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第三章

『厄介事に予約などはない』

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 問題が起きたと判ったのは、俺がゴーレムの研究をしていた時だった。
予想外の物もあれば、予想し対策してしかるべき問題もあった。どちらんせよ言えることは一つ。ご都合主義などなく、俺たちが対策を整えるよりもずっと早く問題の方からやって来たというべきだった。

いっそ魔王が居た時代に同時に判明してくれれば良かったのに。
そう思う訳だが、問題が出来た理由が『水』であり、要するに俺がやったことが遠因なのだから文句を言うのは八つ当たりなのかもしれない。

「特化型もそろそろ底が見えて来たからな。ここは機構型……いやいっそフレーム型を目指すべきか?」
 ゴーレムに動力やプログラムがあるという概念が特化型である。
魔法段階1で造られたゴーレムに限界があり、魔術段階2に移行する段階で細分化したことで、動力なら火でプログラムならば水という風に定義付けて、特化して魔力配分を行う事が可能になっていた。これがゴーレム魔法段階3に成り、早くも限界を見せたところで俺が提唱した関節の導入や役割分担である(関節案はパクられ、役割分担は魔王軍戦で全員に見せたけど)。関節の存在しないゴーレムはどうやって動いているのか? ゲームなどでは謎の部分だが、この世界では細かい素材をゴリゴリ砕きながら動いている。材料の詰まった袋を振り回すような感じで、だからこそ動けば動くほどにゴーレムは摩耗するのだ。

戦闘に直接関係ないからと特化させ、再生力やエネルギー収集力を下げると、あっという間に壊れてしまう。ここから次の段階に移行するための過渡期が、消耗を抑えて動きをスムーズにする関節機構であり、パクられた俺がそれを越えようと研究したのが検証用の蛇腹剣型ゴーレム『蛇彦』である。ゴーレム魔術段階4に移行する時は副能力値の割り振りも出来るようになっているかもしれない。

「ライバルが居るならその想定を越えなきゃ嘘だよな。あいつらなら……」
「大変です! 非常事態が起きました!」
 国家はともかく、ライバルとして挑んできそうなやつらは三人。
剣聖や賢者は俺のゴーレムで守られながら戦ったことに最後まで不満を抱いていた。自分だったら戦闘タイプの魔将や呪術師タイプの魔将と正面から戦っても勝てると思っていたからな。魔将が死んだ以上は、俺の作った三大ゴーレムを越えようとするだろう。そして最後の三人目は、学院で俺を認め、孤立していたあいつを俺も認めた……そして自国の偉い人に言われて俺の研究をパクった馬鹿な奴だった。

そいつらどんな事をするだろうかと……、『なんや、きさーん。おもろい事考えとるやんけ』、などと当時の事を思い出しながら甘っちょろい妄想を掻き立てて居た時の事だ。緊急性ゆえにノックもなしに怒鳴り込んで来た者が居る。

「何が起きた? 今までにない事だろうというのは判る。水でも飲んで、落ち着いて順序立てて説明してくれ」
「わ、判りました。少しお待ちください」
 勇者軍出身者に任せた巡検隊の一つを率いる若者だった。
この地方出身者は未だに呑気な者が多いので貴重な常識人と言い換えても良い。そんな彼が飛び込んで来たのだから厄介事だろう。だが、大抵の用事ならばゴーレムで何とかなるはずだ。遊牧民対策という理由で王都に言い訳を付けて、三機目のストーンゴーレムを開拓の途中で掘り出した岩を集めて製造した所である。治水をやってる領主たちの所のと比べて、耐久性が高くて寿命も長い筈なのだが?

つまりは、場当たり的にゴーレムで対処は不可能そうに見えることなのだろう。

「じ、地面に穴が開いた場所が頻発しております。それぞれ穴が開いている理由が違う様でして、魔物であるかもしれません。新しく水が流れ始めた場所ばかりで、そうでないであろう場所もありますが……なにぶんゴーレムでは対処が難しく報告に上がりました」
「まずは良くやったと褒めておこう。報告と情報は重要だぞ」
 何というか、初見で判るくらいに原因は水だったようだ。
一つ二つの例ではなく、幾つも同時多発的に穴が空いている。その上で魔物が潜んで居そうな場所もあり、迂闊に仕掛けてゴーレムが出て来れない状況なので、俺に報告が来たという事らしい。

ひとまず大事な戦力であるゴーレムを突っ込ませず、報告に来たことを褒めておく。何も分からないなら臆病と言う者も居るかもしれないが、『水が影響している場所ばかり』という初期情報はとても貴重なのだから。

「情報の精査はこれからになるが、ひとまず地下の砂が流れただけの場所もあるだろう。そこに関しては別に構わない。新しい泉になるのだから、むしろ微笑ましいと言っても良い」
「そう……ですね。民も喜ぶと思います。はい」
 最初の全く問題が無いわけでもないが、ただの穴は放置する。
地面の陥没なんてするのは砂ばかりの状態で、下に水が流れる地下水脈が活性化しただけの場所だからだ。そこに関しては砂が流れて地面が出て来るか、さもなければ泉に成って場合によってはオアシスになるだろう。

そういう場所に関しては良いのだ。むしろ慶事であるとすら言えた。
そう告げると、青年はホっと一息を吐く。穴が空きまくった状態に思わず恐慌を抱いたのだろう。それを指摘するだけで、結構落ち着いてくれたと言っても良い。そして彼が慌ててくれて居るお陰で俺が相対的に落ち着いて見えるとも言う。

「それで……それ以外の場所については?」
「状況的に通常生物に近い大型の魔物だろうな。水に驚いて出て来たか、それとも逆に水を好むがゆえに棲み家を変えたか。種族能力と対処法を把握して、勝ち易に勝つ。基本的にはソレになるだろう」
 直に見てないので判らないが、ゲームだったら昆虫か何かだよな。
一応はモグラという可能性が無いでもないが、砂漠で何を喰ってるのか想像できないので違うだろう。ただ、水に反応した以上は大量の水を好まないか、さもなければ大好きだから寄って来た奴に成る。蟻か蟻地獄か、それともサンドワーム(砂)なりケイブワーム(水)か?

どちらにせよ予想外なのだが、被害が出る前で良かったと言うしかない。

(対処を考える前に問題が起きるとは……ここは逆に考えるしかないな)
(魔物の素材でフレッシュゴーレムを作る研究が出来ると思うべきだ)
(フランケンシュタインならぬフレーム型素体を組んで、上にガワを被せる)
(本当ならアイアンゴーレムで作りたかったが、鉄なんかないし仕方がない。それにそう考えるならば、魔物の能力を『研究して楽に勝てる方法を見つける』ってのは、丁度良い言い訳にできるよな。これも表向きのレポートにしとくか。オーラで戦うロボットに出て来た魔獣ゴーレムとかロマンだからな。良い機会だと思うしかねえ)
 この段階までは割り切って考えることが出来た。
村が倒壊したとか、村に魔物が襲い掛かって来たという訳ではないのだ。荒野と砂漠しかないからこそ、判り易く目に見えたナニカが同時に起きていると判っただけの事。そして急場の問題ではないならば、一つずつ段階を経てから対処すれば良いのだと本気で考えていた。

基本的には間違いではないからこそ、その先に気が付けなかったのかもしれない

「だからこそ、迂闊に飛び込んで強引に勝たなくて良かった。それゆえに、最初に状況を整理して情報を持ち帰った君の分隊は褒められるべきだ。君なのか、君の部下を含めた全員なのかもしれないが」
「それならこの地方出身も居ます。そいつも褒めてやってください」
 ひとまずは信賞必罰、報連相を真面目にやったことを何より褒める。
偶にいるのだが『臆するのは卑怯、まずは勇猛果敢に挑んでこそ戦士だ!』などと言う馬鹿な事をやられて虎の子のゴーレムを潰されたら目も当てられない。それと同時に即座に離脱されて、機体は無事だが『何も判りません。情報収集は指示があり次第に行ってまいります』……なんて子供の遣いをされても困るのだ。

だからやるべき事をやって、やってはいけない事をしなかったので褒める。その上でちょっとしたボーナスを出すなり、酒なり甘い物を褒美に出すくらいだろう。

「ひとまず穴を埋めて掘る返すか様子を見て、あるいは紐を結んで餌を装ったナニカを食わせるとか、初見はその辺からだな。場合によってはゴーレムで穴を掘って会敵し、俺が呪文を使う」
「了解しました。ではみんなにその話を伝えます」
「大変です! 遊牧民の連中が使者を送って来ました!」
 問題は予想外の速度でやって来る。対処どころか準備をする前にだ。
しかし、魔物と違ってこちらの件は予想できたことだ。何しろ砂漠と荒野しかないゴルビー地方に水が増え、目に見えてタメ池を作られ始めて居たら気にもなるだろう。実際、遊牧民対策はする気だったし、思いつかなければゴーレムに投石器でも持たせようかと思ったほどである。

だが、正式に使者を送って来るとは思いもしなかったというべきか。

「とりあえずいつもの流れで客間に通しました」
「まずはそれで良い。連中は何を望んで……いや、考えるまでもないな。最初は水か。だが、この状況でアレクセイが居ないのは痛いな」
 問題としては代官であったアレクセイが居ないのことだ。
彼は感状やら推薦状を手に王都に出かけている。軍閥化を心配する程に俺の所は大きくないので、そのままトンボ帰りするかさもなければ近くの王領に着任し、俺のゴーレムを宛てにできる場所に来るだろう。そうなれば相談相手にしつつ、お互いに援助し合う格好で行けたはずだ。だが、過去に対応経験のある彼が居ないというのはいかにも痛い。

これが偶然なのか、それとも狙ってタイミングを選んだのかは分からないが、どちらにせよ俺がやる事は同じだった。

「すまないが、俺が認めているのは此処ではアレクセイだけだ」
「悪いが俺がゴルビーの領主に成った。まずは共通する友人を認めてくれてありがとうと言っておこう。だが、俺では無理というなら話は此処までだな。打ち切っても良いんだが、何かの交渉がしたいんじゃないのか? こっちはそれでも構わないが」
 客間に入るなりいきなり切り出されたので俺も打ち返した。
牽制のキャッチボールをしながら肩をすくめ合い、失礼でない程度に微笑み合う。その経験は勇者軍で幾らかしたことはあった。丁寧な対応などはレオニード伯爵とかお偉いさんがやってたけどな。

ともあれ、それで正解だったようだ。
俺を怒らせるというか、現状を把握するためにパンチ一発放って来た程度らしい。

「それは失礼した。だがそれをオレたちは認めてないが?」
「この地方がオロシャに帰属したのは遥か昔で、相互に認め合う必要は無い筈だが? その流れが通じるのは両属でどっちにも税金を払う場所だろうに。それともこの地方からは『何も無い事を受け取っていた』とでも言うのか? だとしたら随分と殊勝な事だ。『何も無い事』をお土産に返すことになる。もちろんゴルビーは何百年も前からオロシャの地だと明記して」
 話の内容に意味はない。やってるのは話し合う気があるかの確認だ。
途中の会話で腹を立てて出ていくのは愚か者で、意味のない筈の会話で大負けして何かを押し付けられるのも問題だ。こういう場合は意脈を探り、話し合う気があるか、それとも喧嘩しに来たのかをまず確認する。相手が何をして欲しいのかは、腹を割ってゆっくり話せば良い。

勇者軍で培った経験は、概ねそんなところだ。
地方の豪族なんて要求を大声で怒鳴るばかりだし、貴族たちは丁寧だが煙に巻きつつ要求を通そうとする。それはそれで面倒なのだが、強い連中は大概個人主義で、自分のことを曲げない事が多いから自然と妥協点を探る殴り合いになるのだ。

「何も持って帰らないというのは惜しいな。そちらが出すならその範囲でこちらも出そう。それとも着任の祝いを持ってこいと言うかね?」
「祝いの礼物を送り合うのは互いに認めあったらだろう? 肉や皮を持って来るなら、こちらは塩をつまみに冷たい水で持て成そうじゃないか。互いが対等だという証にね」
 ようやく交易の話位なったので、物々交換の話にした。
相手が何か持って帰りたい、手ぶらでは戻れないという要求に、こちらは補給で使う水や生きるのに欠かせない塩を用意すると告げた。どのみちそのくらいしか出せないし、レートに関しては特に口にしてない。『なら同じ量な!』とか言い出したら、補給する水の比重を多めにするだけだ。

此処で重要なのは権利と地位を勘案してはならないことだ。相手に水を好きなだけ呑む機会を与えたら勝手に飲み始めるし、『俺が領主だ無礼だぞ!』と主張したら、相手も『俺は大族長の息子(の一人)だぞ、無礼者め!』と真偽不明の事で喧嘩を売られるのでやらない方が良いみたいな話をアレクセイから聞いている。

「ふむ。アレクセイから色々と薫陶を受けているようだね?」
「お互いの友人だ。その辺りは卒ない男だからな。とりあえず、名前を名乗り合うのはどうだ? 提案した俺の方から名乗るのが礼儀だと思うので名乗ろうと思うが? そちらの部族ではどうなんだ?」
 お互いにニヤっと笑って、ようやく妥協点に至った。
どのみち交易と来ればその辺りしかないからだ、専門家じゃないとはいえ肩が凝ったような気がするよ。とりあえず、礼儀作法は相手の文化次第なので、勝手に名乗らずにお伺いしてから名乗る。

そこで頷き合い、改めて自己紹介だ。

「問題ないようだな? この地の領主に封じられたミハイル・ゴーリキー・ゴルビーだ。爵位についてはそのうち変ると思う。勇者軍に居て、今は評価中なんだ」
「いけ好かない魔王を倒した連中か? 勇者ラーンの子オルバが君を友と認めよう」
 勇者ラーンの子と名乗るのは、遊牧民でこちら側寄りの氏族だったはずだ。
滅びた都市国家の中にラーン都市群があり、高地にあるハイ=ラーンはまだ無事だが、低地にあるロウ=ラーンなどは既に滅んでいる。この連中が正統性を争っているミド=ラーンや東部のイス・ラーンなどが、まだ無事だったりと滅んでいたりと様々であるはずだ。

その上でこのオルバという男は、自らの部族をマックラーンとかラクラソンと名乗る連中で、有力者だから特に家名を名乗っていないと思われる。『うちの氏族でオルバと名乗る男はオレ一人よ!』と言う感じの文化圏の筈だ。確か東にある夏国でも、大諸侯も長々とは名乗らない筈だ。

「ところで水を貰っても良いのかね?」
「勝手に呑まれて勝手に羊を洗われるよりは良いんじゃないか? その上で交易として代価を要求するよ。先に言っておくが水路を敷くのに努力したが、環境が変って魔物が出ているから勝手に飲むのは止めた方がいいぞ」
 好きに飲んで良いかと解釈されたら困るので、最低限だけ認める。
その上で必要以上に使いたいならば、改めて交渉だと言っておいた。ついでに魔物騒ぎを理由に釘を刺しておくのを忘れない。もちろんそれに対して笑って返す以上は彼らも理解しているのだろう。

その上で、改めての交渉を持ちかける辺りが抜け目ない。

「魔物か、私はともかく民が困ろうな。必要ならば協力しよう」
「この地を我が物にする以上は、俺達が先に血を流すべきだろ? その上でまだ若い弟妹の武勇を喧伝するために場を利用するなら、帯同は認めよう。まずは俺が出るつもりだからな」
 そう言って俺は飾っているクロスボウを眺めた。
夏国の出身者に貰った連弩だが扱い難いのでゴーレム化している。とはいえ今では使い道が無いので客間に飾っていた代物だ。蛇彦はオート戦闘出来るので腰に履くこともあるが、連弩なんか使い道が今までなかったからな。ただ相手が大型の虫やワームならこっちの方がいいだろう。

こうして相手の真意はともかく、表向きは交渉をまとめることに成功した。
とはいえそれが全てであるとも思えず、俺としては魔物退治を行いつつ、色々と計画を前倒しにすることを余儀なくされたのだ。
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