
「お前はアホかバカか#”$%*×★」
罵詈雑言過ぎて聞き取れない。
「そもそも欲しいのは、スペランツ家の今は亡き嫡男の遺産であって、現在の当主代行との縁ではない!!」
え、何?
とうしゅ、代行?
オルチェラの父上は、単なる代行?
じゃあ、真の当主になるのは……。
それに遺産とは?
「我が国随一のガラス職人と、天才的な科学者だったイリネウス・スペランツが作りあげた設計図を手に入れるためには、どうしてもリンナ嬢が必要なのだ!」
父は何を言っているのだろう?
天才? ガラス?
設計図?
「大勢の生徒の前での婚約破棄宣言……。王家にも伝わっているだろうな……仕方ない」
ゼノンの父ハインダー伯爵は、昏い目付きになっていた。
「亡き兄の一人娘だから、仕方ないが学園へは行かせる。だが、無駄飯を喰わせるほど、当家には余裕がない。お前はメイドと一緒に邸のことをやれ」
「分かりました」
こうして、メイド以下の扱いを受けながら、リンナの新生活が始まった。
スペランツ家では足蹴にされても、学園生活は全てが新鮮で楽しいものだった。
だが、リンナには致命的な弱点があった。
視力が弱かったのである。
生まれつきではない。
灯りが乏しい部屋の中で、小説の類を読みまくっていたからだ。
学園では教師の板書が見えるように、一番前の席にしてもらい、それでも読み取れない時には、友だちに教えてもらった。
クラスは其々の資質により編成されていたので、くだらないイジメや諍いは殆どなかった。
リンナは小柄で、肩より少し長い黒髪を後ろで一つに縛り、一生懸命に教師の話をノートに取る。
板書が見えないと顎を上げ目を細め、じっとしている。
「生まれたての猫みたい」
男子も女子も、生体として弱そうなリンナを、生温く見守ってくれた。
特に、リンナと同じく、目が悪いためか最前列の席にいるキュプロス令息は、ことあるごとにリンナの面倒を見た。
「ちゃんとご飯食べてる? 睡眠足りてる?」
まるでオカンの様に、キュプロスはリンナに声をかける。
リンナはちょっとくすぐったい。
キュプロスは授業中、必ず眼鏡をかけている。
彼が夕陽色の髪をさらりとかき上げると、レンズをぐるっと縁取る銀色の枠がキラリと見える。
その姿がカッコ可愛いと、一部の先輩女子などには人気がある。
リンナの従姉のオルチェラも、きゃあきゃあ言っている。
まあ、オルチェラはキュプロスの爵位と血筋に魅入られているような気もするが。
リンナにとってキュプロスは一番の友人であり、憧れでもある。
多分、キュプロスからするとリンナは、捨てられた子猫みたいなもんだろう。
ちょっと寂しい気もするが、少女小説のヒロインにはなれないこと位、リンナは自覚している。慣れてくると、リンナの本性、ツッコミ気質が顔を出す。
ヒロインなら、そんなことはしないだろう。
「ねえリンナ。君も眼鏡、かければ良いのに」
「うん、そうだね」
リンナは曖昧に笑って誤魔化した。
お爺さんのジャナートなら、すぐに作ってくれるはずだ。
実際、かけてはいないが、リンナも一つ持っている。
だが、眼鏡は高価な品物である。
引き取ってもらったスペランツ家で、眼鏡などを使っていたら、間違いなく叔父一家に取られるか、壊されるだろう。
『これは大切にするんだよ』
それはとても美しい眼鏡である。
軽くて見やすくて、留め金は何か宝石で出来ているのか、七色の光を帯びている。
だから今は使わない。
お爺さんの許可が出たら、授業中くらいは使ってみよう。
さて、一年間ほど、叔父の子爵家でメイド紛いあるいはそれ以下の生活を送っていたリンナだが、少女小説のヒロイン役にも飽きたので、学園の先生に相談して、寄宿舎に移住した。
薄ぼんやりとした視力の生活に慣れてしまい、眼鏡をかけないまま、目を細めて授業を受ける中、時折、婚約者のゼノンと交流もした。リンナが希望したのではなく、ゼノンのハインダー伯爵家からの要請があったからだ。
婚約者であった(過去形)ゼノンは、金髪と蒼い瞳を持つ少年。美しい顔立ちだと周囲の大人は誉めていたが、リンナの目には、髪と目の色しか映っていない。
交流は主にゼノンの邸で行われ、庭園でのお茶会が多かった。
リンナは茶菓子をいただくとカバンに詰め非常食にしていた。それから広く美しい庭園で、持参した拡大鏡で、木々の葉や小さな昆虫を見たりして過ごした。ゼノンはリンナにも、リンナの持ち物にも、何ら興味を示さなかった。
◇眼鏡の秘密◇
さて、真実の愛に目覚めたゼノンは、意気揚々と自邸に帰った。
今日はゼノンの父、ハインダー伯が邸にいるはず。
早速婚約破棄と新たなる婚約締結の書類にサインを貰わなければ!
