奴隷の花嫁

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第13話 伝えられない言葉

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「ラウリ様、最近機嫌が良いね」

 皆が勉強する部屋の前にある花壇でマリカとラウリが剪定作業をしつつ会話している。
 勉強部屋ではヘルマンニさんの特別授業が行われていて、外から眺めていると勉学では無く運動しているかのように思えた。

 マリカはこの特別授業は受けておらず、その時間は普通の使用人としての学ぶ時間、いわゆる仕事の時間であり、それが終えると大抵ラウリの手伝いをしていた。
 ラウリは機嫌が良いときか悪いときにこの花壇にいることが多く、使用人や奴隷達もそれを知っていた。
 ただ、基本忙しい者なので、マリカは屋敷中を探し回らなくてはならないことも多々あった。
 機嫌が良いとき、悪いときにこの花壇に来るかという理由を知っている者はごく少数である。ラウリに近しい者か、古くからいる者だけ。
 そして、ラウリは基本この花壇を他の人に触らせることはない。ただ二人の例外がコラリーと、このマリカである。
 コラリーに関しては筆頭使用人であり、ラウリに最も信用されている者であるためだが、本人は基本やりたがらず、すべてマリカがラウリが手を付けられない時行っていた。
 マリカは過去の実績と花の適切な育て方を推測でも簡単に正解に導くため、ラウリから重宝されていた。

「ああ、マリカも知っているだろう。今回も全員完売したからだよ」

 ヴァロが奴隷将軍等ともてはやされるようになり、普通の奴隷も教育すれば良い結果を出せるのではないかと人々は考えはじめていた。

 気の早い貴族は、自分達で育てた奴隷達を自慢するようになっていった。
 アールトネンブランドの様な物が一部で確立し、アールトネン奴隷商の印である特殊な奴隷紋は、一時休会以前に販売された奴隷でも、高い値が付く事もあり、娼館の者達まで購入することを希望する人達も出始めた。
 全て売りに出すことは娼館存続が出来なくなることもあるので、一部の高級娼婦を除く、幾人かは販売に応じざるを得なかった。

 更に、卸から奴隷を購入するときでも、娼館で良いから買って欲しいと宣言してくる女性や若い男も出始める。一時期娼館は売却による娼婦、男娼の人数不足と、噂を聞きつけ、快楽を求めに来た客の大人数予約待ちという状況だったのだが、徐々になんとか捌けるくらいになっていった。
 その中で、教育用奴隷となった者達は、賞賛され、そして特権意識も持ち始めたが、ヨナを初めとした教師陣のおかげでその幻想は直ぐに霧散することになった。

「そうだね。みんな行っちゃったね」

「そうか、マリカには少し寂しいか」

「大丈夫だよ。もう成人したんだから」

「そうは言っても皆お前のことは可愛がるよな」

「なんでかな?! 年下の子も無理に背伸びしてまで頭なでてくるんだよ?」

 マリカはぷりぷりと怒り出すが、剪定作業は手を止めないで、適切にいらない枝や枯れ始めた花、余計な枝眼を取り除いていく。

「そうだ。パウリーナはこの前あったから大丈夫だとわかってるだろうけど、他の皆からの手紙が来てるよ。後で読むか?」

「うん!」

 満面の笑みでマリカは返事をする。もう初期から一緒に学んだ者達の殆どが売られて行ってしまっている。その中で取り残され続けるマリカにとって、やはり寂しい思いもあるのだろう。

「この花はもう終わりですね。次は何を植えます?」

「そうだな。何を植えようかな」

 マリカは本来販売すべき奴隷だ。教師陣達からも良く覚え、良く発揮すると言う評価を得ているため、年齢的に第一弾は無理でも、成人前には送り出すことになるだろうと考えていた娘だ。
 しかし、このやけに穏やかな日々が長く続いてほしいと言う気持ちがあふてくる。
 慕ってくれていることも理解しているし、それがあるからこの花壇を手伝ってくれているのも理解している。
 突き放さなくてはならないと頭ではわかっているが、心ではこの暖かいやり取りを無くしたくないとも思っている。
 結果、他の教師陣が合格点を出さなければ、無理に送らなくても良いかと感じ始めていた。





「マリカさん。貴方の気持ちは十分理解しているつもりです。が、私も元伯爵家筆頭使用人の自負があります。そろそろ試験に合格しませんか?」

「マリカ。お前は十分強くなったよ。もう組み手も俺とヘルマンニさんしか相手が居ないだろう。どこに行っても生き残ることは出来ると思うぞ。もちろん戦争に出てもな。まあ、お前の行きたい場所はそんなところでは無いのはわかっているのだがな……」

「そろそろ試験合格せんか? ラウリ様は特に口に出さないお方だが、そろそろのぅ……。新しく来た奴隷に対して教えの補助をしてくれるのはありがたいのだがね……」

 教師陣もマリカの扱いに困っていた。
 本来であれば、もう合格点を与えても良い成績になっているのだ。だが、オークション前の選抜試験ではぎりぎり合格点くらいしかとらないのだ。
 だが、教師陣や使用人達はもちろん、後から入ってきた奴隷にさえその理由は明らかになっている。

「マリカ、今回の試験もほどほどにするの?」

「うん。そうするよ」

 コラリーの部屋にお茶を飲むことに呼ばれ、対面に座り、お茶を飲みながらマリカは返事をする。

「諦めなさいと言っても聞かないのよね?」

 マリカは紅茶を口に含み、ゆっくりと香りを楽しみつつ飲み込む。心地よい香りが広がり幸せな気持ちになりながら、コラリーの質問に答える。

「うん。だって、簡単に気持ちは変えられないもん」

「贖罪はしなくても良いのよ?」

 コラリーはマリカが悩んでいた事を知っている。明るかった彼女が鬱ぎ込んでしまい、誰しも心配になっていた事もあった。

「あの日、ちゃんと気づいていればと思って悩んだこともあるよ。でも、ラウリ様にそれはマリカのせいじゃない。いつもの明るいマリカでいてくれって言われてから気にしないようにしてるよ。考えちゃうことはあるけどね」

 マリカを救ったのはラウリであることもコラリーは知っていた。そして救えるのもラウリしか居ないというのも理解していた。

「そう。でも、無理って言っても間違いじゃ無いと思うわ」

「うん。わかってる。でも、好きになった気持ちってどうやったら止められるの?」

 マリカは心に湧き上がる気持ちの制御は出来なかった。いや、出来たのかも知れない。だが、本人には制御し、諦めるつもりなど全く無かった。

「私にはわからないわ。人を好きになったことあるけど、異性を好きになった事なんて無いのだから」

「あ……、ごめんなさい……」

 コラリーの生い立ちを聞いていたマリカは慌てて謝罪する。マリカも同じ様な時期に売られたが、売られるまではコラリーと違い幸せだったのだから。

「謝る必要は無いわ。まだ生きてるだろうと言うことを考えるとさすがに思うところはあるけど、何かしてやろうとはもう思ってないのだから」

「うん。でも、思い出させちゃってごめんなさい」

「もう、いいって言ったのに。わかったわ。謝罪を受け入れましょう」

「ありがとう!」





 マリカを応援したいと言う気持ちは出てきてしまう。自分は幸せになることは既に出来ない。諦めでは無く、もう無理なのだから。実の父親に子を産めない体にされ、異性と性行為をする事に対し、酷い嫌悪感がある。昔は自分が対象じゃなくても嫌な感情がわき上がってきたが、心身共に成長し、今は自分が性行為を実行するのでなければ問題無い位には落ち着いてきた。

 しかし、異性として意識することは既に無理だろう。父親のせいで憎しみが心の奥底にまで根付いてしまっているのだから。
 今は男性としてでは無く、人として見ることは出来る。自分を使用人として育ててくれた女性の使用人達に、異性は怖い物ではない、形は違うけれども同じ人なのだと諭され、恐怖心等は次第に収まっていった。彼女たちには今でも非常に感謝している。

 だが、ラウリに関しては別だ。
 異性として憎む事ではなく、ソニヤの敵として見ているからだ。

 直接手を下したわけではないのはわかっている。一緒に、必死になって探していたのも覚えている。
 だが、心を保つために彼を憎まなければ生きていられなかったのだ。命を投げ捨てたかった幼少期、彼女との思い出があったおかげで生き存えたこともある。彼女と再会してからよりその記憶はより色彩豊かな物になり、彼女の記憶には大切な宝石の様な物となっていた。

 ラウリもそれをわかって受け入れてくれている。無礼な口利きも容認してくれている。そして、雇われの身としてとても良い境遇で雇って貰っている。それらを理解しているが、今更戻ることは出来ない。男は排除すべき、憎むべき存在と思っていた自分が、その男に依存しているという事実は受け入れがたかったが。

 自我が崩壊しそうなほどの絶望を、何の支えも無しに立つことが出来る人はいるのだろうかと考えたこともある。
 結果は自己弁護の考えしか導き出せず、思い出したくない気持ちが思い出される事だけになったのは致し方のないことかも知れない。

 マリカが紅茶を飲み干してから退出した後、様々な事が思い出され、紅茶の香りでようやくコラリーの意識が戻ってきた。
 自分の机に移り、引き出しを開け、とある封筒を取り出す。

「今の私にラウリを批判する資格があるのかしらね……」

 それはラウリの父、コスティが亡くなる前にコラリーに託した物だった。
 コラリーにとってとても珍しく渡し忘れてしまった物。ソニヤを助けられなかったラウリへの憎しみはもちろんのこと、売ったコスティにも憎しみの感情は持っていた。憎い者からの手紙であるならば捨ててしまえば良かったのだろうが、生き残る場所を与えてくれたコスティとラウリには恩というものも少しは感じていた。捨てなかったのはひょっとしたらその心が潜在的に感じていたからかも知れない。
 しかし、その封筒は未だに渡されること無くコラリーの手元にある。
 その理由は単純に別であったのだ。コラリーはその手紙の中身を読んでしまったからだ。



 ~~~~~



 この様な手紙で言葉を伝えることを許してほしい。

 私には幾つもラウリに謝罪しなければならないことがある。

 まずお前の母についてだ。お前を産んだ直後に息を引き取った事で、一度はお前を憎んでしまった。だが、あいつは死ぬかも知れないことを知っていながら生むことを選んだ。その強い母の心を継いでいることを私は常に願っていた。

 だが、お前が育って行くにつれて、その強い心は継いでいないことを覚った。壊れやすい心。非常に私に似て弱い心。これから奴隷商人として生きていくために本来必要な強い心をお前には持ってほしかった。だが、持っていないのであれば慣れれば良いと考え、お前には昔から奴隷商人としての生き方を教えてきた。相手が人とわかって心が壊れないように。

 性の手ほどきもすぐ行わせたのはお前の心を壊さないためだ。私もお前の祖父である父親から命じられ、行ってきた。しかし、私の心はそれに耐えられなかった。女性が多いこの商会で私に後妻が居ないのはもう私の心が子を作ることを拒んだからだ。


 奴隷の選別も、オークションもある時期からすべてラウリに任せてしまうほど私の心は病んでいた。

 その病んでいた心が、私の目も狂わせてしまったのだろう。

 私が独断で売ってしまった娘、ソニヤの事をお前が愛している事に危機感を覚えてしまったのだ。

 私に似て壊れやすいお前の心が、奴隷の娘に向かい、奴隷も人だと気づいてしまったならば。そうなれば、今後奴隷を買うことも売ることも出来なくなってしまうだろうと恐怖したのだ。

 そこで跡取りに悩んでいたカルナ男爵の打診を受け入れ、売ることを決意してしまった。

 奴隷にとって貴族の養子になるという事は破格の条件だった。お前が好いた相手のソニヤもその様な所に行くのならば納得するだろうとも考え、そして居なくなればのめり込んでいたお前も目が覚めるだろうと。


 しかし、それは間違いだった。


 お前はあの日以降、私に合うことをせず、最低限の仕事を終えた後、すべてソニヤの行方を突き止めることに注ぎ込んでいた。

 コラリーと二人だけで探していた。

 あれだけ懐いていたアルドルフにも相談せずに二人だけで。

 そこで判断を誤ったと理解した私はカルナ男爵に話をしに行った。もちろん、他の奴隷にしてもらえるようにと。


 しかし、2ヶ月しか経っていないと言うのに、彼女はもうあの家の娘になっていた。それがわかっていながら何度も足を運び、説得した。

 だが、お前との婚約なら考えても良いと言う言葉をカルナ男爵から頂き、実現したならこの商会を閉めても良いと思うようになった。

 ソニヤを社交界で公開し、そしてお前も表舞台に出し、彼女と知り合い、公に周りに認められる仲になり、カルナ男爵家に婿入りする。この様な手順を決めた後であの事件となった。



 そこからはすべてが不幸だった。ソニヤは旅立ち、お前とコラリー二人とも憔悴しきっていた。カルナ男爵も一度だけお会いしたが酷いものだった。

 お前との会話も仕事の事以外はすべて無くなった。

 ソニヤについて謝罪することも出来なかった。

 たぶん、私はもう先が長くないだろう。もし、私の謝罪を受け入れてくれる、もしくは聞くだけでも良いと思ったならば、私の部屋を訪ねてきて欲しい。


 お前に対する扉はいつも開けている。


 最後に、マリカという子供だが、あれはお前の好きにするが良い。

 ソニヤの代わりと言うと怒るかも知れないが、あれはお前の精神を和らげる事になるだろう。


  愛する息子ラウリへ   コスティ=アールトネン



~~~~~




 コラリーは何度も読んでしまったこの手紙を読み終えると丁寧に折りたたみ、また封筒に仕舞い、机に戻す。

 深いため息が出る。

 渡せていないと言う点もあるが、一番はこの手紙をコスティの死後に読んでしまったことにある。

 コラリーにとって父親というものは憎むべき存在だ。だが、母親は少し暖かいものという記憶はある為、親という暖かい存在があると言うことは理解している。生きているときに言葉を伝えたかったかも知れないと言うのはソニヤも同じ事だろう。

 人の死を覚悟した手紙を渡せなかったこと、コスティはラウリのことを考えて行動していた事。
 先ほどこの部屋にいたマリカでさえ、コスティが考えて残したものだった。
 すべてはコラリーの父親とは大きく違い、自分の子のために良かれとしてやったこと。その中のたった一つの間違いですべてがすれ違い、愛する息子に拒絶されてしまった。

 ひょっとしたらこの手紙を読めば、ラウリとの関係は改善したかも知れない。ラウリが自分の父親の死を喜ぶことはなかったかも知れない。

 コラリーはとても重い罪を背負ってしまっている。それを理解してからラウリと接すると心が痛く、悲しかった。
 だが、それを表に出すことは出来ない。
 彼もまた、コラリーから憎まれると言う責を負うことで気持ちを落ち着けていたのだから。





「ラウリ、報告があるの」

 コラリーは少し慌てながらラウリの部屋に入る。入室許可を得ないまま入っているのもそれが理由だ。

「コラリー、どうした、そんなに慌てて」

「コランダムでまた武器の売買が多くなってるみたいなの」

「何? また攻めて来るというのか?」

 ラウリは先日のコランダム軍襲撃を思い出し、思わず座っていた椅子から立ち上がってしまう。

「たぶん今回はそうじゃないと思うわ」

 コラリーはそうなるだろうと先に手を出して立ち上がらないようにと制するつもりだったが、結局意味をなさなかったので、それは無視して話を続ける。

「では、どんな理由で武器を集めてるんだ?」

「そこまではまだわからないわ。さすがに私の情報網は万能じゃないもの」

 コラリーの情報網はどこから来ているのか正直ラウリに出さえわからない。ただ、外出中に情報を仕入れてくる。それだけしかわかっていなかったが、的確な情報のため、コラリーには自由にさせていた。

「そうか。しかし、武器か……。念のためにカルナ男爵に接触して緊急事態の時、もう一度受け入れてもらえるように交渉してくるよ」

「お願い。そうしてもらえる」

「わかった。約束を早めに取り付けて交渉してくる」

 以前、カルナ男爵に領地に避難させて欲しいとお願いした時の謝礼金は既に渡し終えている。そのため、再度依頼しても対面的には問題ないと思われる。だが、余り混乱させるような事は伝えたくはないが、この情報も伝えねばならないだろう。

「それと、今の武器以外で、気になることが二つあるのよ」

「二つ……?」

 ラウリはその情報を聞き、驚愕することになった。



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