我が伯爵家の嫡男夫人として、あんな目付きの悪い、小児体型の女ではダメだと、父も分かってくれるはずだ。
だが……。
「バッカモ――――ン!!」
ゼノンに見舞われたのは、父の怒号と鋭いアッパーカットだった。
「ヘブシッ」
ゼノンは床で後頭部を強かに打ち、ぼうっとしながら父の小言を聞いた。
「お前はアホかバカか#”$%*×★」
罵詈雑言過ぎて聞き取れない。
「そもそも欲しいのは、スペランツ家の今は亡き嫡男の遺産であって、現在の当主代行との縁ではない!!」
え、何?
とうしゅ、代行?
オルチェラの父上は、単なる代行?
じゃあ、真の当主になるのは……。
それに遺産とは?
「我が国随一のガラス職人と、天才的な科学者だったイリネウス・スペランツが作りあげた設計図を手に入れるためには、どうしてもリンナ嬢が必要なのだ!」
父は何を言っているのだろう?
天才? ガラス?
設計図?
「大勢の生徒の前での婚約破棄宣言……。王家にも伝わっているだろうな……仕方ない」
ゼノンの父ハインダー伯爵は、昏い目付きになっていた。
4
あなたにおすすめの小説
能ある妃は身分を隠す
赤羽夕夜
恋愛
セラス・フィーは異国で勉学に励む為に、学園に通っていた。――がその卒業パーティーの日のことだった。
言われもない罪でコンペーニュ王国第三王子、アレッシオから婚約破棄を大体的に告げられる。
全てにおいて「身に覚えのない」セラスは、反論をするが、大衆を前に恥を掻かせ、利益を得ようとしか思っていないアレッシオにどうするべきかと、考えているとセラスの前に現れたのは――。
やり直しの王太子、全力で逃げる
雨野千潤
恋愛
婚約者が男爵令嬢を酷く苛めたという理由で婚約破棄宣言の途中だった。
僕は、気が付けば十歳に戻っていた。
婚約前に全力で逃げるアルフレッドと全力で追いかけるグレン嬢。
果たしてその結末は…
乙女ゲームは見守るだけで良かったのに
冬野月子
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した私。
ゲームにはほとんど出ないモブ。
でもモブだから、純粋に楽しめる。
リアルに推しを拝める喜びを噛みしめながら、目の前で繰り広げられている悪役令嬢の断罪劇を観客として見守っていたのに。
———どうして『彼』はこちらへ向かってくるの?!
全三話。
「小説家になろう」にも投稿しています。
根暗令嬢の華麗なる転身
しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」
ミューズは茶会が嫌いだった。
茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。
公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。
何不自由なく、暮らしていた。
家族からも愛されて育った。
それを壊したのは悪意ある言葉。
「あんな不細工な令嬢見たことない」
それなのに今回の茶会だけは断れなかった。
父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。
婚約者選びのものとして。
国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず…
応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*)
ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。
同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。
立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。
一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。
描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。
ゆるりとお楽しみください。
こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。
婚約破棄をしておけば
あんど もあ
ファンタジー
王太子アントワーヌの婚約者のレアリゼは、アントワーヌに嫌われていた。男を立てぬ女らしくないレアリゼが悪い、と皆に思われて孤立無援なレアリゼ。彼女は報われぬままひたすら国のために働いた……と思われていたが実は……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる